24話 勇者カルロス・アルドー
アクダはアルマと向かい合っていた。教官の開始の合図と共に戦闘が開始される。
「へ、へへ。お前魔族領から来たんだってな」
「だからどうした?」
「あれだろ?魔族領の人間は魔族に―――して、生き延びさせてもらってるんだろ?俺ならすぐ自殺するね。考えられねえ」
一瞬何を言われたか分からなかった。にやにや馬鹿にするように笑う。
「その上、百年間も隷属されて我慢しているなんてお前らには誇りとかないのかよ。もし俺たちならすぐにレジスタンス結成して反抗するぜ」
まあできねえかとげらげら笑う。だからお前たちは支配されているのだと。
これが人類領から見た魔族領の人類であった。
「覚悟、できてんだろな」
ふつふつと殺気がわいてくる。
「はあ、お前みたいなのと違ってな小さいときから訓練してきたんだ。お前なんかとはちがうんだよ。そらもうすぐ開始だぞ」
準備が整ったのか教官が二人の前に現れる。
「行くぞ、アルマ・レーダス。噂のゼニゲバ共和国の力を見せてくれ」
アルマはにやりと笑ってうなずく。
それとちらりとアクダの方を見る教官。
「アクダ。あれのコネで入ったとの事だが、私は甘くない。もし力が足りないと分かれば試験を待たずに退学にしてやる。覚悟しておくんだな」
「あれって、誰の事をいってるんだよ」
「ふん、あの面汚しの灰鬼のことだ。弱いくせにのうのうと名乗るなんて、なんて恥知らずな。大方魔の一族らしく媚でも売ったんだろうが」
「じゃあ、よ、あんたは強いんだな」
「?当然だろう。ほらさっさと構えろ」
「分かった。その言葉忘れんなよ」
そうして構える。
「それではいくぞ。初め!」
開始の合図と共に飛び出した。
「な!」
アクダはすでに切れていた。引く気はない。むかついて全力で上から下に殴りつける。
開始直後で油断していたのかアルマはろくに防御もとれず、地面に打ち据えられる。
馬乗りになりタコ殴りにする。主導権など一度も渡す気はない。
一度支配されることがどういうことか思いしれ。そう思ってそのまま何度も息をつく暇もなく殴打する。
少年は反抗しようと必死にもがく。だがこの状態からだとうまく返さないと態勢は覆せない。もがくアルマをアクダは重心を動かすだけで押さえつける。
こうやってマウントを取られたまま殴られ続けたことが何度あった事か。
魔法を唱えようとしたアルマが口を開く。両手で顔を隠していた手を引き剥がし、その口に額をぶちかます。
「ごふ」
「ちっ」
前歯が折れ、飛び散る。アクダの額も切れた。
アルマは気を失いぐったりする。
活を入れてやろうとすると教官が止めに入る。
「そ、それまでだ」
アクダはそのまま立ち上がって教官をねめつける。
「次はあんただ」
「は?」
教官だけではなく皆、呆気にとられていた。
「俺は強いやつに従う。自分より弱いやつ教えを請うなんざごめんだ」
「お前!調子に乗るなよ」
視界の端でアイリスが困ったようにうなずくのが見えた。自由のしていいようだ。
「おら、構えろよ」
「いいだろう。身の程を教えてやる」
教官が抜剣する。アクダも抜いた。
圧迫感で分かる。弱くはない。きっと自分よりも強い。それでも恐怖は感じない。
こいつには負ける気がしない。必死さのようなものを感じなかった。
教官からの突きが放たれる。
早いが交わせないほどじゃない。
避ける。
そのまま流れるように連撃につなげてくる。
アクダは相手の癖を読むためじっと観察に徹する。
躱しきれず方に一撃はいる。おもわず痛みにうめく。
「どうした!その程度か!」
教官は勢いづいて襲いかかってくる。
だがもう読めた。ぐっとこらえる。わざと隙をつくる。
大振りの振り下ろし。最小限の動きで躱す。
動きを無駄にせず、そのまま反撃に転じる。
「甘い!」
隙をさらしてきたのはフェイク。アクダをつり出すための罠だった。
容赦なく刃が振るわれる。
だがアクダは躱さない。
無理な体勢からの一撃だ。受けても死にはしない。
腕を裂かれながら、金的を蹴り上げた。
こひゅと教官が股を押さえる。そのまま崩れ落ちた。
とどめをさそうと腕を振り上げた。
その腕を止められる。そちらの方を向くと、1人の男が立っていた。
勇者。カルロス・アルドー。
その後ろには従者らしき婁と似た顔立ちの少年とエルフの少女が控えている。
「やりすぎだ」
そう言ってつかまれた手に力が入る。見かねて止めに入ったようだ。
いらだった。
「はなせよ」
「そちらが引くのが先だと思うが?」
ぶん殴った。
カルロスはどういうつもりか拳をそのまま受けた。当然吹っ飛ぶ。
この男は強い。
今のもわざとよけなかった。大して効いていない。巧く受け流されている。その証拠に何事もなかったかのように立ち上がる。
