メタ読み令息
「次は図書館でイベントだったわね」
すれ違い様に聞こえた声に俺は静かに注意を向ける。
言ったのは今期の特待生枠、光の属性を持つという奇跡の少女、テトラだった。
ピンクブロンドの髪がトレードマークの彼女はそのまま教室を出るとどこへともなく消えていった。
◆◇◆
剣と魔法と貴族の世界に転生した俺は平々凡々に17年を過ごしている。
今世の名はキース、ロザラム子爵の三男坊だ。
昔は貧乏貴族だったが、今では母様のおかげでちょっとした小金持ちになった。
現在は王立魔法学園で生徒をしている。
「ありがとうございますお母上様」
「そんな事言ってると令嬢方にマザコンだと思われるよ?」
そう口を尖らせているのは伯爵令息5男のスノウだ。
白い髪に色素の薄い肌、さらにはアメジストのような瞳を持つ儚い美形なショタっ子だ。
同い年のはずなのに変声期どころか下の毛も生えていないちょっとどういうことなのかと問いただしたくなる奴だ。
こんな容姿なのに実は女の子ではないかと邪推出来ないのは、実際に彼のイチモツを見たことがあるからだ。
変な意味じゃない、風呂が一緒になった時に目に入っただけだ。
「両親には感謝するのは当たり前だろ?」
「その通りだけど、明け透けに食堂で言う事じゃないね?」
「たまに声に出しておくと締め切りが延びるんだ」
「それはまた息子想いの良いお母様じゃない」
「違う、始めから伸びたほうじゃないとスケジュールに収まり切らなかったんだよ」
これは前世の俺が良く使っていた常套手段だ。
小金持ちになった理由だが単純に俺が前世の記憶を元に色々やらかしたせいだったりする。
俺に商売の才能はなかったが母様にはそれがあったらしい。
「これからは女性も働く時代よ!」
と声高に言っていたのも記憶に新しい。
それは良いんだが、だからと言って無茶な納期を持ってこないで欲しいものだ。
「……う~ん、もう来たみたいだ」
「マジかぁ」
傍目に物理的なオーラを纏った5人組が食堂に入ってくるのが見えた俺たちは飯をかっ込み席を立った。
ちなみに食器はセルフではない。
こういうところに貴族らしさを感じる。
入ってきた5人組及び物理シールドもとい、令嬢軍団は食堂の席の半分を占領した。
さっきまでまばらだった食堂は一気に満員御礼大安売り。
まぁ俺たちみたいな人間にとってその集団は邪魔以外の何者でもないのだけれども。
ちらりと中心の5人組を見る。
細身長身しなやかな筋肉質の超美男子金赤青緑黒。
その近くには同じ色の令嬢達5人組も見つけられた。
テトラを入れたこいつらがこの世界の主要人物たち。
彼らはこの世界で無自覚に乙女ゲームに興じていた。
◆◇◆
乙女ゲームの仕組みは簡単。
攻略対象者5人には既に婚約者がいて、主人公がそこから奪い取る。
こうざっくりとした把握しか出来ていないのは俺がそのゲームを知らないからだ。
ならば何故この世界が乙女ゲームの世界だと分かるのか。
答えは簡単、髪の色だ。
原色に近い赤とか青とか緑とかふざけてんの?
そんな色の髪見たこと無いわ!
さらにテトラに至っては突然変異だとさ。
あ、金髪王子と黒髪公爵令息は例外。
あそこまでつややかではないにしろこの世界の標準です。
ついでに古の物語に登場する魔王を倒した勇者達もその色なんだとさ。
もっと言うと髪色が鮮やかであればあるほど魔力量が高いんだそうな。
ここまで来ると数え役満。
きっとそのうち我らがテトラ様が断罪イベント等をして婚約破棄からのハッピーエンドを決めてくれるはず。
その後どうなるか分かったもんじゃないけどね!
