13話 心の内側
「前は中途半端になっていたがこれからはより詳しく魔法を教えていこうと思う」
「ああ」
そういえば前は中途半端なところで止まっていたのを思い出す。
まだ細かい調整は残っているらしく戦う魔族は決まっていないとのことだった。
そのため今は街のはずれの川辺で修行の続きだった。
「できれば魔力付与や遠距離攻撃も教えたかったが今回は時間がない。だから試練までに一つの魔法だけを極めてもらう。それがこれだ」
ゼニスはそう言って体全体に魔力をいきわたらせる。そうして力を入れるとゼニスの威圧感少し増した。
「………地味だな」
「当然だ。基礎中の基礎。それこそ呪文すら必要ない魔法だからな」
魔法というよりむしろ魔力操作の一環らしく名すらないとのこと。単に魔力を体に意識的に巡らせ身体能力をそれなりに挙げる魔法らしい。あくまでそれなりというのが実に基礎っぽくはある。
「だが、この魔法を馬鹿にすることはできん。これをロクに使えない奴は内的干渉を起こす魔法すべてで三流だ。お前の向いてる分野はそれだ。ならこれを極めることは絶対条件となる」
そうしてゼニスが用意した修行はシンプル。
ひたすらすら体に魔力を流し、組手をするというものだった。
「本当にシンプルだな」
「当たり前だ。こうするしかないのだからな。」
「模倣、反復、反省だったな」
「ああ。そうだ」
こうしてアクダとゼニスは今組手を行っていた。
ルルエはその様子を物陰から見ていた。二人が休憩に入ったので声をかける。
「アクダさん」
アクダは思わずぎょっとしてしまう。
「さん付け路はやめろよ。アクダでいい」
「………わかりました。それで首尾の方はどうですか?」
「分からん」
「相変わらずですね」
「しょうがねえだろ」
「なんの用だ?」
どうやらゼニスはルルエを警戒しているらしく、少し言葉に棘があるように感じた。
そんなゼニスを見てルルエはたおやかな笑みを浮かべる。
「禊の相手が決まりました。中級のサキュバスに決まったそうですよ」
「やはりか」
「まずいのか。正直あのリリスとかいうような奴が出てきたら勝てねえぞ」
今でも思い出すだけでも背筋が凍る。あれに届くようになるのにあと何年鍛錬を積まなければならないか、想像もつかなかった。
「五星将に勝てる人類がいたらこんなことにはなっていないでしょうね」
「そうだな。それでもアクダには厳しい相手だろう。少なくとも中級。できれば上級レベルの実力が欲しい相手なんだ。魔法に秀でていて、魅了や睡魔、さらには恐慌状態にさせるようなからめ手も数多く持っている」
「なるほどな」
儀式には防具を持っていくことはできない。つまり自身の精神力のみでそうした状態異常に対処しなくてはならないということだ。
「防ぐ手段は?」
「意識しなくても魔力を操れるようになれば自然と耐性は上がる」
「ま、自分から負けようとすれば話は別ですが」
「そんなことする奴がいるのか?」
「たまにいるそうですよ?というより今のあなたの扱いも似たようなものです」
「なんでだよ………」
「魔の刻印を押されるとはそういうことですよ。とにかく、私からは以上です。どうかあがいてくださいな」
「見ておけ。俺は生き残るぞ」
そう意気込むアクダの肩にゼニスが手を置く。
「そうだな。あの男は中級で十分と踏んだようだが、それは甘い。一週間もあればこの子は確実に強くなる。必ず試練を乗り越えさせてみせる」
「ふふふ、楽しみにしておきます」
そうしてルルエは来た時と同じようにひっそりといなくなった。
訓練が終わったあとは宿屋へと向かった。
「すげえ!」
これまで粗末な宿にしか止まったことのないアクダにとってゼニスがとった高級宿は今までに見たことがないくらいにきらきらしたものだった。
「すげえ!このベット、ふかふかだぞ!」
「ははは、そうか。私は少し用事がある。疲れただろう。少し寝ておけ。そのあとに食事だ」
そうしてゼニスはアクダを残し、待ち合わせ場所へと向かう。そこにはアーロン神官が座っていた。あらかじめここで落ち合うように言われていたのだ。
「ふん、来たか」
「その用ですね。」
そばにはルルエが佇むようにしている。
場所はアストラル教南方の中心ルイワズ神殿。その清廉場だった。普段は神官や聖騎士の訓練場所として使われている。
「試練は一週間後。この場所で行われることが正式に決まったぞ」
そう言って神官が手を広げた。王都などにあるものと比べるとずっと小ぶりだが、それこそ魔法が得意なものが十分に距離を取れるくらいの広さは十分あった。当日は結界を張って戦闘の影響が出ないようにするため問題はない。
「悪いが、中級の中でも生きのいい個体を手配させてもらった。あの小僧は間違いなく絞り殺されるだろうな―――大方、誘惑に負けて公衆の面前で絞り殺されるだろうよ。それこそ猿みたいに発情するだろうな」
「………」
ゼニスは思わず顔を伏せた。とてもではないがサキュバスなど男の天敵だ。あの子が勝てるとは思わない。
「覚悟しておくことだな。あの小僧は公然と淫行にふけり、お前はその責任を取らされる。待っているのは家族もろともの破滅だ。必ず引きずり降ろしてやる。魔の一族め」
「……あいにく、そうはさせない。私にも考えがある」
「なんだ?まさかお前があの小僧の教師にでもなるというのか、滑稽な話だな」
「それの、何がいけない。私にはあの子を守らなければならないんだ。だから」
二人が言い合う中場違いにルルエは噴き出してしまった。
二人からにらまれる。
しょうがないだろう。この二人はあまりにも滑稽なのだから。
だがルルエはそれを言わない。
「申し訳ございません。私のことは無視してください」
せいぜいお二人で意味のない議論でもしてください。とは言わない。
「まあ確かにこんな猥談など価値もない。この女に手ほどきなどできるようには思わんしな。大方、滝修行でもして煩悩を滅殺、状態異常耐性を上げるというのだろう。」
「……」
「はん、図星か」
おかしい。本当におかしかった。この人たちは魔族領に住んでいたということが、どれほどの地獄なのかを微塵も理解していなかった。
ルルエは己よりはるか高位の者たちがこのような愚かな会話を繰り広げていることに暗い喜びを得る。
あの少年とお前らでは見てきたものが違うのだから。
そしてルルエはそっとゼニスを覗う。
品があり、凛としたたたずまい。その立ち姿には卑屈な思いはなく、ただ自分こそが正しいと信じているかのような傲慢さが見て取れた。その上アクダを真に理解しているのは自分だと思っているような節がある。
そんなわけないだろうと、今すぐにその誇りに満ちた顔をぐちゃぐちゃに汚してやりたかったが今は我慢だ。自分には大いなる使命があり、まだまだ強くならなければならないのだから。
この女を始末するのはもっと自分がアクダと仲良くなって、地位を向上させてからだ。できれば彼を自分に依存させたい。
「とにかく私の目が黒いうちは絶対に余計な真似はさせない。覚えておけ。お前もだ。メイド。なにやらあの子に近づいているようだが、余計なことは吹き込ませんぞ」
「承知しました。そのように」
「ふん、意味のないことを」
「私は確信している。あの子が人類の守護神となることを。次の世代を背負うのは弟とあの子さ」
「言ってろ。貴様の弟などただの一芸家に過ぎん。勇者には勝てんさ」
ああ、やはり誤解している。
アクダの本質はそんなものではないというのに。
ルルエの笑みは暗い闇に消えていった。




