47話 悪辣と怯懦
祭壇でノノイは汗を振りまいて踊っていた。
切り裂かれた服。乳房はまぼろみでて扇情的な格好だ。見る者によっては場末のストリップなどを想起したかもしれない。
そして目の前では老人がノノイを見下したように笑っていた。
「あはははははは!よいステップを踏むじゃないか、猫娘」
「ああ、や、あああ!」
ノノイは飛び跳ねていた。
肩にはウイジャイのたくましい足がぷらりと乗っけられている。
そしてその首にはどうあっても引きちぎれそうにないミスリル製の細い鋼線が輪になって上から吊り下げられている。この趣味の悪い舞台専用にご丁寧にも一から作ったようだ。
もしノノイがバランスを崩せば、その瞬間ウイジャイの首は見事に両断されるだろう。
ノノイの身長に合わせて食い込むかどうかという絶妙な長さに調整されているのだ。
なぜこんなことを強要されているのかノノイには理解できなかった。ただ分かるのは目の前にいる老人が今のこの状況を楽しんでいるということだけだった。
「ああああああ!」
じゅわっと足の裏が焦げた。
その瞬間バランスを崩し、わずかにウイジャイの首に鋼線が食い込む。
血が流れ出し、ノノイの肩に伝わる。それが服を剥ぎ取られた瑞々しい裸体を伝って薄い胸に沿うように伝わり、地面にぽたりと落ちた。
じゅわっと一瞬で血が蒸発し赤黒いシミだけが残る。
「ああああ!ごめ、ごめんね、ジャイ」
ノノイは泣きながら死のステップを踏んでいた。
目が覚めた時にはすでにこの状態で、足元の何か呪文の書かれた趣味の悪い装飾の鉄板は火にあぶられている。初めはなぜか仏頂面だった目の前のおとこもすっかりご満悦のようだった。
「う、うううう!」
どれだけはねても一歩毎に足が焼ける。
屈辱と恐怖と怒りがごった煮になってとめどなく涙があふれる。
「あ、あ、やぁめぇ」
ウイジャイは麻痺した舌で何とか言葉を紡ごうとするが意味を成さない。
無念と怒りから涙を滝のように流す。
力強く、誇り高いリザードマンとして教示があった。それがなんだこのざまは。
女子にこのような鬼畜な真似をさせて何が誇りだ。
無念。ウイジャイの心にただその一念だけが渦巻く。
そんな苦しむウイジャイの様子にノノイはますます必死になって彼を支え続ける。
ノノイは彼の事が好きだった。大きな手は不思議な感触がするし、本人は嫌がるが尻尾を抱き枕にして寝るのが大好きだった。
だから、だから、何があっても見捨てる事はできない。
「うわああああ!」
ノノイは泣き叫びながら踊り続けるしかないのだ。
「ははははは!いいぞ!どんどん穢れがたまっていく。必要な量まであとわずかだ」
二人に鬼畜の所業を強いる悪鬼と呼ぶにふさわしい外道の老人。
男の名はセセラギと言った。
セセラギはノノイの華麗というにはあまりにも悲惨で滑稽というにはあまりにも必死な舞を目の前で笑いながら見ていた。
すでに自らの手で教官1名。生徒3名を殺害している。目の前の二人と倉庫に放り込んでいるロイとかいう餓鬼を合わせれば全部で7名だ。なかなかいい調子だろう。
厄介な残りの教官は共同戦線を張っているあれが抑える予定だ。
あとは勇者をつり出し、彼を媒介に召還を行う。
そうすれば後は一気に人類への侵攻だ。
一応結界内で召喚された魔族はかなりの束縛を受ける。だが自分が召喚する魔族の強さを考えればそんなものは些末なことだろう。長らく引っ込んでいた者どもに抗うすべなどない。
「ほらほらほら!どうした。お前たちもこの少年のようになりたいのか?」
そう行ってセセラギは足下に転がる黒い玉を小突く。そしてその傍にある胴体。二つはきれいに切り離されていた。
それはころりと転がり闊達そうな少年の顔がノノイの瞳に移る。
「う、ひぐ、佐助ぇ」
佐助の首は激高したセセラギによって刈り取られていた。
セセラギが襲ったのはロイとその傍にいた二名。そしてこの少年だ。三人は簡単に捕縛できたが、この少年には不意を突かれ救助の狼煙を挙げられてしまった。そのせいで余計な借りをつくることになってしまったのだ。
怒りから思わず必要なものを回収する前に殺してしまった。
だがこうして追い詰めることにも使えている。
目の前の滑稽な少女を見つめつつセセラギは笑い続けた。
足元の胴体がわずかに動いたことにも気づかずに。
「ううううう」
身を焦がす熱さに悶えながら横をチラリと見る。
そこに積み重なるのはおびただしい死体。
その下には正体不明の魔方陣。
それと鈍感なノノイにも分かる程の邪悪な魔力に満ちた魔石。
明らかに何かしらの儀式が行われていた。
でもでも、まだ諦めちゃいけないんだ。
泣き叫びながらも、ノノイの希望は潰えていなかった。
なぜなら頼りになる仲間がいるのだから。
助けて!助けて!みんな!
