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魔星伝  作者: 落ち武者
黎明編
8/70

8話 クイーンサキュバス

 あの後何とか傷を治したアクダはゼニスとともに道を引き返し人類領へと向かっていた。


「それにしても、ゼニスはすげえな。腹の穴もふさいじまうし、手足も元に戻しちまった」

「厳密にいえば違う。あくまで魔法で失った肉体の代替品をはめ込んでいるだけなんだ。徐々に自然回復で自分の体を取り戻していく必要がある。もちろんこの手足もな」

「こんな魔法があるなら不死身のような気がするんだけどな」

「そんなに甘くはない。代替品といっただろ?常人ならつけた時点で、魔力を吸われてまともに動けなくなるし、術者が下手なら逆につけた者の悪影響になる。当然最悪死ぬ」

「そういうもんか。今回はゼニスがやってくれたから安心だな」

「ふん」


 そう言ってそっぽを向く。どうやら真正面からほめるとゼニスは照れるらしい。覚えておこう。


「なあ、ゼニス」 

「ん?」

「俺は入れるのか?」

「心配ない。私はそれなりに立場のある身だ。子供1人くらいならどうとでもなる。それに」


 グリグリとあたまを撫でられる。


「こんなに強い子なんだ。戦力としても申し分ないさ」


 そうやって二人で道を進んでいく。もう魔族領の端まで来ている。あとは今進んでいる森を抜ければ結界の起点となっている場所につく。

 のんびりしているうちに夜になってしまったが、休憩をはさむのも嫌なので二人はそのまま進んでいた。この二人には夜闇の魔物など恐れるに足らない。

 暗闇の森の中、ゆらりと影が揺らめいていた。

 揺らめきのようなものを感じた。

 ふと空を見上げると、カラスが一羽舞っていた。


「そんなに急いでどこに行くの?私も混ぜてちょうだい」


 気配は何も感じない。でも声だけは確かにした。

 カラスを追うように視線を上げていく。

 カラスが女の肩に止まる。女は何もないはずの空中に腰かけていた。ゆったりとしたローブに漂う魔性の色気。一瞬人間かとも思った。だがその目は猫のように瞳孔が縦に裂けており、禍々しい魔力を発していた。

 魔女?

 アクダの脳裏にはすぐにその言葉が浮かんだ。


「ゼニス、あいつは一体……」

「逃げろ」

「え?」


 見ればゼニスは震えていた。その女を見てだけで、絶望したかのような、今までには見せたことのないような表情であった。


「私はここで戦う―――お前は先に行け」

「あんな明らかにやべえの相手に一人なんて―――」

「今のお前では足手まといにしかならない」

「俺だって、やれる」


 止めようとするゼニスをよそにアクダは一歩踏み出した。

 これでこそ俺だ。迷ったときは一歩踏み出す。そうしなければ何も変わらない。

 何よりともに魔星の一つ。ガ・ラウを打ち取ったという自負があった。


「馬鹿が」

「本望だよ」

「お話は終わった?それでは改めて名乗らせていただきましょううか」


 女は己の存在を誇示するかのように空中で手を大きく広げる。


「五星将クイーンサキュバスのリリス。以後おみしり知りおきを」

 そう言って空中で佇んだまま優雅に礼をする。

 槍を下段に構えるゼニス。すでに灰鬼状態となっている。

 だが魔力は戻りきっておらず、すでに玉のようなあせが浮かんでいる。

 アクダも併せて臨戦態勢に入る。白銀の剣は貸してもらったままだ。

 なにも言い返さないのも癪だったので、アクダは負けじと名乗りを上げる。


「アクダ。いずれは12勇士に名を連ねるものだ」


 正直12勇士がどういうものかはよく分かっていなかった。だがゼニスがその名に執着しているところを見るときっといいものなのだろうと思う。だから頭に浮かんだまま名乗ってやった。

 アクダの名乗りを受けたリリスは高らかに笑った。


「あは!いいわ、そういう血気盛んな子。思わず―――」


 その瞬間空中からリリスの姿が消えた。


「いじめたくなっちゃう」


 背後に殺気。

 振り返ることもなく転がる。

 クイーンサキュバスのリリスの抜き手が一瞬前までアクダの心臓があった位置を貫く。


「へえ、いい反応してるじゃない」


 向き直る。ひんやりとした嫌な汗が体中から出ていた。

 格が違う。次元が違った。何より恐ろしいのが、なにも感じないということだった。ガ・ラウと戦った時には漠然と自分との差のようなものが把握できた。だがこの魔族に対してはそれがない。まるで闇そのものと戦っているかのような漠然とした不安があるだけだった。

