SS/三題噺
雨の降る日に、わざと傘を学校に置き忘れて帰ると、好きな人と両思いになれるというジンクスが、うちの高校にはある。
今日もそれを信じた女子が、きゃいきゃいはしゃぎながら、びしょ濡れで校庭を横切っているのが見える。なにがあってそんなジンクスができたんだろう。風邪など引いてしまったらそれどころじゃないのに。
誰もいない教室の窓から一緒にそれを眺めていた雪子が、ひとつ息を吐いた。
「流行ってんだね」
雪子が細い指で視線の先を示す。
「ん、あぁ、そうみたい」
そう返すと、雪子は少し難しい顔を見せて、また話し出した。
「あれってさ、つまり、好きな人と相合い傘したいから、わざと忘れてくってことなんだよね?」
「……あー、確かに」
その考えはなかった。雪子の女の子らしい発想にしばし感心する。彼女はつやつやの黒髪を揺らして、満足げに微笑した。
「でも、もっといい方法があるよ」
「え?」
そう言うと、雪子は足早に黒板へ駆け寄り、チョークを手に取った。
「これ書いて、帰るの」
黒板には一筆書の相合い傘がぴしっと屹立していた。
「ははは。自分と好きな人の名前書いていくの?」
「うん!」
元から細い目をさらに細めて笑う。雪子のこの表情はいつ見てもかわいいと思う。
「さて。そろそろ私たちも帰る?」
相合い傘でね、と雪子が付け足す。頬がひどく熱くなるのがわかって、うつむいてしまう。
「そうだ。名前書いてこうよ」
「えっ」
雪子が意地悪く笑って言った。
「いいじゃん、いいじゃん。私たちが付き合ってるなんて誰も思わないよ。どうせ誰かのイタズラだって済まされるって」
相合い傘の右の方に、丸みを帯びた字で「雪子」と書いて、チョークを手渡してくる。小悪魔っぽい可愛らしい表情でこっちを見てくるから、どうにも拒否できずに受け取ってしまう。
耳まで熱くなるのを感じながら、相合い傘の左の方に、小さく「ありさ」と書いて。
「……これでいい?」
「んー!」
手を握りあって、私たちは教室を出た。