「気に食わんなあ」
そう言ってにたりといやらしい笑みを浮かべる。ノノイの目に宿る光が気に入らなかったのだろう。セセラギはノノイに対してさらなる責めを追加することにした。
熱量が増したのだ。今までは死にはしないように調整されていたノノイの足元の鉄板がセセラギが呪文を唱え終わると傍に近づくのさえためらうような熱に代わる。
「あ、つい!」
「はははは!どうした、そのお荷物を捨てて逃げれば助かるかもしれんぞ」
ノノイは一瞬泣きそうな顔でウイジャイの顔を見上げてしまった。わずかばかりの諦め。誰かに縋りたい気持ち。ノノイの瞳にはそれが多分に含まれていた。
ウイジャイは麻痺した中でそれでも力強くにらみつけた。
その目は逃げろと語っていた。
その瞳を見てノノイは泣きながらも虚勢を張った。
「お前なんか!すぐにみんなが倒してくれる!絶対!絶対、許さないからな!」
その寒々しい強がりにより一層嗜虐心を刺激されたセセラギは新たな魔法を唱えた。
「そうかい、そうかい。それは仕置きが怖いから今のうちに調教しておくかのぉ」
するとセセラギのローブから大量のまるで人の手のような泥の触手があふれ出す。
その量の多さから足元の佐助の頭部は、セセラギから見えなくなっていた。
腕を振り上げる。セセラギの視線は完全にノノイに固定されていた。これから行う悪逆にしか考えられないのだ。他の何も目に入っていない。
その瞬間切り離されたはずの佐助の胴体がわずかに動いた。腰の刀を鳴らして合図を送る。
ウイジャイはめざとくそれに気づく。だがノノイは気づいていない。獣人の優れた聴覚なら聞こえたはずだが、セセラギに恐怖してしまって心が折れかけていたのだ。
セセラギの手から幾多のおぞましい触手が大量に流れ出る。それが徐々にノノイの体に近づく。
その瞬間佐助の首が爆発する。
とっさに現れた触手がセセラギを守る。
だがそれに殺傷力はなかった。代わりに当たり一面を煙幕が覆う。それこそ伸ばした手の先が見えないほどだ。
それに紛れて突っ切るように飛び出す、五体満足の童のようになった全裸の佐助。
「いやあああ!」
だがこれもセセラギが用意した新たな趣向の責めだと勘違いしたノノイがパニックに陥り暴れ狂う。
だがらノノイはそれには気づけない。もう幾多の責めで彼女の精神は限界だった。
「があああああ!」
セセラギの叫びと共に暴れ狂う泥の触手。
佐助は二人を助けたいのだが、奥の手を使った彼にはウイジャイからミスリルの鋼線をとることも、パニックになっているノノイを止めることもできない。
逃げるか友だちか。究極の二択に迷ってしまった。
そして、ウイジャイは状況を的確に判断。してしまった。
そして彼は―――自分の命を捨てた。
麻痺した体から力を振り絞り、ノノイを佐助に向かって蹴り飛ばす。
佐助は瞠目しつつも小さな体で何とか受け止める。
ウイジャイは思う。後悔は、少しだけ。もう少し、彼女といたかった。それだけだ。
鋭利なミスリルの鋼線はまるで豆腐のようにウイジャイの首を蹴り落とした。
佐助はそれを横目で見ながら必死に逃げ出す。
心臓が高鳴り、吐きそうになる。
「いやああああああ!放して!ジャイが!」
「馬鹿野郎!あいつの命無駄にできるか!」
我に返ったノノイがウイジャイの元に駆けつけようと暴れ回る。
「貴様らああああああ!許さんぞ!」
怒り狂って追いかけるセセラギ。
万が一追いつかれればその時点で二人の死は確定だ。それだけの力の差があった。
「放して、放してよお!」
暴れるノノイ。そのせいで速度が鈍る。このままでは追いつかれる。
「くっそ、許せ!」
ノノイの首を強打。忍の技の一つだ。相手の意識を刈り取る。
気絶し力の抜けたノノイを小さくなった体で懸命に背負いながら佐助は必死に駆けていった。
だがその足は平素の彼では考えられないほど遅い。
「逃がさんぞ!下等生物がぁあぁぁぁぁ!」
死の足音は直ぐ傍まで来ていた。