16.真理と劇場
この話の投稿前日深夜2時ごろ、間違えて15話にこの話を上書きしてしまいました。
すぐに修正しなおしましたが、もしこの話もう読んだんだけど、という方がいましたらごめんなさい。先に15話に目を通してもらえますと幸いです。申し訳ありませんでした。
今後ともよろしくお願いいたします。
エリザベスがもーもーと荒れているので母が劇場へ連れて行ってくれた。
それで気分が切り替わったエリザベスは手紙の返事を書きながらアリアとおしゃべりをする。
お互いに成長して立派な大人になりましょう、と。
「アリアすごい怒っていましたわね」
「斬るわけにはいかなかったので疲れましたわ。何度もエリーを止めるのをやめようかと思ったのですが」
「ふふ。ありがとうね、アリア」
「エリー、本当に良いのですか? 今回の件を使えば婚約したばかりでも解消できるのでは?」
「アリア、わたくしたちはまだ十歳なのよ。これから成長するのだわ。それに、次の嫁ぎ先候補が王子よりいいとは限らないわ。王妃殿下はいい人だったし」
「今回の王子よりひどいのはちょっと考えたくないですわ」
心配したアリアは侯爵邸に泊まり込んでいる。
こうして気心の知れた相手と一緒にのんびりすることのなんと幸せなことか。
エリザベスは十歳にして真理を得た。
「そうはいっても、すぐまた伺うのもきまりが悪いわね。手紙のやり取りをするようにしましょう」
「王妃殿下と劇場に行く約束は?」
「それはいくわ。……ショーンにお金を用立ててもらいましょう」
まさか王子と婚約して王妃殿下と劇場へ行くとは思わなかったのでお小遣いが残っていない。
初めの予定では王都観光はダメだろうなでも一応ちょっとだけ持っておこうくらいのつもりだった。劇場にドはまりするのも予定外だった。
パーティで友達を作って劇場巡りしたいと思ったがお小遣いがないからできなかったろう。ある意味よかったのだ。王子を恨んでも仕方がないのだ。
というわけでエリー商会のショーンを呼んだ。
お金は用意してもらえた。取り分でもなく、上納でもなく、エリザベスの交際費として決済するとかで返さなくてもいいらしい。稼いでいるようで何よりだ。
「お披露目パーティのおかげです」
王妃懐妊の発表があるとどの貴族も子づくりに励む。
王子あるいは王女と同年生まれになれば同時期に学園に通うことができお近づきになれる可能性がある。あわよくば結婚相手に、という夢もある。もちろん結婚となると相応の家格は必要だが。
下級の貴族でも王子を射止め損ねた上級の貴族にお近づきになれる可能性がある。
向上心がある貴族はこの機会を見落とさない。
そのため、王子が参加する十歳お披露目パーティは参加者が多い。
そんなパーティで砂糖が大いに話題になった。
甘くておいしいと褒める貴族がいれば、ちょっと試してやろうじゃないかと思う貴族も現れる。
距離の関係で手が回らなかった遠方の貴族も「エードッコ侯爵印のエリーちゃんが大好きあまぁいお砂糖」を知り、問い合わせが来るようになった。
エリザベスの婚約話も話題の加速に拍車をかけたらしい。王子と婚約するなら関わっている砂糖を購入してつながりを得ておこうと考える者もいたのだ。
こうして注文がさっとうしたらしい。砂糖だけに。エリザベスはクスリと笑った。
「それでエリザベス様、劇場の運営の件なのですが、やはり単純な新規参入は難しいですね」
「そうなの?」
「はい、もちろん問題を潰していけば可能となりますが」
が。
まず前提として劇場は人気商売だ。
人気が出なければもうからない。
そして歌劇と言えばここ、演劇と言えばここ、というように定番がある。これまでの競争の結果できた勢力の住み分けだ。
ここに割り込んでいくこと自体は可能だが、当面の赤字経営を覚悟しなければならないだろう。
現状、王都の清浄化事業を進めている都合、下手に不採算事業を抱えるのは厳しい。
砂糖の増益は想定の範囲内であり、つまり既に計画に組み込まれているため、別の事業に回せば回しただけ王都がくさくなくなるのが遅れるのだ。
次に、劇場のパトロンが貴族であること。
人気がなければ儲からないなら人気の劇場を買い上げればいいじゃない、という方法を取るわけにはいかない。
相手が貴族となると対等にしろこちらが上にしろ無理を通せば恨みを買う。
貴族に恨みを買うと政治的な報復を受ける可能性があり、これはエリー商会でもエリザベスにも責任が取れない。
劇場関連は完全にエリザベスの趣味である。趣味で父侯爵に迷惑をかけるのは本意ではない。
最後に、人員。
役者や演奏家など、一流の者たちはすでにそれぞれの劇場に所属して活躍している者が多い。
そうでなければ何か事情があるか所属することを望んでいない。
そういった者たちを集めても二流以下の劇場にしかならない。
エリザベスは劇場に通いたくて劇場を運営しようと考えたわけであり、中身がしょっぱいとなると通いたいと思えるだろうか?
