2話 これからのこと
俺が生まれた時にはもうこの国は魔族に征服されていた。俺は捨て子だった。親の顔は知らない。自意識が芽生えた頃にはもう似たような連中とつるんでなんとか生き延びていた。だがそれも長くは続かなかった。でかくて強そうな魔物たちに襲われるたび仲間は徐々に減っていった。
もう誰もいなかった。だから北を目指した。昔みんなでささやき合ったおとぎ話のような人のための国を目指して。
木のはぜる音で目を覚ました。
「目覚めたか」
目の前にはあの女がいた。外套は羽織っておらず、その顔だちがわかった。全身傷だらけで顔に大きく火傷の後がある。それでも綺麗だと感じた。今までにあったことのないような品を感じたのだ。
「俺はどうして生きてる?」
「私の魔法のようなものだ」
魔法、存在は知っているけれど人間で、しかもこんな良い人が使えるなんて信じられなかった。魔法が使える奴なんて悪い奴に決まっているのだ。それを自分のような人間の治療に使ったというのが信じられなかった。
女が突如こちらに向き直り頭を下げる。
「すまなかった」
「なんで謝るんだ?」
「お前を傷つけた。それは許されることではない」
「襲ったのは俺の方だろ」
「違う。お前は飢えていた。ならば追いはぎをするのも当然だろう。お前に非はない」
「でも俺が弱いのがいけないんだ。だから返り討ちにされた。弱いやつは死ぬ。何をされたって文句は言えないんだ。」
「お前の年でそんなことをいうものじゃない」
「年なんて知らない。関係ない」
弱弱しい声だ。とてもあの獣のような声を出したものと同一人物だとはゼニスには思えなかった。
ゼニスは何も言えずただ焼きあがった肉を差し出した。
「食え。傷つけた詫びだ」
アクダははじめ女の言葉の意味が分からなかった。
それでも女がせかす様に油の滴る棒を揺らすと、ひったくるように奪い取ってむしゃむしゃとかぶりついた。
そのまましばらくの間ずっとアクダは肉を食い続けた。
ゼニスは自分の分もアクダに分けてやり、ただその様子を悲しそうな顔で見つめ続けた。
「う、」
アクダはなぜか途中で肉を食えなくなった。
嗚咽が漏れ、涙がぼろぼろ零れ落ちる。
「うめえ、すっげえうめえ………」
食べたいのに、嗚咽が続くせいで飲み込めない。それがひどくもどかしい。
ゼニスがそばにより、アクダを肩に抱く。
「つらかったな。もう大丈夫だ」
気づけば声を押し殺すことをやめ、アクダは獣のように泣いていた。
ゼニスはその小さな少年をあやす様に優しく撫でていた。
どれだけそうしていただろうか。なぜだか気恥ずかしくなりアクダはゼニスから離れる。
「ありがとう、もう大丈夫だ」
「そうか」
アクダはそのぬくもりを惜しく感じたが、ごまかす様に残っていた肉を平らげる。
「俺は、アクダ。姉さんの名前は?」
「ゼニス・バラクだ」
「姉さんはさ、どうしてこんなよくしてくれるんだ?」
「別に特別よくしているわけじゃない。子供が飢えている。その腹を満たすのは当然のことさ」
「そうなのか?俺はそんな人見たことない」
奪うか奪われるか。ただそれだけだ。
「あんたもしかして人の世界から来たのか?」
「人の世界?ああ、結界の外ということか。まあ、そうだな」
「そっか。やっぱ違うんだな。ここの大人は嫌な奴ばっかりだけど、ゼニスはなんだかかっこいいや」
「………」
ゼニスは何も言わず、ただ痛ましそうに眼を伏せるだけだ。
どうしてそんな顔をしたのかわからないが、胸がもやっとして、アクダは意識して少し大声をだす。
「まあ、仕方ねえよな。みんな生きることに必死なんだ。弱い奴は食われる。強い奴が手に入れるただそれだけさ」
「そうだな。その通りだ。強い奴は望むものを手に入れることができる」
ゼニスの顔を見る。決意に満ちた強い瞳だ。
「そして手に入れたものをどうするのかも自分で決められる」
ゼニスはアクダに向き直る。
その三白眼に射すくめられ、アクダはなぜか何も言えなくなってしまう。怖いわけではなかった。でも心臓がばくばくして、苦しくて目をそらせない。
「申し訳ないが私には使命がある。それを果たすまでは人類領には帰れない。だが終われば必ずお前をそこに連れていくと約束しよう。だから―――」
「それは、いやだ」
なぜだかわからないがゼニスの姿に死んだ仲間たちが重なった。
「俺も、連れて行ってくれ。あんたの手伝いがしたいんだ」
「………連れていけるほど、お前は強くない。」
「分かってる。でも、俺がいた方が楽なことだってある」
「そんなもの、あるとは思えない」
「あるさ。例えば、料理の仕方。材料があるんだ。俺の方がずっとうまいものを作れる。それに獲物がいるところなら刈りだってできる。道具だって作れる。野宿だって絶対俺のほうがうまいし、それに俺は、敵を見つけるのがうまい。隠れるのだって得意だ。それに村の場所とかだってわかる。だから、さ。俺を連れて行ってくれよ」
仮に首を横に振られてもアクダはこっそりとつけていくつもりだった。意思はそれぐらい固い。
ゼニスにもそれは分かったのか、少し悩んだが結局は納得してくれた。
「ついてくるというなら鍛えてもらう。足でまといはいらないんだ」
「ああ。もし泣き言を言ったら捨てて行ってくれてかまわない」
「分かった。―――はっきり言って、お前には才能があると思う」
それこそ英雄になれるほど、とゼニスは思ったがそれは口に出さないでおいた。
「だがどんな宝石でも磨かなければ輝かない。私は生半可なことはしないぞ。それこそ、死ぬ直前まで、いや、ほとんど死んでいるような状態にまで追い込むことだってする。そんなしごきについて来られるか」
「当然だろ。強くなれるなら、なんだってやってやるさ」
ゼニスは否定したけど、やはり弱い奴は何をされたって文句は言えない。
「そうか。分かった。ならお前はこれから私の弟子だ。徹底的に叩き込んでやる。覚悟しておけ」
そう言ってゼニスは初めて笑った。
それを見てやっぱりきれいだと思った。