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魔星伝  作者: 落ち武者
黎明編
3/70

3話 修行

 翌朝アクダはゼニスより早く起き、朝食の準備をしておいた。昨日の料理を考えるに自分の方がずっと腕はいい。ゼニスの持っていた肉に香草を刷り込み、火加減に気を付けながら焼く。その間にあの後ゼニスから聞いた話を思い出していた。

 どうやらゼニスは人類領から来た冒険者らしい。ここにはとある魔物の討伐任務で来たようだ。

 もう近くまで来ているので次の町で情報収集をした後獲物の生息地に乗りこむつもりらしい。

 その討伐任務が完了すれば人類領に戻れるそうだ。


「早いな……」


 起きたゼニスがすでに出来上がった料理を見て驚いている。


「もう出来てる。食べようぜ」


 そう言って昨日とは逆にアクダがゼニスに串を差し出す。

 昨日ゼニスは何も食べていないはずだ。だからこれはそのお礼だ。


「うまいな……」

「だろ」


 誇らしくってにっと笑う。

 頭をくしゃっと撫でられた。


「へへへ」

「まあ、これからもよろしく頼む」

「おう。任せろ」


 誇らしさでいっぱいになり元気よく返事をする。

 朝食を食べ終わった後、ゼニスはアクダを連れて歩き出す。


「さっそく、修行を始めようか。初めは私についてくること、だな」

「………なんだそれ?」

「ふふ、すぐにわかるさ」


 気づいたがどうやらゼニスはこういうのが好きなようだ。顔が生き生きしている。

 ゼニスは駆け足で走り出す。慌てて追いかける。

 あまり急いでいるようには見えない。だからすぐに追いつくだろうと思った。

 だがおかしい。距離が縮まらないのだ。

 仕方ないので速度を上げる。

 するとほとんど全力疾走をしてようやく並ぶことができた。それなのにゼニスはまるで駆け足で進んでいるかのように気軽にすいすい進んでいく。

 ついていくのがやっとで、少しでも速度を上げられるともうついていけない。


「な、なんでこんなに差が、あるんだよ」

「すぐに人に答えを求めるな。いいか、まずは学び方から学習しろ」


 返事をする余裕はなく、ただ首を傾げた。

「武術、歴史、経済、作法、この世には学ぶべきものがいくつもある。だがその習得の仕方には根底は同じだ」


 ゼニスはくるりと反転してアクダを見つめる。後ろ向きに走っているのに、アクダの全力疾走とほぼ同じ速さだ。


「模倣さ」

「も、ほう?」

「そうだ。まず先達を見て頭にすべてを叩き込め。そうして実践しろ。違和感を感じたら再び見て盗み、実践だ。可能ならば教えを請え。だが決して盲従するな。お前をそいつを超えていかねばならん。盲従は停滞につながる。必ず師を超えていくことを意識しろ」


 まずは模倣。見て盗み、実践する。

 ゼニスの動きをよく観察する。

 腕の動き、腰の落ち着き、視線の動かし方。重心はぶれず、足は全く乱れない。

 それと目には見えない違和感のようなものがゼニスの全身を駆け巡っている。

 地をける力が強い。真下ではなく先を見ている。

 その動きはまるで水の流れのように感じた。

 無駄がなく、とどまることなく流れ続ける。

 そうして自分の動きを振り返る。すると動きがどれだけ無様かがよくわかる。

 なるほど。これは違うな。

 そう理解し、ゼニスの真似をする。

 少し、楽になった。でもどこか違和感がある。

 この動きは自分に合わない。窮屈さを感じる。


「………」


 ゼニスは何も言わない。なぜか驚いている。すぐにじっとアクダにまるで何かを期待するかのようなまなざしを向けてくる。その瞳を見ていると、なぜだかもっと早くなろうと思えてくる。

 でもゼニスの動きは自分に合わない。堅苦しいのだ。

 そうか、と気づく。なら堅苦しくなくすればいい。

 少し、前傾姿勢になり、昔狩った獣を思い出す。足を傷つけたのに一昼夜追い回したのだ。結局そいつが力尽きるまで追いつくことはできなかった。

 あの動きだ。

 ぐんと、早くなる。呼吸はずっと楽だった。


「へへへ、どうよ」


得意になってゼニスの隣に並ぶ。


「………よくやった。なかなかやるじゃないか」


 頭を撫でられた。

 嬉しくなって、叫びたくなる。

 思えば誰かに褒められたのは初めてだった。




 すさまじい。

 隣に並ぶアクダを見ながらゼニスは内心驚嘆していた。

 この歩法を即座にまねたこと、だけではない。確かに飲み込みは早かったが、これ自体はある程度の実力があればすぐにできる。昨日の襲われた時の動きを見るに、アクダはできて当然だ。

 ゼニスが驚いたのはその前だった。

 初め、ゼニスはアクダを置き去りにするつもりだった。もっと差をつけてこの歩法の重要性を体に叩き込もうとしたのだ。実際同じことを部下や弟妹に何度もしているが、ついて来られたものは一人もいない。