 先ほどの攻撃も移動したことが全く分からなかった。


「随分と余裕だな」


 横からゼニスの槍がリリスに襲い掛かる。空気を切り裂くような一撃。万全ではないとはいえ、ガ・ラウ相手なら確かに通じていたはずの一撃だ。

 だがリリスはひらりと避ける。負けじと何度も槍を繰り出す。


「今はこっちの子と遊びたいんだけど」


 だがぜニスの連撃もクイーンサキュバスは踊るように華麗にかわす。

 そして指をぱちりと鳴らす。

 その瞬間無数の影が地面からはい出し、その手がゼニスをつかむ。

 ゼニスは一瞬で振りほどくも、その一瞬が致命的だった。

 リリスがとともに手を突き出すと手のひらから黒い魔弾が発射。

 動きを止めたゼニスに直撃する。


「がは!」


 跳ね飛ばされ木にぶつかり崩れ落ちる。


「ゼニス!」


 アクダは慌ててゼニスの元まで駆け寄ろうとするも、その通り道をサキュバスが防ぐ。


「ふふ、次はあなたの番」


 アクダは再び勘だけで体を地面に投げ出す。

 直後今までいた位置を影が掴む。


「へえ、じゃあこれは?」


 今度は四方八方に黒い歪な窓がいくつも現れる。


「なんだよこれ!」


 己の危機直感が全力でアラートを鳴らす。

 全方位に存在する窓から黒い槍が飛び出す。

 そのまま待てば串刺し。だが数が多すぎた。かわすことはできない。ゆえにアクダは急所のみを防御。浅いところはすべて受けた。細かな裂傷がいくつもできる。

 流れる血がアクダを濡らす。だが気力はまだ萎えていない。少々面食らったがそれだけだ。


「あら、いい思い切り。でもいつまで続くかしら?」


 しかしクイーンサキュバスとの間には実力差がありすぎた。

 どれだけ動いても距離を詰められず、黒い窓を引きはがすこともできない。移動するアクダに的確に追いついてくる。

 かわしきれずいくつもの黒い槍が体をかすめる。

 一発一発が鋭く、着実に細やかな傷でアクダの命を削り取っていった。

 そのある程度嬲ったところでこんなものかとリリスはそれなりに満足した。

 それなりに遊んだので始末をしようと決める。せっかくなので躱させてやっている槍で最後に全身を串刺しにしてやろう。その絶望した顔を眺めるのはきっと気持ちいいものだ。

 そう思って手をアクダに向けてかざして力を籠める。今度はそれなりに力を出す。

 アクダはその力みを敏感に感じ取った。

 その瞬間己の中の本能のようなものが暴れだす。

 ぐっと一瞬で血流が増加し、どくんどくんと心臓の音まで聞こえるかのようだった。

 とたん感覚が鋭くなり、まるで手に取るかのように襲ってくる黒い窓の位置が分かった。

 その数は今までのおよそ倍。込められている魔力も桁違いに多い。

 体をずらす。

 奇妙な動きだった。そのままでは真正面から顔面を串刺しにされるだろう。まともにかわせるのはかばいつつけている脇腹くらいだ。

 リリスは疑問に思うももう飽きていたのでそのまま指を鳴らし、必殺の一撃を叩き込む。

 アクダの全方位を覆った黒い窓から一斉に槍が飛び出す。

 だが襲われるアクダの顔は微塵も死んでいなかった。

 飛び上がり、獣のように体をしならせ槍を半分以上かわす。背後からの一撃。背に回した剣の腹で、鍔で、柄で、で攻撃を防ぐ。真正面から一本の槍が迫りくる。がきり、とそれは口で噛んで止めた。

 地面に着地。少し切り裂かれた口内の血を吐き出す。だが受けた傷はそれだけだった。

 まともに命中したものは一本もない。


「あは」


 一度も反撃できないままいつしかアクダの体は血まみれになっていた。

 先ほどの激しい攻撃は防ぎ切ったもののそれまでに血を流しすぎた。ゼニスに手当してもらったばかりの横っ腹も限界だ。油断をすればポロリと零れ落ちそうな気がする。呼吸は乱れ、早くも満身創痍。アクダの実力はクイーンサキュバスのリリスの足元にも及んでいなかった。

 だがそれでも闘志は絶やさない。

 せめて一発そのにやついた顔に叩き込んでやる。

 そう意気込んでにらみつける。

 やるとすれば敵の出鼻を挫く。すでにその仕込みはできている。

 だがクイーンサキュバスは一向に追撃をしてこない。

 見れば口をだらしなく緩ませ、こちらを見つめている。


「てめえ、やる気あんのか」


 悪態をつくと、クイーンサキュバスは体をぶるりと震わせ、アクダの全身をなめ上げるように見る。

 ぞくっと悪寒が走る。気色の悪い、蛇が捕食対象を見るかのような目。なぜかその瞳には怪しい欲が浮かんでいる。

 アクダは手に持っていた美麗な白銀の剣を投擲する。


「ふふふ」


 にやついたまま手で払いのける。微塵も脅威に感じていない。

 だがそれは仕込み。

 払いのけたクイーンサキュバスは驚愕の表情を浮かべる。

 クイーンサキュバスに迫る影。灰鬼の槍。アクダはゼニスが取り落としていた槍を足で引っかけ器用に蹴飛ばしたのだ。

 わずかに動作が遅れる。その隙にクイーンサキュバスに肉薄する。

 そのまま至近距離で拳をふるう。だがそれもひらひらと躱された。


「くそ!」


 先ほどの一撃は確かにリリスの意識外からのものだった。しかし悲しいことに二人の間にはそんなものでは埋まらぬほどのステータスの差があったのだ。

 だがそんなじゃれついてくるかのようなアクダをリリスは愛しそうに眺める。


「いいわ」


 目の前の少年は、この期に及んでも全く諦めていないし、死ぬつもりもない。そのともすればただ馬鹿なだけの気概もリリスには好ましかった。少年の目は青い光にらんらんと輝いている。どこまでもまっすぐで、熱い。見ただけで火傷してしまいそうだった。