かといって一流どころに引き抜きをかけようものなら他の劇場を敵に回すことになるだろう。
「それはいやね。他の劇場だって見に行きたいわ」
あの楽しい夢のような世界の住人達に敵視されるなんて考えたくもない。
自分の意を通せる劇場は欲しいがそれで他の劇場と仲違いするのは嫌だった。
競争相手は構わないが戦争相手にはなりたくない。
「だいたい問題が見えてきたわね」
「エリー様、わたくしがいない間にこんなことを考えていたのですか」
意味ありげにうなずくエリザベスを見て、アリアはあきれと驚きが混じった思いを抱いていた。
王都の劇場巡りは大方一緒に行動していた。
パーティ後も様子を見るために一緒にいた時間が多い。
王都に来る前は劇場など関わっていない。
パーティ前、アリアが自身の準備のためにハーン伯爵邸にいた短い時間で劇場を持とうと考え計画を進めていたとは。
「あ、アリアも驚かそうとしていたのだったわ」
「やや、そうだったのですか。それは申し訳ないことをいたしました」
アリアがいる場で話を始めたことをショーンが謝罪する。
「いいのよ。驚いた顔はもらったから」
「エリー?」
「ふふ。考えるのを手伝ってちょうだい」
「もう。わかったわ」
アリアはこの手の話で自分に名案を閃けるとは思わなかったが、これもエリザベスのストレス発散の一環だと思い検討に参加することにした。
「この住み分けというのが大事と言いますか、重要な部分に思えるわ。他の劇場と喧嘩しないためにも」
「そうね、アリア。喧嘩になるなら棲み分ければいい」
「はい、現状は今は演目のジャンルで住み分けています。もちろんジャンルごとの競争はありますね」
劇場に力を入れている貴族の中には競争したい者もいるということだ。だからこそ不用意に介入すると恨まれるわけだが。
「では新しいジャンルの演目を?」
「それを生み出すのは簡単ではないでしょうし、趣旨が違ってきますわね」
今ある素晴らしいものが欲しい時に新しいものを作ろうというのは別の話になってくる。
ついでに言えば新しいものが受け入れられるかはわからないので経営上の賭けがついてくる。勝ち目が見通せない賭けはよろしくないように思えた。
「別の住み分け方はできないのでしょうか?」
「別……演目の種類ではなくて? ん、そうだわ!」
エリザベスは思いついた。
「王都ではなくエードッコ侯爵領でなら競争にならな……王都にいたらわたくしが見に行けないわ!」
自分でダメだしするエリザベス。
「でもエードッコ侯爵領にも劇場は欲しいわね」
「あの、演者の方々ですが、切磋琢磨して一流になって高名な劇場でかつどうしているのですわよね? それ以外の方はどうなのでしょうか。一番を目指して努力している方がいると思うのですが」
「それはもちろん、大勢いるでしょうな。有望なものは劇場が囲い込んで見習いをしています。職人などと同様ですね。そうでなければ日々の生活費を稼ぎながられら修練を積んでいるようです……ふむ」
「そうね、住み分けだわ」
「住み分けですな」
「?」
エリザベスは名案を思いついた。
ショーンも何か思いついたようだ。
「演者の育成をしましょう。教師と収入があれば腕のいい演者が増えるし、育成した演者を送り込めば今ある劇場とつながりができるわ」
「上層向けの劇場だけではなく、もっとグレードの低い客層向けの劇場があれば育成中の者たちの受け皿になりますな」
「ではそれをエードッコ侯爵領で?」
「それよ」
「それです」
一つの計画が生まれた。
劇場そのものは機会を見計らうとして、演者を確保する。
そのために演者を育成するための機構を作る。
演者見習いたちには、仕事を与える。また、最上級未満の客層向けの劇場を作り、そこで働かせる。
という活動をエードッコで行い、王都で活動するに足る実力がつけば王都の劇場に斡旋、あるいはそのころには手に入れている予定のエリザベスの劇場で働かせる。
エードッコ侯爵領では砂糖工場や排泄物処理の仕事で収入を得ている者たちがいる。彼らを客層とすれば一定の収益を確保でき、見習いたちの収入にできるだろうとショーンは言う。まあ悪くとも砂糖工場で働かせながら訓練させることもできる。
「問題は教師と見習いの確保ですな。まずは引退した演者から探してみます」
場所の住み分け。
客層の住み分け。
演者の層の住み分け。
いくつかの住み分けの案が提案され、これを組み合わせ、ショーンが具体的な形にしていく。
ショーンの頭の中で段取りがついたならあとは任せればいい。
すぐに自分の劇場が手に入らないのは残念だったが、エリザベスの手で育てるというのも魅力的に思えてきたことだし、他の劇場への伝を作ろうというのは面白いし、後々劇場所有を視野に入っているならよしとしよう。エリザベスはひとまず満足した。
「よしなに」
にっこり微笑むエリザベスに、アリアは気分転換できたようでよかったと胸をなでおろすのだった。
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