36話 それでは邪魔になる
アイリスがいないと気づいて探し回った。胸がざわついたのだ。狩りと同じ要領で、何とか痕跡を見つけ、その後をたどれば殺されそうになっているアイリスを発見したのだ。
「アクダ、逃げて。君では、勝てない」
「あん?そんなボロボロで何言ってんだ」
現場は燦燦樽物だった。
戦闘の後なのか建造物は破壊され尽くしている。
氷の破片が散らばって芸術品のような風情を醸し出していた。
「お前、アイリスに恩があるんじゃなかったのか」
「それを断ち切るためのこの戦いだ」
「そうかよ」
チラリとアイリスの様子を覗う。全身からの出血。まともに動けそうにない。ここは郊外。叫んだところで助けが来る保証はない。
敵は二人。遠くにいる少女と目の前の少年。
「始末、するしかねえか」
「お前が、俺に勝てると思うなよ」
「お前こそなめるな。逃げ出した奴の言葉に重みなんてねえ」
「逃げ出した?俺が?」
「そうだよ。お前はただ、一族とやらと戦う事から逃げ出して、アイリスを裏切った根性無しだ」
「いいだろう。死にたいらしいな」
「念のため言っておくが俺は強いぞ」
「はん!学生の遊びでいい気になってる奴に俺が負けるわけないだろう」
婁は遠くの少女に向かって手を振った。手を出すなという事らしい。
「行くぞ」
とたん婁の拳が黒と白の魔力を帯びる。それが束になりやがて右手に黒の、左手に白の光が包帯のように巻き付く。
上段からの振り下ろし。
弾こうとするが、直前で回避に切り替える。触るのはまずいと本能が訴えかけてきた。
「いい判断だ」
流れるような連撃。
アクダは下がりながら起用に土を蹴り上げた。
それが婁の目に入り視界を潰す。
「小癪な真似を!」
「いいことを教えてやる」
そのままアクダは婁の腕を取る。
婁は一瞬で振りほどく。
だが。
「ぐ、くそ」
腕はぷらりとぶら下がっていた。腕を取った瞬間にアクダは骨を折っていたのだ。
「俺は人間相手の方が強い」
「そういう誇りの欠片もない生き方が嫌いなんだよ!」
婁がやり返す。
片腕はとったものの素のスペックは婁の方がはるかに高い。
小手先の技で隙を作らなければアクダに勝利はない。
アクダは試験の際にマルイから盗んだ魔法で防御を固める。
だが婁の黒い拳が触れた瞬間、魔法が砕け散る。
「マジかよ」
そのまま左手での殴打。
見れば黒い光は魔法を壊し、白い光は人体を壊すように感じた。先ほど触れただけでも自分の何かが浸食されるような奇妙な感覚を覚えたのだ。
「ち、そのまま死ねばいい物を」
とても複雑なものらしく、真似できそうにはない。
アクダも婁も接近戦型。ただ己の拳のみで戦う事を好む。
だが二人の間には明確な差があった。勝負を決する武器の有無。
戦い続ければ必然アクダの体力が先につきようとしていた。
だがアイリスがわずかに手を上げると呼応するように風の妖精の力がアクダにまとわりついた。
その力はすさまじくアクダの力を何倍にも底上げした。
「これくらいはいいでしょ?」
「ふん、まあ当然か」
二人が納得する。
だがアクダは納得できなかった。
「ざっけんな!」
そうしてわざわざ力を与えてくれていた風の鎧を引き剥がす。
「「はあ!」」
これには婁もアイリスも驚愕するしかない。
「今、俺は、真っ正面からようやく喧嘩してんだよ。邪魔すんな!」
「貴様は馬鹿か!」
「こっちの台詞だ。ようやく本音見せてるんだ。ここでとことんまでやっとかねえと後味わるいだろうが」
「馬鹿が!後悔しても知らんぞ」
そう言って襲い来る婁の拳。だが途端に当たらなくなる。
「てめえはなめすぎだ。お前の動きは見切った」
婁に取って計算外だったのはアクダの物覚えの良さ。
失念していた。ありとあらゆる危険がある魔族領で生き延びるために必要な物はたった二つの事しかない。
危機感知と学習。それだけだ。例えどれだけの魔法の才能があっても魔族領では無意味。
ただ危険に対処すること。それだけが生き延びるかどうかを変えるのだ。
「があああ!」
突き出された婁の拳を紙一重で躱しながら、拳だけに魔法を使用。岩のように堅くなる。そのまま顔面を思いっきりぶん殴った。
綺麗に跳ね回りながら飛んでいき、やがて止まる。しかし気を失ったようで立ち上がる気配はない。
「あ、あはははは。勝っちゃたよ」
そう言って気の抜けた顔をするアイリスをアクダはいさめる。
「馬鹿言うな。ここからが本番だろ。次は頼む。さっきの奴をくれ」
「そういうことか」
アクダとアイリスの目の前。仮面の少女が現れた。