 そんなアクダの様子をじっと見ながらさらに笑みを深める。


「あなたすっごくいい!」


 クイーンサキュバスは顔を上げ狂気に侵された瞳でこちらを見つめてくる。

 そのあまりにもイってしまっている表情に思わず足が下がりそうになる。

 臆した自分が許せず、魔力を籠めた乱暴な蹴りを繰り出す。出した瞬間後悔した。これでは躱して反撃してくれといっているようなものだ。

 だが予想とは反し、アクダの蹴りはクイーンサキュバスを吹っ飛ばした。


「なんのつもりだ」


 相手が何を考えているか全くわからない。それがこれほど恐ろしいとは知らなかった。

 震える心を叱咤しあえて悪態をついた。後退は許されない。今のアクダには後ろに下がる足はついていない。

 落ちている魔槍を拾って構える。少しでも力を分けてもらえるように。

 だがそんなアクダの虚勢もどこ吹く風。

 クイーンサキュバスは何をするでもなく立ち上がり、手を広げた。まるでアクダを迎え入れるかのように。


「まさかこんなところで天星の器を見つけられるなんて!」


 構えなんてありはしなかった。まるで突き殺してくれと言っているようなものだった。

 だがアクダはその不気味さゆえに動けないでいた。

 サキュバスがアクダの間合いに入る。依然として無防備なままだ。

 もう一歩だ。もう一歩踏み込んできたらその心臓を串刺しにしてやる。

 クイーンサキュバスはそんな切羽詰まったアクダの心情などお構いなしに足をあげる。前へと一歩踏み出す。


「シャアっ!」


 裂ぱくの気合とともに突きを放つ。

 槍の先は過たずクイーンサキュバスの心臓へと吸い込まれていく。

 火事場のくそ力というのだろう。アクダが今まで繰り出した中でも屈指の速さであった。

 その瞬間サキュバスの体が小さく爆ぜた。槍は体を素通りする。体が無数の小さな蝙蝠となってばらけた。


「な!」


 アクダが慌てて下がろうとするも踏み込んだためとっさには行動できない。

 蝙蝠はアクダの目の前に集まりそして女の形となる。顔がアクダの目の前に作られる。鼻と鼻がぶつかりそうなほど近い。


「つっかま~えた」


 そのまま完全に元の姿となったクイーンサキュバスに抱きすくめられる。

 包まれたやわらかい感触とは裏腹にどれだけ力を入れても全く振り払えない。


「はなせ、この」

「いただきまーす」


 クイーンサキュバスは暴れるアクダを一顧だにせず、首筋に歯を突き立てる。

 とたんアクダの体に虚脱感が広がり、すぐに自分の力だけでは立ってられなくなる。


「くっそ、これは」


 じゅるるると生々しい音をまるで聞かせるように血を吸い上げる。

 そのざらりとした首筋をなめ上げる舌の感触に思わずのけぞる。駆けあがってくる官能な刺激に、声を上げそうになる。同時に血も魔力も吸われ意識が飛びかけたところでクイーンサキュバスは血を吸うのをやめ、歯を突き立てたところを舌で舐る。血が止まり唾液だけが残った。


「ふふ、やっぱり濃厚。でもまだ青い。あと量が少ない。全然足りない」


 リリスはちょっとだけ悩む。このままお持ち帰りして飼うのもありではある。だがここでそれをするのはもったいない。それではせっかくの幸運を使いつぶしてしまうことになる。

 皮肉なことにここでアクダがクイーンサキュバスの魔の手から逃れられたのは彼の未熟さゆえだった。もう少し強ければ我慢できず吸い殺されるか飼い殺しにされていただろう。

 クイーンサキュバスは小声でなにかつぶやくと右手の人差し指が黒く染まった。

 そのまま黒くなった指でアクダの頬に逆向きの五芒星と蝙蝠の翼を描く。


「もっと、もっと強くなりなさい。今のままのあなたじゃまだ足りない。」


 クイーンサキュバスはそのままアクダの体を撫でまわす。


「これはおまじない。あなたに不幸をもたらすおまじない」


 ふざけんなと言おうとした。ただでさえどん底にいるのにこれ以上なんかあってたまるかと、怒鳴ってやろうとした。だが体はもう指一本動かせそうにない。


「またね。あなたが成長したら今度は本気で相手をしてあげる」


 崩れ落ち、地面に倒れ伏す。


「何やら面白そうな宿命を背負っているようだし、これからあなたの人生は楽しくなるでしょう」


 その声を最後にアクダの意識は闇に沈んだ。

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