12.都会でドはまりするエリザベス
王都である。
「くさいから窓閉めましょう。ああ、もう閉めてもくせぇ」
「口調」
「はい」
何日もかけて移動してお尻が痛くなってようやくたどり着いた王都はやはりくさかった。
エリザベスは落胆した。
「香水でごまかすのよ」
母がそう言って首元に香水をつけてくれる。フローラル。
香水は体臭をごまかすものかと思っていたが、周りがくさいのを我慢するためにも役に立つのか。エリザベスは感心した。
だが花の香りもあまり濃いとくらくらしてくる。
「わたくし、あまり香水くさいのも苦手ですわ」
うなだれるエリザベスに母は苦笑いしていた。悪臭が薄まったエードッコに比べると居心地が悪いということには同意見だったのだ。
においを嫌って馬車の外を見なかったため、エリザベスは王都の様子を観察できなかった。
街に入る前、遠くから見た王都はなかなか雄大な景色でわくわくしたものだが、着いてみるとこれだ。残念だった。
王都に入ってもしばらく馬車に揺られ、到着したのは王都の貴族屋敷街にあるエードッコ侯爵邸。
この辺りに来るとにおいもマシになる。各家に庭があり生活空間が離れているからだろう。
つまり隣のうんこのにおいが届かない。すばらしいことだ。
侯爵邸はエードッコの様式とは少し違った建物だった。これが王都の様式らしい。
色遣いが華やかで屋根の角度がエードッコと比較してなだらかだ。
庭園には花が咲き誇り、庭師がしっかりと仕事をしていることがわかる。
エリザベスの好きな花も咲いており、その前を通る際には笑みがこぼれた。
アリアはハーン伯爵邸へ行くために別れることとなったが、またあとで会おうと約束をした。
そして到着したその日はゆっくり休めと言われたが、エリザベスは初めての屋敷の探索に精を出し、迷子になって叱られた。
お披露目パーティまでにはいくらか日数の余裕がある。遅れては大問題なので早め早めの日程で動いたからだ。
そのため、王都しばらく暮らさなければならない。
王都観光したいところだったのだが、現状ではエリザベスが我慢できそうにない。
そんな到着の翌日、エリー商会のショーンが現れた。
「各商会を通しての各貴族家への砂糖の販売が好調、いえ非常に好調です。他飲食店などにも普及しつつあります。先日の屋台の件で得られた、品質で価格を段階的に分ける手法を利用してさらに販路を開拓できるかと。この資金をもとに公衆浴場、公衆便所の設置を進めております。また、清掃専門の商会を設立し、王都の清掃を始めました。公衆便所からの汲み取りも任せております。予算はやはり砂糖の利益から。エードッコ侯爵のお力添えをいただきまして、王家に王都内美化活動推進の働きかけをお願いしております。現在はまだ完了しておりませんが、エリザベス様が王都の学園に通う頃にはなんとか形になってくる見込みです」
「よくやってくれているのね。これからもよしなに。ああ、そうだわ、まだ王都じゃお小遣い使えそうにないから、渡しておこうかしら」
「いえ、いえ、今のところ予算は足りております」
「そう? 何に使おうかしら……」
王都での活動の中間報告である。
エリザベスはなんだか色々話しているようだけれど難しいわね。まあまあ順調だけれどまだ万全ではないこれからもがんばりますってことかしら、と受け取り、うまくやってねと返事をした。
ついでに、王都観光で使う予定で持ってきたお小遣いをショーンに渡そうとしたが断られる。
この時ショーンはひやりとしていた。もしかすると仕事が遅いと遠回しに言われているのではと思ったのだ。
しかしエリザベスはそういう人柄ではなく思ったことは素直に言ってくると思い直して表情を崩さずに済んだ。
そしてどちらにしても、と提案をする。
「お暇でしたら劇場など覗いてみるのはいかがでしょう。個室であればにおいも気にならないかと」
「劇場? 面白いの?」
「わたくしはそう思います。エリザベス様のお母様もお気に入りの劇場があったかと思いますよ。お誘いしてみてはいかがでしょう。お喜びになられるかと」
「そうなのね。誘ってみるわ」
早速ハーン伯爵家の母娘も誘い、母のお気に入りを見に行ったところ。
「すごい、なんというか、すごい!」
エリザベスがドはまりした。
語彙が吹き飛ぶほどに。
はじめは歌劇だった。圧倒的な音と響き渡る独唱、綺羅綺羅しい演者たち。まるで別の世界に迷いこんだかのようでただただ圧倒された。ストーリーは母の解説がないとわからなかったが、総評としてなんかすごいものすごいとその日はひたすら歌劇のことを語っていた。
翌日は別の劇場に向かった。