 だがこの少年はあろうことか、何の技術もないただの走りで自分についてきてみせた。型を極めた武芸者にチャンバラで渡り合っているようなものだ。

 つくづく面白い奴だ。

 おそらくこの子は魔力のことについて何も知らない。それでもアクダの体には確かに魔力が循環し、その身体能力を上げていた。無意識にやっているのだろう。

 子犬のようにじゃれついてくるアクダをあしらいながらゼニスは目的の街を目指した。




 2日間は日が暮れるまで走って、休んでの繰り返しだった。


「………どうしてついて来られる」


 なぜかゼニスに驚かれた。

「いや、ついて来いって言われたからだけど………」


 へばったら置いていくといわれたら当然必死にやる。


「私は結構な速度で移動していたと思うが?」

「早いだけで、疲れはしてないぞ。飯あるし」

「………なるほど、なら明日からはもっと早くてもいいな」

「おう、どんとこい!」


 この二日間簡素ではあるものの飯がある。力はみなぎっていた。

 でもなぜかゼニスの顔が引きつっている。


「なんだったら今から行こうぜ。まだまだやれるかんな。俺に遠慮しないでくれよ。あんたの足は引っ張りたくないんだ」

「いや、いい……冗談なんだ。ほんとに」


 ゼニスがぼそりと嘘だろ、といったが何に対してかよくわからなかった。


「そういえば明日からは魔物が生息する領域に入る。戦ったことは?」

「ない。見たことはあるけど、逃げただけだ。」

「そうか……魔法も使えず、魔物との戦闘経験もない、か。そうだな……。ちょうどいい。ここで魔法の基礎について教えておこう」

「魔法ってそんな簡単に使えるものなのか?」

「ああ。というより、人類領ならお前ぐらいの年だとみんな使える」


 結局その日は進むのはここまでとなり魔法についての講義の時間となった。

 魔法とは世界に循環し己の体を巡る魔素をエネルギーとし、詠唱などの手法で超常の現象を起こすことを指す。


「手を出してみろ」


いわれて手を出す。もやっとしたものを感じた。


「妙だな………感受性はいい。だが、取り込もうとすれば弾かれる」

「何かまずいのか?」

「いや、そこまで問題はない。だがこれは………ふむ。まあいい。おそらくお前には外界への干渉より自身への干渉の方があっている」

「炎を出すとかより、速くなったりする方があってるってこと?」

「そうだ」

「なるほどな」


 言われるとイメージで来た。

 ゼニスはどうしたものかと頭を悩ませている。


「まあ、いい。これから私はお前をひたすら殴打し続ける。お前はそれを受けて見せろ。こういうシンプルなものの方がお前には向いてる」

「おう!」


 そうしてゼニスとの特訓を開始した。

 武器は使わず肉体のみだ。それでも殴られるたび、脳みそが揺さぶられる感覚がする。

 倒される。鼻血がでてめまいがする。


「そんなものか!」

「なわけねえだろ!」


 面白い。これまではずっと戦うことが怖かった。ただおびえて逃げ回っていただけだ。

 でも今はどこか高揚している自分がいた。

 そうだ。俺は戦っていたんじゃない。ただ逃げていただけだ。

 敵に立ち向かい、向かい合うことのなんと心地いいことか。自分に嘘をつかず、立ち向かうことがこんなに楽しいとは思わなかった。

 殴られて視界がぶれているのに自然と笑みを浮かべる。


「はははははは!」


 ゼニスはそんな俺の様子に度肝を抜かれたようだったが、知ったことじゃない。俺は今楽しいんだ。ならこの沸き上がる熱情に身を任せなくてどうする。

 拳が来る。さっきまでは見えていなかった、そこにある目には見えないけれど感じる圧迫感のようなもの。

 俺はこれを知っていた。何かから逃げる時。俺はいつもこれを感じていたんだ。


「これが魔力なんだなゼニス!」


 一度感覚をつかめば簡単だ。自分の中から沸き上がるそれを込めてアクダは拳をふるう。

 だがゼニスには当たらない。まるでアクダの動きが予知できるかのように流れるように避ける。

 その額には玉のように汗が浮かんでいる。自分もフラフラで息が荒い。

 それでもゼニスは何も言わず、ただただアクダよりも少し早く少し強い力で、常にアクダより少し上の次元で戦ってくれる。

 心地いい。闘争は心地いいんだ。

 だが楽しい時間は唐突に終わる。

 ゼニスに向けて拳をふるうも、なぜか力が入らない。体勢を立て直そうとするけれど足がもつれる。


「あれ、なんで?」

「初めからあれだけ魔力を消費すれば誰でもそうなるに決まっているだろう」

「ああ、そっかあ、それもそうだよな………」


 もっと動いていたいけれど、体に力が入らない。

 ゼニスが意識を刈り取るべく回し蹴りを放ってくる。

 それをもろに受けながら、薄れゆく意識の中で思った。

 もっと戦いたいなあと。

 でも自分の限界は分かった。次はもっとうまくやれるさ。

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