小さく息を吐いて脳内を整理する。
……さて、そろそろ時間だ。
放課後の夕暮れ時、ゲーム的には放課後パートか。
俺は1人で音楽室へときていた。
調律の行き届いたピアノに腰をかけ、鍵盤に手を置く。
弾くのはアニソン、ゲームミュージック。
今ここは俺の独断場。
ピアノこそが人類が到達した至高の楽器。
叩けば響く音階に乗せてこの世界の毛色とは全く違う音楽が木霊する。
音を空気の魔法に乗せて届けオープンユアハート。
数曲が終わったところで品のない足音が聞こえてくる。
ガラッと扉を開けたのは息を切らせたピンクブロンド。
俺は最後の曲を弾き終わると静かにピアノを閉めてこう言った。
「音楽は良いね、音楽は心を満たしてくれる。
人間が生み出した文化の極みだよ」
目を丸くしたテトラは搾り出すようにこう言った。
「キース……子爵令息様……」
……たぶん俺はこの時の彼女の顔を一生忘れないだろう。
◆◇◆
実のところ、俺とテトラには面識がある。
幼いころ、貧乏貴族だった俺は領地にいる平民の子供とも普通に遊んでいた。
彼女はそのうちの1人だ。
日を改めてお茶会に呼んだテトラはメイドを1人連れ立ってやってきた。
名前は忘れたがどこかの伯爵家の養子に入ったと風の噂で聞いたのできっとその家のメイドだろう。
お互い年頃の男女であるのでこういう配慮はありがたい。
こちらももちろん執事を連れている。
「お茶は俺のお手製だ。
そう睨まないでくれるか?」
俺はお手製ハーブティーを彼女に振舞いながら苦笑いを浮かべた。
「相変わらず器用ですね。
私に何の御用ですか?
こう見えて忙しい身なのですけど」
表情を殺している彼女は茶に口もつけずに急かす。
「こちらとしても話が早くて助かる。
単刀直入に聞こう、このゲームの終盤について教えろ」
彼女の下瞼の痙攣を見逃すほど俺の目は節穴ではない。
「……知ってどうするのですか?」
「魔王の復活及び、生存戦争に発展するようなシナリオなら先に手を打つ。
……目は口ほどに物を言うな。
既に確証は得た、詳細を教えてくれ」
テトラは観念したように話してくれた。
魔王の復活時期に攻めてくる方角、始めに襲われる村の名前。
魔王の撃退方法。
「トゥルーエンドの方法は?」
「私、やり込みプレイヤーじゃなかったから知らないし」
嘘の味がする。
正確に言えば目が一瞬だけ右上を見た。
知っているが知られたくない、教えたくない事だと推察できる。
要するに突っ込んでも絶対に教えてはくれないことだ。
テトラは昔から変なところで強情だったな……。
「なるほど。
今日はありがとう、実に有意義な空想談義だった。
クッキーはいかがかな?」
「いらないわ。
じゃあキース様、ご機嫌よう」
そういうとテトラはメイドを伴い席を外した。
「……よろしいので?」
執事として使えている老年オヤジのバジルは険しい顔でそう言った。
きっと位的に上位の俺が用意した茶やお菓子に手もつけず、話が終わったらさっさと退場したテトラを咎めたいのだろう。
「別に気にしていないよ。
あの日から、彼女はいつもこうだったろう?」
「……左様でございますね」
「あと母上に言付けとお前に一時の暇を」
「……承服しかねます」
「頷け」
「……御意」
俺は1人お菓子とお茶を楽しんだ後、1ヶ月程姿を消した。
◆◇◆
1ヶ月後、俺は教室の自分の席で本を読んでいた。
「キースッ!」
話しかけてくれるのはスノウだ。
相変わらず幼女みたいだな。
なんでこれで男なんだよちくせう。
「よぅ、相変わらず性別詐欺な人生送ってるなぁ」
「処すよ?」
「はいごめんなさい」
「それよりもっ!