英雄譚のお芝居だった。
音楽の質は昨日の歌劇に及ばないが、今度は有名な話をもとにしたものであったこともあり、ストーリーを理解できた。
役者もぴたり印象通りで、おっ、と思わせるどんでん返しもあり非常に楽しめた。なにより演者のアクションが実にダイナミックで、興奮したエリザベスは屋敷に帰ってからアリアにチャンバラを挑んでやさしくコテンパンにされた。
交響楽団の時は音楽だけなんて、とはじめは思っていたが、音の力に撃ち抜かれ流れに呑み込まれ終わった時には自然と立ち上がって拍手をしていた。
とこんな具合であちらこちらの劇場を回った。梯子した日すらあった。
パンフレットも欠かさず買い、役者の柄姿も買った。
劇や音楽にまつわる話を聞きたがり、関連する書物も買い集めた。
お小遣いが無くなった。
「どうしたらいいと思う?」
「そうですね、お金がご入用なら用立てますが」
「そんなことをしたら王都でのエリー商会の活動に支障が出るでしょう?」
日常を快適にすること。
趣味を楽しむこと。
どちらも大事なことだとエリザベスは思っている。
今でもくさいのは嫌だ。
しかし劇場へ行くのは楽しい。
エリザベスはどちらも諦めるつもりはないのだ。
「劇場に通うにはお金がかかりますからな」
そう。劇場に入るだけでもお金を取られ、個室を取るのにお金を取られ、中では飲食をするのにお金を取られる。もちろん侯爵家の者に提供されるものとなるとこれもお高い。
そしてファングッズ。これももちろんお高い。
関連書籍。本は基本高い。
やむを得ない出費とはいえどうしても高くつく。
「こうしてみると劇場はたくさんお金を稼いでいるのね」
「エリザベス様? もしや」
「自分で劇場を持てば、お金を使わずに好きなだけ楽しめるのではないかしら」
「そ、そうですね」
「演目もグッズも好きなものを選べるわね! これは名案じゃないかしら! 劇場を手に入れて運営するのよ!」
「おっしゃる通りで」
ウキウキで提案するエリザベス。
考えるほどに楽しさが湧き上がってくる。
だって、どう考えても楽しいのだ。自分が自分の楽しいようにプロデュースすれば自分が最も楽しめるものが出来上がるのは道理である。
わくわくが止まらない。
一方ショーンはというと、まずいなと考えていた。
段取りを検討していった結果、ショーンの権限では対応できない問題がいくつか、対処が難しい問題も、そして予算の問題が立ちはだかるのだ。
現在ほぼほぼ砂糖の利益で不採算部門を賄っているのだが、劇場運営を加えると破綻してしまう。
持ち帰って検討したい事案だったが、ノリにノッたエリザベスを前にそれが許されるだろうか。
難問を前に、ショーンは思わず表情が崩れるほど頭を回転させ、エリザベスがそれに気づいてしまった。
「む。ショーン浮かない顔ね。問題があるの? だったら話してみなさい」
わたくしが解決してあげるわ、と言わんばかりにどーんと胸を叩いて告げるエリザベス。
屋台祭りの件で自信をつけたのだ。
気分が高揚しているのと合わせてやる気と自信があふれていた。
「そうですな、エリザベス様と、エードッコ侯爵の御力添えが必要になります」
「父様の?」
「はい。まずですね、劇場というのは貴族の方々がパトロンとなっていらっしゃいまして。つまり所有していらっしゃるわけです」
「えっ? そうなの」
「そうなのです」
エリザベスは頭を殴られたような衝撃を受けた。頭を殴られたことはないけれど。
二番煎じ。
うっきうきの自信満々で提示した名案が、二番煎じだったのだ!
みんながやってることをさもすごいことのように語ったのだ!
これは、これは恥ずかしい。
エリザベスは顔を真っ赤にして両手で覆った。
「え、エリザベス様!?」
「待って、ちょっと待って。ね?」
エリザベス復活までしばしの時間を要したため、話は一旦棚上げとなった。
そんな会合が行われた日の夜。
「エリザベス、明日はパーティだよ。準備はできているかい?」
「はいお父様。王都がくさいのにもちょっとだけ慣れました」
「いや……劇場にばかり執心のようだけど、心の準備はできているかい? 王子様もいらっしゃるんだよ」
「王子様!」
劇場で見た劇の中には王子様とお姫様のお話もあった。
悪い魔女に呪われて永遠の眠りについたお姫様を王子様の愛が助け出すという筋書きの話しだったが、お姫様は美しいし王子様は恰好いいしで素晴らしかった。
「楽しみですわお父様」
「パパちょっと心配だなあ」
十歳お披露目パーティは明日に迫っていた。
ブクマ・評価をもらえると元気が出るのでよろしくお願いします。




