17.今後の予定と教育係
婚約によってエリザベスの今後の予定、その大枠が決まってしまった。
まず学園入学までの二年間は、おもにエードッコ侯爵領で生活できる。
何度か王都に顔を出す必要はあるが、領地貴族の子女は学園入学までは基本的に領地にいるという契約があった。学園創設で一定年齢の子女を王都に集めることが決まった際にに領地貴族側が勝ち取った権利であり、契約で決まっている以上義務でもあった。
学園に入学すると王妃教育を受けることになる。これは学園での勉強とは別で、王城に通う形になるだろうとのことだ。
そして卒業後、結婚。
「……これはもしかしなくとも、在学中劇場に行く暇はないのでは」
「そうですわね。殿下の婚約者ともなれば、学業で後れを取るのもまずいでしょうし。劇場で遊んでいて成績が下がった、なんてことになれば」
「王妃の資格なしと判断されるかもしれないですわね」
誰に、というのは誰にでも、である。
王家の方々にそう判断されるのはもちろん、貴族たちや庶民の間でもそういう噂が立てば王家の顔に泥を塗ることになるわけで、つまりそうなるわけにはいかない。
もっとも、王子本人に婚約破棄を言い渡されることになるのだが。
それはさておき。
「どうすれば劇場を楽しむ余暇を作れるかしら。お勉強、予習、復習、実践……」
エリザベスは自分が物覚えがよい方だとは思っていない。
隣にいるアリアの方が物覚えがよく、だいたいのことは先にうまくできるようになってきたのを見てきたからだ。
エリザベスがアリアと対等以上でいられるのは生まれ持った立場と遅れてでも追いついてきたからである。
エリザベスも、時間があれば物覚えのよいアリアに追いつくことができるのだ。
と考えていたところで、エリザベスは閃いた。
「そうだわ。住み分けだわ」
「住み分けですか?」
「あ、住み分けじゃないかもしれない」
「ええ?」
「つまりね」
エリザベスは一呼吸置いて言った。
「時間がないなら先に勉強しておけばいいじゃない」
時間の住み分けである。住み分けでいいのだろうか。ちょっと違う気がする。エリザベスはあとで調べておこうと思ったがそのまま忘れてしまった。やるべきことが多い。
エリザベスは気が短いとは思っていたけれど。
と父侯爵にあきれられたが、エリザベスの考えは実行に移された。父侯爵が必要な手配をしてくれたのだ。
といっても、どうも、同じような考えをする貴族は他にもいたらしい。また二番煎じである。
上位の貴族、あるいは王族などは学園で下々のものに後れを取るわけにはいかない。
故にあらかじめ学習範囲を学んでおくことでアドバンテージを確保しておく。
エリザベスがやろうとしていることと同じことである。
それでも超えてくる才能ある者は表彰して囲い込むのだという。
そんなことが常態化すると学園の意味がなくなるのではないだろうか。
アリアなどはそう思ったがそうでもないらしい。
学園入学前に修得しておくべき事項があり、これを各家で勉強するのに忙しいということだったり、そもそも子どもに三年分の貴族教育を詰め込むのは大変であるということもある。
また、学園に通うことには勉学以外にも狙いがあるということ。例えば人質であったり共同生活を送らせることだったりだ。
そんな大人の事情はさておきエリザベスである。
先行して学ぶには教師が必要だ。三年分を二年で学ぼうというのだから、教本で自学自習では難しいだろう。
とはいえちょうど、というのはよくないが、出戻りの姉がそれなりに暇をしているので教えてもらえるように手紙を出して話をつけた。エードッコ侯爵領に戻れば準備できているだろう。王子との婚約によるものだと知った姉はちょっとばかり厳しくしてやろうと企んでいるのだが、エリザベスはまだ知らない。
さらにエードッコ侯爵は王家に打診した。
王妃教育を施せる教師を派遣してもらえないかと。
エリザベスは学園の分を先にやろうと考えていただけで、王妃教育まで前倒ししようと考えてはいなかった。
エリザベスと父侯爵の意思疎通が不十分であったため起きたミスである。
派遣されてきたのはかわいらしいおばあちゃんであった。
しわくちゃで年配だとわかるのにかわいらしいのだ。
所作と笑顔によるものだと本人は語っていた。
「マリアベル先生か、マリアおばあちゃんと呼んでくださいね」
このおばあちゃん、名をマリアベル・ホクトー。王家からエードッコ侯爵家に嫁に来た曾祖母の姪にあたる人物であり、王族籍は抜けているが王家の血を引いている。
こう見えて一時期は自身が嫁入りした貴族家を切り盛りしていた女傑である。
似た境遇であった曾祖母とは連絡を取り合っており、仲がよかったらしい。
引退してからは自身の血が家の邪魔になると言ってその貴族家を離れ、王家の離宮で暮らしていた。
そしてこのたび、エリザベスに教育を施す教師をという話になった時手を挙げたのである。王族と他の貴族家両方の経験を持つため、王都を離れて領地貴族の下で教師をするなら適任だと。
「エリザベス様はやる気があるとのことなので、しっかりやっていきましょう、ね」
「よろしくお願いいたします、マリアおばあちゃん」
ニコニコとそんなことを告げるマリアベル。
この「しっかり」はエリザベスの想像を超えるものだったのだが、まだエリザベスはそれをしらない。
なんだか予定外のことだったけれど、優しそうな人だし学園の三年でやることを五年かけてやればいいのだから、なんとかなるかな、などと考えていたのだった。
それから王妃殿下との約束を果たしたり、お土産を買おうとしてお小遣いがなくまたショーンに用立ててもらったりしている間に今回の王都の滞在予定が終わり、エードッコ侯爵領へ戻ることになった。
その間、王子とは手紙のやり取りは行っていたが、王子からエリザベスを呼ぶこともエードッコ侯爵邸へ訪ねてくることもなかった。
なお、王妃殿下とは王子よりも多い回数の手紙を送り合っている。その一環で砂糖を贈り物として送ったところ大変喜ばれた。
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