近代化する日本
玉緒が富士に入り、三百年ほど経った。博利との子、玉博はすくすくと育ち、りっぱな若者になった。玉緒はすでに死していた。妖力を勾玉と博利のために使い果たし、富士の地で流れ込む邪気と戦いながら、玉博をそだてたのだ。
徳川の世が終わりを告げると、日本には近代化の波が押しよせてきた。汚れた煙と水は、大気と大地をくさらせ、獣の邪気に富士のふもとより勢いよく注ぎ込まれつづけた。富国強兵の名の元、住処の森を追われた一族のものたちがやってきて玉博とともに暮らし始めた。そんな折に一人の僧侶が玉博のもとを訪れた。
「ここは、人の近づくところではない。立ち去れ。」
玉博は僧に向かって威圧するようにほえた。周囲には、何体かの妖狐もいる。
「この地に妖狐と人が住むというので、もしや玉緒かと思うて来たのじゃが。」
「母になんのようだ。」
玉博は始めてみる人間に興味を持った。
「そうか、両親とも亡くなったか。」
法海は悲しそうにうつむいた。
「この地に妖気が集まり始めておる。はやく、止めねば、やつが復活する。」
法海は、ことの経緯を玉博に話した。
「ここはわしが食い止める。玉博よ。やがて何十年か何百年かの先に、仲間がやってくる。玉緒の妖力で、おぬしの父がまだ生きておればと思うてきたのだが。代わりに、彼等の力になってやってくれ。」
玉博は迷った。人間のために母が早死にしたのだ。その人間を自分が助ける道理があるだろうか。
「自分の目で確かめてから、決める。」
法海は目印として、自分の錫丈を持って行くようにとそのありかを伝えた。
「錫丈が弟子の居場所へと導いてくれるだろう。」