21話 学院へ
ぼちぼち投稿していきます。
二人の少年が組手を行っていた。
一人は脇腹の浮いた体に多数の傷をつけた育ちの悪さを感じさせる少年。燃えるような赤色の髪をしており、その荒っぽい顔の左頬は火傷に覆われていた。その火傷に重なるように逆五芒星に蝙蝠の翼を合わせた精緻な刻印がうっすらと浮かんでいる。少年の名はアクダ。字はない、ただのアクダ。
もう一人は中性的な風貌をしており、ともすれば女と見間違うような美貌を兼ね備えていた。絹のような白い髪と相まって儚げでこの世あらざる妖精のような少年である。その目を覆う呪布がいっそう幻想的な雰囲気を醸し出していた。こちらの少年の名はアイリス・アストレア。人類最大の国であるアストレア王国の第5皇子であった。
そして二人のそばには一人の女。白銀の髪と顔につけられた傷が印象的などこか威圧的な美女であった。そんな冷たい印象を抱かせる女も今は優しく二人の少年を見守っていた。彼女の名はゼニス・バラク。あまり風貌は似ていないがアイリス・アストレアとは半分血のつながった姉弟であった。
組手は少し汗を流したところで切り上げさせられた。アクダからすれば物足りない。
「物足りねえな。もうちょっとがっつりやろうぜ」
あの戦いから十日がたった。アクダは三日もたてば全快した。人類領に入ってからというもの毎日三食満腹まで食べているので、今はもう持て余した体力のやり場に困っているありさまだ。
対して戦っていないはずのアイリスの方が本調子ではなかった。
「申し訳ないけど、僕はしばらくの間はこれくらいが限界かな」
アクダの戦いに駆け付けた際、相当高度な魔法を使ったらしくアイリスはずっと本調子ではなかった。そのためアクダはまだアイリスがどれくらい強いのか測りかねていた。
「まあ、これくらいが普通だな。お前が元気すぎるんだよ」
ゼニスにたしなめられる。この十日間彼女は忙しく動き回っており、ときおりこうして二人の稽古を見ているが基本はどこかへ行ってしまっていた。そのため碌に修行をつけてもらえず、アクダとしては少し寂しいものを感じていた。
それでもゼニスが疲れた様子を見せているのでわがままは言わない。アクダはもう甘えないと決めたのだ。
組手が終わった後はそのまま食事に入る。調理をするのはもちろんアクダの仕事だ。ゼニスもアイリスもまともに料理をしたことがないのだ。
「信奉者だっけ。それってそんなにやばいのか?」
アクダは今回の事件のあらましを聞いていた。
人類の敵対者である魔族に付き従う人類を信奉者という。その一人にずいぶんと引っ掻き回されたらしい。またその際に気になることを言い残しており今は多くの人がその対応に追われているとのこと。
「ああ。結界が存在する今、人類の敵は魔族自体ではなくその配下の信奉者といっていい。私たちが会ったあのルルエという少女も相当の曲者のようだ。見事に貴重な資料や素材をすべて持っていかれたよ」
「そっか。あいつがな」
あの時は必死だったのでどういうやり取りをしたのか全く覚えていない。
きっと人類からすれば悪い奴なんだろうとも思う。それでもアクダはあの少女のことはどこか嫌いになれないでいた。
会話をしているうちに料理が出来上がる。ウサギの肉を作ったシチューにパンだ。
「このパンあまりおいしくないね」
アイリスはパンとシチューを別々に食べていた。パンは保存食を使っているため固くてパサついている。そのまま食べるようなものじゃない。
「こういうのはパンをシチューに突っ込んで食べるんだよ」
アイリスはアクダの真似をしてパンをシチューにタプタプに浸す。味を濃いめにしておいたのでちょうどいい塩梅になるのだ。
「そっか。あ、ほんとだ。おいしい」
「こら、きちんと細かくちぎって食べなさい。一度に全部つける奴があるか」
「いいじゃん別に」
「そうそう、姉さんは細かすぎるって」
確かにパンを少しずつ細かくちぎって食べるゼニスの姿は絵になる。でもそれは自分のような人間がすることではないとアクダは思う。自分に上品なのは似合わない。
「お前はもうちょい器用に食ったほうがいいけどな」
「ええー」
アイリスは不器用なのかパンを浸しすぎて、手をべとべとにさせていた。
その様子がおかしくて噴き出してしまう。つられてゼニスもアイリスも笑いだす。
アクダが今までに感じたことがないような穏やかな感情だった。ここ数日はずっとそうだった。
心がどこかぽわぽわしている。
でもこんな穏やかな日々が長く続かないことをアクダはよく知っていた。
「さて、本題だ」
ゼニスの雰囲気が変わり、真剣なものとなる。
「私はここアルドー帝国に配属されることが正式に決まった」
「もう、大丈夫なのか?」
アクダはまだ詳しい事情を聞いていなかった。それでも祖国であるアストレア王国の政権闘争でゼニスは無茶な命令を受けたことぐらいは知っている。
「ああ。何とかな。色々あったが取り戻せたものもある。だがそれに伴って本格的に普通の依頼をこなすことになった。お前をそれに連れて行ってもいい。お前の実力ならサポートもこなせる」
ここからが本題だろう。ゼニスはアイリスと目線を合わせるうなずいて話を続ける。
「アクダ、アルドー学院に通う気はないか?」
「アルドー学院?」
「姉さんが学んだところ。僕ももうすぐ入学する予定なんだ」
