第0夜 〜迷い人〜
いつの間にか、ただ、なんとなく眺めていた。
布を纏っていない手や首、頬を突き刺すような鋭い冷気に包まれながら、自分はそこにいた。
自分で歩いてきたわけではなく、誰かに連れてこられたわけでもない。自分1人だけがポツリとそこにいたのだ。いや、置かれていたという方がもしかしたら正しいのかもしれない。
しかし、違和感はふとよぎるもの。
ここは、どこだ?
自分はこの場所を知っているはずなのに、ここがどこなのかわからない。見覚えがあるが、頭の中に霧がかかったように肝心なことが隠れてしまい思い出せない。
辺りを見渡せど、自分の周りにあるものは、無数にそびえ立つ巨大な建物。三色の眼玉を見開いた背の高い鉄柱。行く手を示すかのように並べられた縞模様の道。全てに見覚えがある。それなのに、名前が抜け落ちてしまっている。
どれもこれも、何かに遮られてうまく思い出せない。何もかも…いや、違う。アレはたしか…
そうだ……ツキ、月だ。
打ち拉がれ宙を仰ぎ、揺れた眼球が不意にとらえたもの。自分の頭上高く君臨した、大きな月。
それは地球の全てを飲み込んでしまいそうなほど大きく、全ての生物の奥の奥まで見透かし魅了する魔性のような銀色の輝き。
不思議と自分は、この明かりの下に辿り着ければ恐いものなどない、不安なんて全て取り除かれてしまうだろう。そんな気分にさせられた。
脚は鉛のように重たくなり、とうとう力無く縺れて跪く。すっかり腰を抜かし自分の力では立てなくなり、情けなく地面を這いつくばりながら頭上から静かに自分を照らす大きな月に必死に手を伸ばした。
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