13.衝撃アルフレッド王子
王城のやたらと広い廊下を歩く。
王城は劇場よりもきらびやかで、壮大、で悪臭も感じられなかった。
エードッコ城と違い、装飾に力を入れていて、調度品も多く飾られている。
そこの柱など手をかけて登れそうだ。
エードッコ城の外壁や柱には手掛かりなどなく登ろうとも思えないようになっているのとは対照的だ。また、外に向けて威圧するような雰囲気のエードッコ城に対して王城は居心地や見た目の華やかさが優先されているようだった。
劇場で見たものと似た意匠の装飾も見られ、気づいた時に指摘すると、母が劇場の方が真似をしているのだと教えてくれた。
つまり劇場の中にあった綺羅綺羅な世界が、この王城では現実で、いやオリジナルだというならそれ以上だろうか。なんてすばらしいこと。
興奮していてもたってもいられなくなり駆けだそうとするエリザベスの肩を母が押さえて押し留める。
「エリザベス、いいこでいましょうね。練習したでしょう?」
「は、はい」
「そうだよ。ママが言う通り。ここにはパパと同格だったり、パパより偉い人もいるんだ。あまりにひどい失敗をしたらパパの首が飛ぶこともあるんだよ」
「首が飛ぶ!? おんりょーになって祟りを起こすの?」
「ははは。そんなことにはなりたくないねえ。パパやママ、お兄ちゃんやお姉ちゃん、それにアリアたちにだって罰が及ぶかもしれない」
「みんなお尻ぺんぺんされるの?」
「もっとひどいことになるかもね」
「ひぇっ。くわばらくわばら」
父侯爵よりも偉い人がいるというのはエリザベスにとってよくわからない感覚だ。
だが、大好きなみんながお尻ぺんぺんよりひどいことになるというのはエリザベスも嫌だった。
今さらになってエリザベスは気を引き締めた。
礼儀作法はアリアと共にたくさん習ったのだ。
とはいえエリザベスは自分の性格を知っていた。
カッとなりやすいのだ。
アリアがいれば止めてくれる。
アリア、アリアはどこ?
「さあ、会場に入るよ」
不安にさいなまれているエリザベスの手を父侯爵が取る。エリザベスは勉強したエスコートされる淑女の作法を懸命に思い出し、それに沿って動いた。
王城の召使が会場のものと思われる大扉に手をかけ、開く。
「エードッコ侯爵夫妻、およびエリザベス嬢、ご入来!」
よく響く声が扉の中へと吸い込まれる。
しかしエリザベスはそんなことは意識の外だ。
扉の中の景色に気を取られていた。
輝くシャンデリア、美しいじゅうたん、真っ白なテーブルクロス。穏やかだが品のある演奏。色とりどりのドレス。
劇場を超えるきらびやかな世界がそこにあった。
だが。
「砂糖の」「砂糖だわ」「お砂糖」
ざわりと会場内が揺れる。
耳に入ってくるのは砂糖という単語。
そういえば、「エードッコ侯爵印のエリーちゃんが大好きあまぁいお砂糖」という品名で砂糖を売っているのだった。
エードッコ侯爵の名前を使っているので関連付けるのは簡単だ。
なるほど、エードッコ侯爵は今砂糖のエードッコなのか。
それだけショーンが働いているということだが、なんだか落ち着かない。
それでも。
背筋を伸ばして堂々と。笑みを浮かべて会場を見渡す。教えられた作法を外さないようにしながらエリザベスは会場を歩く。
砂糖を気にしなければ夢の世界だ。
こんな世界があっていいのだろうか。
気を取り直して手を引かれるままに会場を進むとアリアを見つけた。
「お父様、アリアだわ」
「そうだね、すぐにこちらに来るよ」
エードッコにハーンが寄り添うのは当たり前のことである。
なぜか周囲に人がいないアリアを先頭に、その父母ハーン伯爵夫妻がついて来る。
「懐刀だ」「砂糖の刀か」「よく切れそうだ」
ドレス姿に剣をさげたアリアはいつも通りに笑った。
ハーン家の者はいかなる時も帯剣を許されている。
他に目に見えて武器を持っているのは壁際にいる王城の騎士たちだけだ。
その特別さが周りに距離を取らせたのだろうか。
しかし、アリアにはエリザベスがいる。エリザベスにアリアがいるように。