「ああ。学院と聞くと頭でっかちの集団のように思えるかもしれないが、あそこは違う。今の12勇士はほとんどがそこの出身なんだ。今なら私の権限でねじ込める」
「僕としても、君と一緒に学生になるっていうのもすごく楽しそうだしね」
そう言ってアクダを見つめてくる二人。ただアクダはその期待に応えられない。なぜなら。
「なあ、学院ってなんだ?」
アクダは学院なるものの存在は聞いたことがなかった。二人の話ではいまいち何をするのかわからない。だがそれも当然のこと。魔族領では統治機構はまともに機能をしていないのだ。学院などが設立できるはずもない。せいぜい小規模な地下組織のようなものがあるくらいだ。
「……すまない。私が浅慮だった。簡単に言えば同年代の子と勉学や武術を一緒に学ぶ所だ」
「あのさ、姉さん」
「なんだ?」
「そのさ、僕はてっきり姉さんが確認してるものと思ったけど、アクダってどれくらい勉学ができるの?」
「あ」
「勉学って、俺がそんなのできるわけがないだろう」
ゼニスが固まる中、アイリスはアクダに向き直る。少しあきれているようにも見える。アクダも最近分かってきたがゼニスには少し抜けたところがある。
「ねえアクダ。今の人類領の状勢ってわかる?国の数とか、国交状態とか」
「まったく分からん。そもそもここがアルドー国っていうのも今知ったぞ」
「魔法ってどれくらい使える?」
「ゼニスに教えてもらった一つだけ」
「その、そもそも読み書きってできるの?」
「できない」
「姉さん……」
アイリスが天を仰いだ。ゼニスは珍しくあたふたしている。
「しょ、しょうがないだろ。会ってからずっと戦い続けてきたんだ。そういう話をする機会なんて今までなかったんだ」
「計算なら俺だってできるぞ。それに獲物の取り方とか、料理もできる」
「計算はできるの?じゃあ18×73は?」
「かけるってなんだ?」
「これは、先に色々と教えることがありそうだけど……」
「ま、まあ何とかなるさ。今の私には権力がある。一人くらいねじ込めるさ。本人の実力も申し分ない。それにこの子はきっと地頭がいい。すぐにできるようになる!」
「なあ、おい。もしかして」
「あ、気づいた?うん。基本的に姉さんは脳筋で細かいことは全然できないよ。偉そうにしてるけど、僕は君の方が分別があると思うよ」
「おい!せっかくこれまで格好つけてたんだ。そういうことを言うな」
「いきなり僕の前に現れて転移術使えって言ったのは姉さんでしょ……。確かにそれで間に合ったけど、あれのせいで僕はしばらく制限付きなんだけど」
「ぐ、それはしょうがないだろ。ああしないと間に合わなかったんだから」
「どうしてそこで交渉してアストレアの方で儀式を受けさせようとしないのさ。そうしたら僕も本格的に力を貸せたし、仲間だっていたのに」
「そんなことできるのか?」
「もちろん相応の危険はあるよ?道中で狙われるだろうし。でも姉さんがそばにいるんだから暗殺されるなんてことはあり得ないよ。むしろ本堂はアストレアにあるんだ。あのクイーンサキュバスの禊ならそちらで受けさせる方が正当のはずだよ」
「そうだったのか」
アクダはちらりとゼニスを覗う。しょんぼりと落ち込んでいた。少し可愛い。こういう面があるのは意外だった。気兼ねないやり取りが血のつながりを感じさせて、アクダは少しうらやましかった。自分にはそういう人はいないのだから。
「まあ、いいさ。俺はこうして生きてる。それで十分さ。それより話を戻そうぜ」
「ああ。学院の話だったな」
「正直、俺はゼニスについていきたい。それじゃダメなのか?」
「今のままでも十分やっていけると私は思う。でもそれだと先がない。私はお前ならもっと上に行ける思う」
「そっか……」
なんとなくだが必要性はアクダにもわかった。人類領に来てからというもの困ることが多い。それでもどこか乗り切れないでいた。
「ねえ、アクダ。誤解してかもしれないけど学院に入っても自由がなくなるわけじゃないんだ」
「そうなのか?」
「ああ。休暇は結構あるしね。それに今まで君が見たことがないものをたくさん知れると思う。なにより今年は勇者がいるしね」
「勇者って、あの?」
アクダも勇者の伝説くらいは聞いていた。魔族領の人類は虐げられながらそれでもいつの日にか勇者が現れ、自分たちを救ってくれると夢想するものだ。アクダだってあこがれていたころもあった。
「勇者につられて今年は歴代でも最高峰の才能が集まったんだ。東方の剣術使いに暗殺者に呪術師。西からは12勇士最強の武術使いの弟子だって来る。大賢者の子孫も何人かいる。魔物使いに変幻自在の双刀使い。あらゆる才能が集結するんだ。僕はそこで君と一緒に高め合いたい。一緒に上を目指さないか。僕も、強くなりたいんだ」
その熱のこもった声が伝播したかのようにアクダにも力が入った。
「私からも頼む。この子には敵が多い。力になってやってくれ」
ゼニスからも頼まれた。
「分かった。俺は学院に行く。ただし」
喜びかけたアイリスを制する。
「俺は半端は嫌いだ。やるからには一番を目指す」
勇者がいる。紛れもない英雄だ。面白い。それならそれを超えてやろうじゃないか。
アクダの闘志に火がともる。
「ぼさっとしてたら、俺が置いて行くからな」
そう言って勝気に笑う。
アイリスもつられて笑う。
「ああ。よろしく頼む」
そうして握手を交わした。
「でもまずは入学までに知識を詰め込んでおかないとね」
「げ」
前途多難である。




