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独楽に初めて出会ったのは、妻を初めて殴った日のことだった。
当時の僕はアルコールに悩まされていて、飲むと暴力的になり、自制が効かなくなることを自覚しつつあった。生活は飲まずにいれば朗らかで、数年前に結婚した妻が居て、給与は良くないが仕事の内容にもそれなりに満足していた。一番の刺激的な楽しみは飲酒で、飲まないとその日一日がとても空虚に感じられた。だから飲むのだが、次第に粗相になり、失態を繰り返し、翌朝には後悔とほとんど記憶のない青あざだらけで布団から目覚めるようになった。妻が泣いているのだが、なぜ泣いているのかほとんど見当がつかない。もう飲まないで、と言われ飲まないと誓うのだが、やがて忘れてまた飲んで暴れることを繰り返した。そしてその日、とうとう妻を初めて殴った。
酩酊した足取りで家を飛び出して、駅前の酒場でウィスキーを頼んで黙り座り込む。アルコールは感情に安っぽく火をつけていた。
独楽は空席を一つ挟んで僕の隣のカウンター席に座っていた。マスターが何かぼそぼそと独楽に話しかけ、爆笑をしていた。ショットグラスをもって、カシャーサの瓶がカウンターには置かれていた。
「何を泣いているんだ?」
酔っ払いの呂律の回らない舌で、独楽は僕に話しかけてきた。僕は指摘されて涙が溢れていることに初めて気が付いた。
「実は、今日、妻を殴った」
そういうと独楽はまた爆笑し、ショットグラスを僕の前に差し出してカシャーサをお酌した。酔っ払いの独楽は私の話をとても楽しそうに聞いた。まるでお笑いライブでも聞いているかのようにゲラゲラと大声で笑った。私は暗くふさぎ込んだ気持ちは少し楽になった。
独楽の飲酒のペースには驚かされた。私と話している間に半分以上残っていたカシャーサの900ml瓶があっという間になくなり、次はと言って、マッカランをボトルで入れてまたストレートで飲むのだった。私たちが話をしたのは一時間にも満たなかったが、マッカランの瓶はもう空になって、独楽は次のボトルを物色していた。
「そんなに飲んだらアル中になる」
「平気だ。もうなっているから」
夜中になって自宅に戻り、寝ている妻の隣の布団に沈みこむ。一睡すると、妻のすすり泣く音で目が覚めたが、まだ寝ているふりをした。