21.入学
二年間。
みっちり仕込まれたエリザベスは立派な、と形容して差し支えない淑女となった。
「結局エリザベスさんの性格は治りませんでしたね」
「いやあ」
淑女となった!
すこしぽろっと素が出ることがあるだけである。
「脇が甘いのも。アリアさん、しっかり見ててあげてくださいな」
「はい」
「殿下にエスコートされている間が心配ね」
アリアの補助があれば表面上は取り繕うことができる。
しかし、王子といる時にアリアがぴったり張り付くことは難しい。
従者としてはもちろん、伯爵令嬢としてはなおさら、近づくことができないのだ。
しかし。
「お手紙でも、王都でお会いした時も、ずいぶんと改善していましたから、きっと大丈夫ですわ」
王子に対する初対面とその後すぐの印象ははっきり言って悪かった。
時に三度目のときなど、正気を疑うほどだった。
しかし、一度領地に帰っているあいだにしっかりと教育を受けたようで、この十二歳までの四度の対面ではまともな受け答えをしていた。
回数を重ねるごとに紳士的な対応を覚えており、エリザベスはこれなら大丈夫そうだと胸をなでおろしたものだ。
「マリアおばあちゃん、ありがとうございました」
なんであれ、これでひと段落着いたことは間違いない。
エリザベスはマリアベルにあらためて礼を言った。
エリザベスたちが一度も体を壊さなかったのは、本人たちの素養もあるだろうが、マリアベルの手腕だろう。
多くの事柄を短期間で習得することができたのは、それは確かに結構な無茶をさせられたとは思うが、マリアベルのおかげに相違ない。
「あら、わたくしの役割が終わったような言い方ですね? 王都でもお勉強は続きますよ?」
「わ、わかっておりますわ」
学園在学中も王城へ通って勉強は続く。
あるいは結婚後も。
マリアおばあちゃんなのでいつまでの付き合いになるかはわからないが、尽力してくれたこの人のことは粗略にできないと、エリザベスはこっそり思っていた。
まあなにはともあれ。
「ついに、学園ね」
婚約破棄まであと三年――。
というわけで王都である。
この二年で王都の悪臭は劇的に改善しつつあり、エリザベスの行動範囲では気にならない程度に抑えられるようになった。
風呂と小劇場を合わせたような施設も増え、華やかな街にすむ住民も以前より小綺麗に見えるようになったと噂になっている。
また学園の前の広場と大通りには屋台が集まるようになっていた。
学園の許可を得た者だけが出店できる、公認の屋台である。
少し前までは買い食いははしたないと忌避されていたが、いまではお金に親しみ金銭感覚を身に着けるという名目で許される風潮となっている。
というような報告を受けていたので、エリザベスも楽しみにしている。
エリザベスたちはエードッコ侯爵邸から学園に通う。
アリアもエリザベスの従者ではなく伯爵令嬢として通うのだが、基本的にはエリザベスとともに行動するため、エードッコ侯爵邸に部屋をもらっているのだ。
学園の休日は伯爵邸へ戻るということになっている。
例年は寮で生活する者が多くを占めるのだが、王子がいるこの年は数が多いので王都に屋敷を持っている貴族は自宅通学を推奨されていた。
エリザベスにとっては都合がいいことである。多少なりと気を抜ける場所があるのだから。
王城にも通うことを考えると、別途門限がない侯爵邸の方が都合がよいということもある。ただでさえ目立つのだ。特例を受けて妙な誤解は受けたくない。
「それにしても、お揃いの服を着るのは久しぶりね」
「そうですね。他の女学生もですけれど」
学園には制服がある。
それは身分で違いはない。そのため、衣服としての質は普段着ているものと比べると劣る。ただ、縫製はしっかりしているし、丈夫さでは制服の方が上だろう。
学園では同じ立場で競い練磨すべしという名目の現れらしいが、そのおかげで事前に勉強しなければならない高位の貴族は大変である。