「俺は一騎打ちの勝負をしていた。その邪魔をするってのはどういう了見だ?」
鼻っ面に叩き込む。今度は受け止められた。だが勇者カルロスは何も言わない。
「すかしてんじゃねえ!言いたいことがあるならはっきり言え!」
「品のない奴だな」
少年が吐き捨てる。
エルフの女はおろおろするだけだ。アイリスも何も言わない。
「来いよ!勇者様。てめえが相手になれ」
「分かった。やろう」
「勇者様。ここは自分が」
そう言って少年が前に出る。
「まずは俺からだ。お前などが勇者様の前に立てると思うな」
「俺の邪魔をしたのはそいつだろ。ならそいつが責任もて」
「……俺も混ぜろ」
アクダと少年が婁が柄にもなく前に出てくる。
「ふん、分家のグズが」
少年は婁を見ると吐き捨てるようにそう言った。
「下がれ。負け犬。衛家に逆らう気か?」
「衛俊。もう昔の俺ではない。いつまでも、自分が上だと思うなよ」
にらみ合う二人に場の空気が
一触即発。
エルフの女が叫ぶ。
「や、やめなさい!喧嘩はいけません!」
「かまわない。思う存分やれ」
いつの間にか傍に着ていたあの筋骨隆々の教官がやってきて口を開いた。
「ちょっと教官!」
「安心しろ。万が一が起きそうなら止めに入る。それにいい経験になる」
「だとよ。許しも出たことだし、断る理由なんてねえよな」
「お前たち二人の相手など俺一人で十分だ」
そう言って衛俊が背に刺していた槍を抜く。
カルロスは辺りを見回している。アクダたちの周りには今は大勢の生徒教官が取り囲んでいた。騒ぎを聞きつけたようだ
「力を見せるのも俺の仕事だ。エミリー。木剣を」
「は、はひ」
カルロスはそうしてエミリーと呼ばれた従者の少女から木剣を受け取る。
「その腰に差してるたいそうな剣は使わないのか?」
「これは魔族と戦うためのもの。それ以外での使用は禁じられている」
「そうかよ!」
そうしてアクダは飛びかかった。
隣では婁が呪文を紡いでいる。婁が魔法主体で戦うと言うことだけは聞いていた。図らずも前衛一人後衛一人の理想的な型となった。
アクダの飛びかかっての振り下ろしをカルロスは木剣で受け止める。
そのまま打ち合う。こちらの斬撃を的確にいなしてくる。
その観察してくるような視線が気にくわなかった。
力強く踏み込む。押し合いになる。
その時足下から魔力を感じた。退こうとするもとするも隙をさらすことを躊躇って動けない。地面がずれた。バランスを崩す。力負けし、腰をつく。慌てて起き上がる。だがカルロスは追撃するそぶりすら見せない。
「よけいな手出しはするな。お前はそちらの相手をしろ」
「すみませんでした」
先ほどの魔法は従者の衛俊が放ったもののようだ。
カルロスはそれが不服だったようで、アクダに追撃をしようとはしない。
要するになめられているのだろう。その事がひどく腹立たしかった。
「仕切り直しだ。こちらからいくぞ」
次はカルロスが攻勢に出る。
その剣戟は鋭く、力強い。先ほどの教官も強かったがそれよりも上だ。
だがアクダはそれより上を何人も知っている。対応できないわけではない。
何とか防いで切り返す。
「ほう」
再び押し合いになる。
これくらいなら十分やれる。互角に渡り合える。その事にアクダは密かに高揚する。
だが、これは勇者の力のほんの一部でしかなかった。
「次は、魔法も混ぜる」
途端カルロスの体を魔力の流れが包む。
「くそ!」
慌てて勝負を決めにかかるも軽くいなされる。
背筋に寒気が走った。
勇者が木剣を振り下ろす。距離は離れている。
だが剣にまとっていた魔力が実態を持つ斬撃となって襲いかかってくる。
「これは!」
アクダはその攻撃に見覚えがあった。威力こそ段違いだがそれは12勇士マイルスのわざと酷似していた。
経験から受ける事はできないのを知っていた。
そのため慌てて躱す。
カルロスはわずかに驚く。そのまま木剣を腰に差し、鞘は無いが居合いの構えを取る。
あれはまずいと、本能で察する。おそらく逃げることはできない。距離が無関係の技だ。
「法王剣、真4項」
カルロスの木剣を覆っていた魔力が神聖な光を帯びる。
放つ前に仕留めるしかない。
アクダは己の中に眠る魔力を総動員して見よう見まねで木剣に纏わり付かせる。
「だらあああああ!」
「聖者裂帛!」
振るわれたのは一刀。しかしそれが無数に分裂。一つ一つが必殺の一撃となってアクダを遅う。
アクダの攻撃は間に合わなかった。
「畜生」
その密度に躱しきれずアクダは体中を切り裂かれながら地に伏した。そのまま意識が遠くなっていく。
苦いものが広がる。
そのままアクダは気を失った。
「見事だ」
カルロスが最後に何か呟いたが聞き取れなかった。