10.エリザベスの冒険
今日は0:00と18:02とこの話の3本投稿しています。
エリザベスが気付くと、首から下を袋に詰められ猿轡を噛まされ地面に転がされていた。
近くに人の気配あり。くさい。
馬のいななき。水を飲む音。
「むー!」
思わず叫んでしまったが言葉にならない。
なんだこれはどうなっているのと言いたかったのだが、むーしか出なくてむーだったむー。
「あん? おい、ガキが気づいたみたいだぜ」
「おうおう」「どうしたどうした」
声を出したせいで起きたことに気づかれたらしい。迂闊。どうせ袋詰めで何もできない。どちらでもおなじ。
少なくとも男性四人。知らない人。
丘の影。薄暗い空。どこかわからない。
宿場町を歩いていたところまでは覚えている。
そう、突然路地に引き込まれ、その先の記憶がない。
「ダメだぜぇ坊ちゃん。お金持ちが一人で歩いてたらよ、わるーいひとにさらわれちゃうんだぜ」
「ぎゃはは!」
一人が近づいてきてエリザベスをからかうと、他の三人が笑う。
さらわれた。
まるで吟遊詩人や隊商の商人に聞いたお話の中の出来事のよう。
お話では主人公が機転や実力でうまいことやって生き延びる。
さて、エリザベスはこの場をどうに課する能力があるだろうかと考えた。
さっぱり思いつかない。
エリザベスが持っているのは親の地位と権力、それからお勉強で学んだ知識。ダンスや刺繍、礼儀作法。
この場で役に立つだろうか? そうは思えない。
アリアのように剣と馬を学んでいたなら……拘束されていては同じことか。
泣きそうになった。
こうなったのは自分のせいだと思った。お父様お母様ごめんなさい。エリザベスは失敗しました。
アリア……。刺繍のハンカチを渡せな――あれ。ハンカチはどこだろう。
「むーむーむー!!!」
「おいなんか言ってるぜ」
「おしっこかな?」
「ぎゃはは!」
「猿轡外してやんな。聞いてやろうぜ」
「舌噛まねえかな?」
「あの目つきなら大丈夫だろう」
やいのやいのとうるさい男たちだ。
エリザベスは腹が立ってきた。
男たちが騒ぎながらエリザベスの口が解放される。
「ハンカチはどこ?」
「ハンカチだってよ」
「ぎゃはは、自分の状況分かってんのか坊主」
「あの綺麗な刺繍のハンカチか。それなら高く売れそうだから汚れないようにお前さんのお綺麗な服のポケットに戻しておいたぜ」
エリザベスは胸をなでおろしたいところだった。袋の中で拘束されているのでできなかったが。
「売ってもらうわけにはいかねぇ。贈り物なんだ」
「残念だが、ハンカチも、綺麗な服も、お前さんも売られちゃうんだよねぇ」
「ぎゃはは」
「笑い過ぎだうるせぇ。お前さん随分肝が太いな」
太くない。怒りと見栄で気を張っているだけだった。
売られるのか。
お金が欲しいのか。お金が手に入れば満足するのか。
エリザベスは光明を見出した。
「なぁあんたがた。定収入に興味はねぇか?」
「なんだと?」
「こういう筋書きだ。あんたがたはオイラを人さらいから助けた。ほっぽり出すわけにもいかねぇってんで送り届けてくれるのさ。当然うちのもんが礼をする。そこであんたがたは仕事が欲しいと願うのさ。オイラも後押しする。そうすりゃあ晴れて安定した生活が送れるようになるってぇわけだ。まあそのむさくるしい髭を剃るか整えて、風呂に入ってくさい体臭をどうにかしてもらわなきゃなんねぇだろうが。馬を持ってて乗れるならやってほしい仕事はいくらでもあるんだ。どうでぇ?」
「風呂ってなんだ?」
「王侯貴族が全身をお湯に漬けて洗う贅沢じゃあなかったか」
「そんなもんに俺らが入れるわけねぇだろ」
「エードッコじゃあちょっと金を払えば公衆浴場で垢を落とせるぜ。庶民も入ってる奴は大勢いらぁ」
「そうなのか?」
「馬鹿。どうでもいいところに食いつくな。っていうかお前ら乗せられてんじゃねぇ」
エリザベスが思い付きでしゃべってみると、思いのほか興味を持ってくれたらしく話に乗ってきた、ような気がしたが一人に止められた。こいつがリーダー格だろうか。
「残念だな、違う出会い方をしてりゃあそういうこともあったかもしれん。だが今さらでな。俺らはお前さんをさらった。お前さんは俺らにさらわれた。俺らはお前を信用できねえ。安全になったら切り捨てるだろ」
「そんな仁義にもとるこたぁやらねぇよ。農神様に誓ってもいい」
「誰だよ農神様」
「なぁアニキ」
「だーめだ。送り届けたところで囲まれて捕まるのがオチだ」
「そうかー。一生こうやって罪を重ねて逃げ回りながら暮らすのかー?」
「うるせぇもう黙ってろ」
「むー!」
再び猿轡を噛まされた。
説得は失敗。
エリザベスはころんと転がり男たちに背を向けた。
泣きたかったがそうなると負けだと思い必死で我慢した。
次に目が覚めたときは空が薄明るくなっていた。
「おいおいどうなってんだ、馬の集団があっちこっちに。戦でも起きたのか」
転がってみると、男たちの一人が地面に耳を当てていた。
言葉から推測するに、馬の足音を聞いているのだろうか。そんな測り方があるのかとエリザベスは感心した。
いやそんなことより。
「どうするんすか。やっぱり夜も進んだ方がよかったんじゃ」
「馬がつぶれっちまったらその方がマズいだろうが」
「逃げましょうよ」
「下手に動くと気づかれて囲まれる」
「動かなくてもそのうち見つかるんじゃ?」
「見つかったらどうなりますかね」
「夜中見張りのお前が寝ちまうから!」
男たちは狼狽していた。
謎の馬集団が複数動いているという。一つなら野生馬の群れかもしれないが、複数となるとこれは騎馬の可能性が高い。
そうなると軍が馬賊を追っているとか、戦争とか、そういう可能性が浮かぶ。
あるいは大規模に何かを探しているとか。
これが最後の機会かもしれない。エリザベスはうめいた。
「むーむー!」
「……おい、騒いだら殺す。問答無用でだ。静かに喋れ」
猿轡が外される。
「お困りかい?」
「チッ、そうだよ」
「捕まったらオイラのこと抜きでも縛り首か、その場で切られるか」
「そうだな」
「逃げられない」
「ハーン家の軍だとすりゃあ、替え馬を連れてるだろ。一人一頭じゃ逃げ切れん」
人さらいのアニキはだいぶ自棄になってきているようだった。
「だったら、髪と髭を切って、体を清めてみねぇかい?」
エリザベスは賭けに勝った。