「ごきげんよう、アリア」
「ごきげんよう、エリザベス様」
「あら、エリーでいいのよ。いつでも、どこでもね」
「わかったわ、エリー」
「……ふふ」
「……あはは」
澄ました顔で淑女のあいさつを交わすと、なんだかおもしろくなって二人は作り笑顔でも何でもなく笑ってしまった。
そんな二人の様子を見て両親たちも笑みをこぼす。
「エリザベス様、先日はどうも。よくお似合いだ」
「ごきげんよう、ハーンのおじさま。またご一緒しましょう」
「ええ、ぜひとも」
劇場巡りはアリアは毎回のように連れまわしたが、その中で例の事件のお礼も兼ねてハーン伯爵も誘ったこともあった。
舞台よりも食べ物のほうが気になっていたようだったが、楽しんではくれたようだった。
身内との挨拶は手短に、アリアはいつもの定位置へ。定位置とは普段はエリザベスの横で、エリザベスが人と話す時には斜め後ろである。
それから近くにいた貴族たちとの挨拶を兼ねたちょっとした雑談が始まる。
そのほとんどは砂糖の話題で、いくらかがエリザベスたちのドレスの話だった。
エリザベスのドレスは鮮やかな赤。口紅や装飾品も同系統でそろえてある。
アリアのドレスは明るめの緑。装飾品は使われている宝石は緑だがデザインがエリザベスのものとよく似ていた。ただ、エリザベスが金を使ったものだがアリアのものは銀であった。
二人が並ぶと互いがよく目立つ。
そしてアリアが一歩下がるとエリザベスが引き立った。
逆にアリアが前に立てばアリアが引き立つだろう。
仲の良い二人に親が気を回し、狙って仕立てたのだろう。
そうしている間にもいくつかの貴族家が入場してくる。
北から北西の貴族のまとめ役、ホクトー侯爵家。
南から南西の貴族のまとめ役、シーコック公爵家。
宮廷貴族の頂点であり、宰相を預かるチージ侯爵家。
そして先代王の弟の家に当たるオットー公爵家。
この四家がエードッコと同格かやや上に当たる貴族家だ。
ただ話にはあまり絡まないので覚えなくても構わない。
そして最後に。
「国王夫妻、およびアルフレッド殿下、ご入来!」
王子様のお出ましだ。
国王一家の入場によって、パーティが正式に始まった。
初めに国王の長い話。第一王子の同世代がどうとか、この国を背負って立つがどうとか言っていた。エリザベスは聞いてはいたが意識の中で重きを置いていなかった。
そして最後に開催の宣言がなされ。
「さあ、陛下と殿下に挨拶に行くよ」
格が高い順に国王に挨拶をするという慣例があるらしい。入場順の逆である。
父侯爵に手を引かれながら、エリザベスの目は一点を見つめていた。
その視線の先にはもちろん、王子様。
アルフレッド王子はまさに王子様オブ王子様だった。
見るからにキラキラしている。これと比べれば舞台の王子様役はあくまで王子様役なのだとわかる。
最上級の衣装にきらめくつやのある髪。輝く瞳に笑うとのぞく白い歯。活発そうな目つきは劇場で竜を倒した英雄王子を髣髴とさせる。いいや、こちらが本物だ。竜はいるかどうかわからないけれど。
「まるで舞台の本物だわ」
「エリー様」
「おっと」
舞台の本物というのもおかしな表現だが。
エリザベスにはアルフレッド王子が夢の中の理想の王子様のように見えていた。
そして順番がやってくる。
夢の王子様を相手に挨拶だ。失敗しないように気合いを入れて。
まず先に親同士が挨拶を行う。
「よお、我が友」
「やあ、我が王」
肩をたたき合う男親たち。
んん?
なんだか習った礼儀作法とはまるで違う?
エリザベスは驚いて動きが止まった。
その間に。
王子が動いた。
「はじめまして、アルフレッドだ。お前が私の婚約者か。田舎娘と聞いていたがなかなか可愛らしいじゃないか」
は?
アリアがエリザベスの腕を引いた。
なんだこいつ偉そうに。随分とふてぇ野郎だ。
いや待って。婚約者?
は?
エリザベスは頭が真っ白になった。
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