実際のところは制服を手配する者の利権のための理屈だろうと、商人とのかかわりで大人の事情を知ったエリザベスは睨んでいる。
「そうね。皆が同じ制服を着ていると、一見して身分がわからないのでこまるのではないかしら。知り合いだと思って声をかけたら自分より遥か高位の相手だったとしたら大変じゃない?」
「笑って許して差し上げてくださいね」
あるいは何かの拍子にぶつかるかもしれない。
同じ空間で生活する以上、気を配らなければ下位の者がかわいそうなことになるかもしれない。
同じ立場を謳おうと実際に上位の者が怪我でもすればただではすまない。感情的にも政治的にもすませられないだろう。
気をつけようとエリザベスはアリアと話をした。
さて、入学式では国王直々の祝辞に対し、王子が答辞を返していた。
実家でやればいいのにというやり取りではあるが、王子は新入生代表という立場なので許してあげて欲しい。
大役を堂々と立派に勤め上げた王子を見て、エリザベスは立派になったなと王子の成長を思った。
どうしても初めの頃の印象がある。きっと忘れることはないだろう。比較していると気づかれると気を悪くするかもしれない、と注意されているので気をつけようと気合いを入れる。
今後、王子はこうして人前で話すことが増え、エリザベスは側で見守ることになるのだろう。エリザベスは未来に思いを馳せた。
入学式の後は学園主催の入学パーティが開催される。
貴族はパーティばかりしている印象を持つ者がいるが、それはおおむね正しい。
パーティによってともに楽しい時間を過ごすことで仲間意識を持つのだ。
顔合わせ、情報交換、事前交渉など様々な意図を含み、政治を円滑に行うための一つの手続きとして認識され、そのように効果を発揮しているのである。
この度エリザベスは王子のエスコートを受けることになっている。
つまり王族の傍で王子の婚約者の立場で参加することになる。
アリアはハーン伯爵令嬢としての参加のため、周囲に気心の知れた相手はいないことになる。父母もアリアもそう遠くではないとはいえ、近くともいえない場所にいることになる。
入学早々の窮地である。
こういう時こそ王子の器がためされるのだが、さて、どうなるだろうか。
唯一の安心材料は幾度も手紙をかわした王妃殿下が近くにいることだろうか。
エリザベスは不安と期待を抱きつつ、王家の控室へと足を踏み入れた。
「我が殿下、そして陛下、王妃殿下。ご無沙汰しております。エードッコ侯爵が娘エリザベス、参りました。今宵はよろしくお願いいたします」
「おお、よく来たな、レディエリザベス」
「今日も素敵なドレスね、お似合いよ」
淑女の礼をするエリザベスに、国王と王妃殿下が軽く挨拶を。
そして王子がニコリと微笑みを浮かべ、口を開く。
「ようこそ、我が婚約者殿。母上に先を越されてしまったが、よく似合っているな。また背が伸びたか?」
「はい、殿下。この半年で大きく伸びてしまいましたわ。ですが、わたくしたちの年頃は女性の方が成長が早いと申しますので、すぐに殿下の方が高くなりますわ」
王子もお前などと呼ばわるようなことはなくなっていた。
成長しているのだ。そう実感して、あの時やっぱり嫌だと言い出さないでよかったとエリザベスは思う。
エリザベスは十一歳を数えてからの一年で身長がぐぐんと伸びた。特にこの半年が著しい。最後に王子に会ってからも半年ほどだ。見違えたように感じるかもしれない。
現在は王子よりも高いほどだ。
アリアの方がさらに高いがそれはまあ置いておこう。
エスコートする側が身長が高い方がやはり見栄えはする。
この年頃のカップルにありがちな問題である。
「ははは、そうだね。すぐに追い抜くとも。頼りがいのある男でありたいしね」
「ふふふ、期待していますわ」
笑い合う婚約者たち。
どうやら大丈夫そうだとエリザベスはまずは安心したのだった。
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