39話 日常
今回から視点を一人称に変更させていただきました。もしかすると違和感があるかもしれませんがどうかご容赦ください。
アイリスはアクダが神妙に祈る後ろ姿を眺めていた。
アクダは意外に信心深い。アイリスからすると理解出来ないが、運命というのを信じていると言っていた。それは自分では想像もつかないような過酷な魔族領で暮らしていた影響なのだろう。何か信じるものがないとやっていけない。あれだけ強く見えるアクダにもそういう繊細な部分があることがなんだかおかしくて愛しい気持ちになる。
「待たせたな。行こう」
今日は祭日。アクダは教会に足を運び祈りを終えると、アイリスに振り返った。
「行くか」
「うん」
アイリスはまるで童のようにうなずいた。
いつまでこの平穏が続くか分からない。だからこそ、この一瞬一瞬を大切にしたかった。
あの戦いから2ヶ月。俺は学院での青春を謳歌していた。
「うっす二人とも遅かったな」
待ち合わせ場所に先に来ていた黒髪の小柄なヒューマンの少年。服部佐助が気安く挨拶をしてくる。東の国レムルン連邦のさらに東にある島国から来た鎖鎌使いで忍者という暗殺業を営む一族の一員らしい。だが本人に暗いところはなく、むしろ快活だ。そのため俺とは馬があい、こうして気安い関係でもある。
「また教会にでも行ってたんでしょう」
頭を押さえて現れたのは銀髪が印象的なダークエルフの美少女。パナラット・サワディミリン。ダークエルフはアストレア教から忌み嫌われているため俺がたまに教会に行くたびにこうして不機嫌になる。
「確かに自分が蔑まれている教会に足を運ぶというのは理解できませんな」
「だな。新手の変態みたいだぞ」
リザードマンの少年ウイジャイ。ビーストの少女ノノイがけらけら笑う。
他にもヒューマンの少女ジャスミンが待っていた。
二ヶ月の間にアクダとアイリスの交友関係も広がり、今ではこうして休日に友人たちと買い物に行くような関係になってた。
アクダとアイリスの身の上アストレア王国とアルジャヒル共和国の者とは仲が悪く、アルドー帝国の生徒からも勇者と喧嘩したことがあるからか一定の距離を置かれていた。
必然仲間内はレムルン連邦の者たちになっていた。今日のメンバーもジャスミン以外はレムルン連邦所属である。
「ふざけてないでさっさと行くわよ?せっかくの休日にこの私の貴重な時間をわざわざ割いてあげてるんだから無駄にしないでちょうだい」
ジャスミンは足を鳴らしながら皆をせかす。
「とか言いつつ一番始めに来てたのお前だけどな」
佐助がからかうとジャスミンはふっと笑う。
「はあ?馬鹿じゃないの?来たのはウイジャイとノノイが一緒に始めに来て次にパナラッタでその次は私。あんたがさっき来て、それで最後にこの二人じゃない。何言ってるの」
「俺は先に来て隠れてたんだよ。そんで一時間前にお前が来て隠れてここを監視して、人数がそろってきたあたりでさも『今来ましたよ』とすまし顔で出てきたのをしっかり見ている」
「そ、そんな馬鹿なことあるわけないじゃない!それじゃ、まるで私が今日の買い物が楽しみ過ぎて夜寝られなくて寝不足のままここに早く来すぎてでも先に来たと思われると恥ずかしいから隠れて様子を覗っていたみたいじゃない」
「いや、その通りなんだろ」
思わずアクダは突っ込んでしまう。
「ジャスミン、我らの来た順番を知っている時点で言い逃れはできぬぞ」
「だなだな、ジャスミンはアホだな。ノノイよりアホだぞ」
そう言ってリーザードマンのウイジャイと、ビーストのノノイは笑う。アクダやアイリス、佐助も笑っていた。唯一笑っていないパナラットもただこらえているだけだ。
「も、もう知らない!」
そう言って一人で歩き去るジャスミンを皆で慌てて追いかけた。
「ねえ、アイリス王子、これどうかな?」
ノノイが呪文を刻まれたナイフをアイリスに見せる。
アイリスは少し調べたあと首を振る。
「駄目。ルーン文字が荒すぎる。これだと直ぐ使えなくなるからね。ノノイは戦い方が激しいからもっとしっかりしたモノを選んだ方がいいよ」
「そっか、ありがとな!」
そう言ってノノイは別の武器を探しに戻る。
アクダ一行は帝都でも最大の武具屋に来ていた。
「遠征、か」
「ああ」
武具を選ぶ友人たちを見ながらアクダは感慨深いものを感じていた。
一ヶ月後アクダたちは初めての遠征に出かける。今日はそれを見越しての武具の新調に来ていた。学内でも魔道具の扱いでアイリスに並ぶ者は居らず、自分に適した物を見定めてもらおうと言うわけだった。
あの戦いの後幾人かの生徒が逃げ出したのではなく連れ去られた事が分かり、学園では遠征中止案も出ていたのだ。しかし一部の派閥が必要だと強固に主張したことと、昨今の魔族の動きから急速な生徒の鍛錬が必要となり遠征が決定した。
ただカリキュラムの方は変更され、これまでは実力別で行き先を分けていたのが保安場の観点から一つの場所にまとめて行くこととなった。
ふと視線をあげるとジャスミンがこちらをちらちら見ている。
アイリスは首をかしげているが、ただ話しかけたいだけだろう。ジャスミンは人に物を効くのが苦手な奴なのだとアクダはこの二ヶ月の付き合いで知っていた。
アイリスをけしかけて自分も武具を探すことにする。
あれ以来、色々と自分に合う武具を探していたがどうにもしっくりこなかった。
他の物はそれぞれ自分の特性に合わせたスタイルを深めていっているのにだ。
「どうすっかな」
「悩み事か?」
佐助がアクダの背後に音もなく現れる。
「まあな。今だに何を使ったらいいか分からん」
「お前、本当に驚かないよな」
「まあな。そういうのは俺には効かん」
佐助の隠密の術はたいした物だがアクダが発見できないほどの物ではないのだ。
「いまにみとけよ、絶対あって言わせてやる」
アクダが驚かないことに苦笑しつつも佐助は考え込んでくれる。
「まあ、お前は器用貧乏だからな。あんま専門性を極めるのは向いてないよな」
「……まあな」
あの眼鏡をかけた教師。名前はジャンというらしいが、とにかくあの男の言うとおりになってしまった。
アクダの成長速度はすさまじく、今ではほぼ全ての分野で上位にはいるがどれ一つとしてトップにはなれていない。
相手が人類ならこれでもいい。しかし魔族相手にはこれでは通用しない。何か一つの際だった物がないと仕留めきることができないのは分かり切っている。
「俺みたいにサポートに回る方が向いてると思うんだけどな」
佐助は自身の隠密の力を生かし典型的な斥候としての力を伸ばしていた。
「それじゃ、駄目なんだ」
目指している人がいる。
誰かと協力しないと戦えない、ましてや誰かに一番危険で重要な攻撃という役目を任せるなんてアクダには許容できなかった。
少なくともゼニスは一人で魔星と渡り合えるくらいには強い。自分もそれくらいになる必要があるんだ。
アクダの様子から何かを感じ取ったのか、佐助は「そうか」とだけ言ってそれ以上は何も言及してこなかった。
「ふざけるな!」
アクダと佐助が黄昏れているとどこからか怒鳴り声がした。