1ヶ月もどこに行ってたのさッ!」
「ちょっと旅行?
いやどっちかと言えば商談かな」
「……儲け話?」
「目の色変えやがって……ホント、スノウは良い性格してるよ」
「聞かせてくれるんでしょ?」
「噛まなくていいのか?」
「……いじわる」
あざとい顔しやがるぜ、このショタっ子は。
「まぁ、少々危ない橋を渡る事になるからなぁ……それでも聞きたいか?」
「もちろんッ!」
キラキラした顔しやがるショタっ子に事の経緯を話そうとした瞬間、
「ロザラム子爵令息」
スノウ越しにこの世界の主要人物の1人、金髪のアレクシス王子殿下が声を掛けてきた。
「これは王子殿下おはようございます」
「おはようございます、殿下」
スノウと2人、立ち上がって礼をする。
「よい、ここは学園だ。
それよりもその話、別室で願いたい。
我も共にな」
怪しく光るアレクシスの瞳に飲まれそうになりながら、俺たちは付き従った。
「良い茶葉を期待していますよ」
「ふっ、我を誰だと思っている?」
◆◇◆
2人は記録水晶の映像に釘付けになっていた。
「これが魔族……か」
「なにこれ……僕が見ていいものだったの……?」
そこには人間の天敵とされる魔族が映っていた。
魔族たちは虎視眈々と農具を磨き、労働に精をだしている。
厳しい土地でもそこそこ栄えている町や村、魔都と呼ばれる彼らの首都。
そこに映る彼らは俺たち人間と変わらず生活していた。
「城壁が堅牢だな……これはなんなのだ?」
「はい、かの地に生息する魔物はどれも凶暴でした。
その侵入を阻むためのものだそうです」
「ロザラム子爵令息はそれを信じるのか?」
「実際に死ぬかという目に遭いましたので」
俺がさっきまで読んでいた本によると、魔族たちの住む地は魔素と呼ばれる元素が多量に含まれているらしく、その分魔力に適性のある強力な魔物が生まれやすいのだそうな。
俺の解説に殿下は唸る。
「そのため魔石が多く獲れるのか……」
「左様です。
お陰で上手く交渉出来ました」
「しかし本当なのか?
魔石と小麦が同価値だというのは」
「報告どおり本当です。
あっちで魔石は道端に転がる石です。
魔物に襲われながら耕す作物のほうが何倍も価値があります」
「そんなところに良く行けたな……」
「そこは魔法の力です。
あとは近衛兵長と冒険者ギルドのお陰ですな」
ハンググライダーと俺の適性魔法である風魔法の組み合わせは最強だった。
作って良かったハンググライダー。
……何度か落ちそうになったのは内緒だ。
「兵長はお前を見つけ次第しごいてやるといっていたぞ?」
「お戯れを。
私はただの貴族令息ですのに兵長は無茶を仰る」
「キース、その言葉は白々しすぎるよ」
◆◇◆
傍目から見たテトラは今日も10人の高貴な令息達に囲まれながら日常を過ごしている。
魔王の件については伝えてある。
少々驚いていたが、「そう」とだけ返された。
学園の庭園にあるベンチに腰をかけながら空を見上げる。
太陽の光に目を瞑れば見えるのは遠い日の思い出。
『キース様ッ』
幼いテトラの呼び声、彼女の笑顔、庭師のバジルと一緒に実家の庭で楽しく過ごした日々……──。
魔法適性検査の日の事故、その後、彼女が俺に向けた顔……──。
「キース様」
今では執事になったバジルが声を掛けてきたので俺は目を開けた。
彼の差し出してきたハンカチを受け取る。
何か言いたそうな彼を静止する。
「太陽を見てたら目が少し痛くなっただけだ……あるだろう?
そういうことも」
俺は目を拭うと彼にハンカチを返した。
「今年も邸宅の庭には白いマーガレットを植えましょうか」
俺はそうだな、と湿った吐息を吐き出した。