9話 宿星を刻まれた者
「だから違うと言っているだろう!」
ゼニスの叫び声でアクダは目を覚ました。
「この子を傷つけてみろ!私はお前たちを殺すぞ!」
全身に力が入らない。仰向けに倒れている。それでも何か騒ぎが起きているのは分かった。
何とかして顔上げる。そこはアクダが今まで見たことのないような大きな街だった。道は舗装されているし、端にはちゃんとした店がある。
だが周りの人々はアクダとゼニスを遠巻きに囲み、汚らわしいものを見るかのような目をしていた。
ゼニスはアクダをかばうように立っている。その目の前には高級そうな宗教服を着た者たちや重厚な鎧に身を包んだ兵士が群衆より一歩すすんで対峙している。
「いくらあなたといえど、そんな怪我で、この人数を相手になさるつもりで?」
ゼニスは包帯を巻いているもののわずかに血がにじんでいた。
足は震えて、顔色も悪い。それでもゼニスはアクダのために立ってくれている。それだけはアクダにもわかった。
なら自分がいつまでも寝ていいわけがない。
「おれ、に。ようがあるんだろ!だったら聞いてやらあ!」
震える膝に手をつきつつ何とか立ち上がる。血が足りていない。よろめきそうになる。
「アクダ………お前。」
「ち、目を覚ましたか。悪魔の子め」
「はあ、何言ってるんだ。お前」
「しらっばくれるな!お前の頬に刻まれたその刻印。それこそお前が魔族の支配下にくだったことの証だ!」
言われて右頬に触れる。そこにはあの魔族に刻まれた刻印。奇妙な脈動のようなものを感じた。
確かに触れただけで黒い力のようなものが沸き上がってくるのが分かる。
「違う!この子は決して魔の誘惑に屈したわけではない!ただ呪われただけだ」
「ほう、つまりお前は突如現れたあのクイーンサキュバスがその少年を見初め、魔の力を施したと」
一人の男そう言いながらが神官や兵士たちを割って現れた。
鍛え上げた肉体を豪奢な意匠をこらした鎧に包んでいる。白いマントと腰に差す剣には聖堂騎士を指すテトラポッドの紋章。
ゼニスのよく知る男だった。
「………そうだ」
「馬鹿をいうな!いくつもの王国を滅ぼしてきたあの魔女とあってお前たちが生きていられるはずがないだろう!」
隣にいた神官の男がわめきたてる。
アクダは話についていけず、ゼニスは悔しそうに歯噛みしている。
人類にとって五星将とはそれほどの絶望であることは確かだった。わずかばかりでも知っている者の中には名を聞いただけで発狂するものもいるくらいだ。
だが意外なところから助けが入る。
「いや、あり得ることだ。かの魔女は娯楽を好む。雑魚と見逃されることもあるだろう」
「それは、マイルス殿、確かにその通りだが」
マイルスと呼ばれた聖堂騎士は神官を押しのけて前に出る。
「しかし!だからこそこの少年は滅されなければならない」
その変わりようにまわりの者たちはたじろぐ。マイルスと呼ばれた男はゼニスに向かい合う。
そして周りに誇示するかのように叫ぶ。
「聞け!群衆よ!この者はあろうことか、魔族に目をつけられた者、すなわち災害の種を招き寄せようとしている。これが許されることか!」
あおるように叫ぶ。男は表面上は取り繕っていたが、そのゼニスを見る目は憎悪に歪んでいた。
「否だ!断じて否だ!私はこの人類最南端の街を預かるものとしてこのような暴挙を許すわけにはいかない」
そういって腰から剣を抜き、それをゼニスに突きつける。
「よって私はこの二人を正義の名のもとに粛清することを誓おう」
ぎらりと怪しい光が浮かぶ。その視線はアクダを一切とらえてはいなかった。
「………いいだろう。前々からお前とは決着をつけなければと思っていたんだ」
ゼニスもその目に闘志を燃やし、臨戦態勢に入る。
だがそれは明らかにゼニスの敗色が濃厚であった。常時であれば二人の実力派同程度。だが今はゼニスはガ・ラウとの死闘。奥の手の使用。さらに五星将との戦いにより疲れ果てていた。
だがそれでも人類で最高峰に位置するこの二人が戦えば周りの被害は避けられない。なお悪いのは両人が悪い意味で人の話を聞かない人物であることだった。
周りの被害を考えた神官は泡を食って二人を止めるための方便を探す。だが見つからない。
「待てよ!俺の問題だろ!のけ者にしてんじゃねえよ」
アクダは力強くそう言い、マイルスに向かい合う。
「俺は逃げも隠れもしねえ!喧嘩なら買ってやる」
一瞬、周りは静寂に包まれた。
だがやがて出来のいい冗談でも聞いたかのように全員から苦笑が漏れる。
「お前、それを本気で言っているのか?」
「あいにく、こちとら魔族領の生まれでな。お前のことなんざこれっぽちも知らん」
「実力の差も分からん愚か者め」
「あいにく、魔族と戦いもせずにこんな安全地帯でびくびくしているようなびびりよりは強い」
「貴様……」
魔族と戦うことが許されていない。それはマイルスの決して触れてはいけない逆鱗だった。アクダはそれを知らずのうちに触れてしまったのだ。
「撤回しろ」
「やだね」
「アクダよせ。お前の適う相手じゃないんだ」
「るせえ。ひけるか」
こいつはゼニスを悪者扱いした。その時点でアクダの敵であった。
一発喧嘩をしてもいい気になっていた。
「いいだろう。身の程を教えてやる」
腰から抜いた剣が淡く輝く。
「法王剣第一項解放」
マイルスの言葉とともに剣が蕾のように開く。
その圧倒的な魔力にアクダは仮に自分が万全だとしてもかなわないと悟る。だがそれでも引くことはできない。
アクダが呼応するように踏み出す。
「やるしかないか」
ゼニスも悪態とともに魔槍を持ち出し、投擲する。灰鬼にはなれない。魔力が足りないのだ。それを補うかのようにアクダも突っ込みマイルスに肉薄する。
二つの灰色の槍と金色の光の奔流が激突する。
埃が舞って視界を奪う。余人にはそこにどんな駆け引きが行われているのか知ることはできない。
あまりの激しさに周りにいた者たちも飛ばされる。
何とか立っていたのは神官のみ。
「これだから、十二勇士は嫌なのだ………」
見ればそこには倒れ伏すアクダとゼニス。マイルスは肩に浅い傷を受けているがそれだけだった。
「くそ!この俺が相打ちだと!」
悪態をつきつつもすでに彼は概ねダメージから回復していた。だが相手は手負いだったのだ。
己の手を見る。法王剣を握った手は気味の悪いしびれを残していた。アクダに弾き飛ばされそうになったのだ。反撃で意識を刈り取ったものの少しでも脅威を感じた自分に腹がたった。
何より二人はぼろぼろだった。その相手と正面からぶつかっての結果がこれだったことに忸怩たるものを感じる。
神官は三人が再び争いを始める前に捕縛することを決める。
「おい、こいつらを捕縛しろ。灰鬼は神殿。子供は地下の牢屋だ」
せせくさと捕まえられるアクダたちを見ながら神官は思わずうなった。
灰鬼が強いのは当然だが、あの年頃の子が12勇士の間に割って入って生き残ったことが意外だったのだ。
「覚えておくぞ。その顔を」
捕らわれる二人の様子を見つめるマイルスの声は誰にも聞き取られず消えていった。