押してダメなら引いてみろ
「緊急スクランブル‼ 強盗事件発生」
そんな一言を無線で受け取り、俺こと仲間月光はビッグスクーターに跨る。
「了解。位置情報は光学デバイスに送っておいといてくれ。あとあれの準備も進めておいてくれ今夜は大変なことになりそうだ」
夜のざんざん降りの中、エンジンを吹かし、俺は初速の体感を覚える。サイレンが鳴り響き、徐々に速度は上がっていく。車の列が一斉に道を空けてくれるのは実に心地いい。真夏の深夜すぎだからこの雨も、天然の冷却装置だ。五分もたつと目的地の銀行にたどり着いた。
「っで、現状は?」
近くにいた警察官に状況をうかがう。警察官は上官を相手にするように無駄に畏まって、俺に向けて直立不動の姿勢をとる。
「はっ、ただいま、人質の行員と客で20名あまりです。犯人は複数犯で組織名をZと名乗り、身代金と捕まった仲間の釈放を求めています」
「そうか。もしかしたらあいつがいるかもな。とりあえず俺一人でなんとかするから機動隊は待機していてくれ。秘密兵器はまだまだ実験段階だからな」
およそ16歳では発しないセリフを言い放ち、俺は銀行へと足を進ませる。向こうは見渡しのいいガラス張りの室内で、俺を見つめていた。
「なにしに来たんだ。おめえ、警察の手先か」
クラシックな七分丈のパンツにワイシャツではやはり不審人物か。時と場合さえ平常時なら、ただ銀行によって来た一般人なのにな。
「安心してくれ、この通り防弾チョッキも装備してない民警だ。お前らを助けに来た」
「俺……らをだと」
「そうだ。人質を取ったにせよこんなにパトカーに囲まれて逃げおおせることもできないだろ。それとも死にたいのか」
「黙れ! 我らは同胞の解放なくして話の余地はない。人によって命は等価ではないのだ。よく覚えとけ」
啖呵を切ったのはリーダーらしき男だろうか。他に四人が隅と隅を待機している。一度に対応されないためもあるだろう。誰かがスナイパーに傾倒されても死角に収まる残る人間が行動を移す手筈なのだろう。
しかし、俺にとってはそんなものなんの問題でもないが。
「そうか、なら交渉の余地はない。ウィンウィンの関係は破棄されたわけだ」
「ほざけ」
リーダーらしき男はショットガンの銃口を俺に向ける。とどろく銃声。冷たい弾丸は俺に血しぶきを与える――ことはなかった。確かに弾丸は俺に命中した。散弾の一発も残すこともなくだ。しかしTシャツをボロに改ざんされただけで、俺に外傷はなかった。見ての通りこの卓越した超強靱な肉体が、俺がここに派遣された理由だ。
怯えるリーダーたちと他の仲間四人。わざわざ躱せる弾丸を受けた理由がここにあった。呆気にとられたリーダーの襟首をつかみ片隅にいる仲間の一人に投擲する。壁がめり込むほどの力を使ったので砲弾レベルの直撃だったはずだ。起き上がる気配はみじんもない。残るは三人。お互いの距離は建物内の角にいるため最長距離にいるわけだが、俺にとっては造作もない。Zと名乗る組織も目の前の超人を前にして逃げたり、人質をどうにかするという考えは吹っ飛んだようだ。共闘して強い生き物を討つという本能に従ったのだろう。サブマシンガンの9mmパラべノムが一斉に俺に放たれた。
銃弾の暴風雨は俺を捕まえることはできなかった。俺は距離を詰めて一人にアッパーカットを決め込む。パラパラと天井からホコリが落ちてくる。敵の頭部は天井に埋没していた。あとは二人。さすがにそろそろ人質を利用するという発想も生まれてくるかもしれない。
俺はマシンガンを拾い、一人を狙い撃ったあと、残る一人ドロップキックを食らわせる。勢い余って壁ごと破壊して犯人と俺はめでたく通りにでる。
周囲を取り囲む警察官からは拍手のアラレだった。いつものことだ。そして予想道理ならそろそろあいつが出てきてもいいころ合いでもあった。あいつが仲間を病院送りにされようが殺されようが憤慨するような質ではないと思うが。
「おーほほほほ。さすがねお兄様。うっとりするような戦いぶりですわ」
その声は空から聞こえた。ゴスロリ調の服にツインテールの女の子がヘリから降りてくる。フリルのついた真黒な傘を開いているからといって、木の葉のよう漂うのはアニメだからではない。俺とは異なった力を授かった証拠だ。
幼いころ俺たちは異能の力を持つ少年少女であり、そして立つべき位置が損なわれてしまった。俺は民警へ、妹は世界の転覆を狙うテロ組織Zへ。
「今日こそお前をまっとうな道に引き戻す」
感動の再会はもうずっと前から果たしている。しかし、俺たちはすでに人格が変わるほどにその組織にどっぷり浸かってきてしまった。妹をいつも取り逃がして通算50回目の挑戦だ。今頃新聞の編集者も同じネタに飽きていることだろう。
すると、答えは言語ではなく行動になって返ってくる。俺の直線状にコンクリートが土煙を上げる。
俺の力が強靱な体と怪力だとすれば、妹は分類Aのサイコキネシスタイプだ。主に精神を集中して物体に圧力を加えたり強度をあげることができる。ふわふわ浮いてるのも傘の強度を上げてるからだろう。甘くみれない。波状攻撃を直撃すればさすがの俺も無事ではすまされない。
俺は獣のように疾駆した。今は逃げまどい隙を伺うしかない。特殊部隊はすでに銀行から人質を救出したようだ。時間は稼げたわけだ。
あとは妹をなんとかするだけだ。
どんなに悪党でも俺の妹だ。俺が責任を取るべきだ。あの時、離れ離れにならなければ。もしその手をつかんでいれば、俺たちはもっと輝いていたはずだ。ヒーローとして。
俺は銀行をあとにして、街中を走り回る。いくらなんでも、檻の中で戦うには分が悪い。野次馬は単なる目印にしか思えないのか、妹は俺の後を追ってくる。本気をだせば撒けるのだが、そうなると俺の本当の目的は果たせない。
サイキック能力でいくつかの場所が陥没する。
三つめの十字路で曲がったころ、俺の心臓はドキドキものだ。そこは行き止まり。ブロックが二メートル以上も立ちはだかる。もちろん俺の能力を使えば看破するのは楽勝だ。しかし、そうはしない。
「逃げるのはやめちゃったのかなお兄様」
「そうだな。ここなら被害もあまりでないだろ」
「ここがお兄様の墓場なのね」
「墓場だけは自分で選びたいもんだが。できれば一緒に入らないか」
思春期の女の子はこうも人聞きの悪いもんなのか。一挙に嫌悪感を隠さずに細目で見てる。そして、眼には映らない波状の物理攻撃が俺を襲う。俺の一撃とは質が違う。タフネスを自慢している俺だが、この一撃は体にこたえる。今まで何回も受けてきたが、正直一回受けただけで心がへし折れてしまいそうになる。もってあと一発が限度か。俺は壁を蹴って、跳躍するその速度は亜音速に近しい。
そのまま妹に、この握りしめた攻撃を直撃させれば、すべてが終わる。それがヒーローとして力を持つものの定めだ。妹が消滅されどそれは仕方ない宿命なのだ。小粒の隕石が落下したように埋没する拳。顔面はぐしゃぐしゃになっていることだろう。
「やっぱり俺にはできない」
驚いた顔の妹がすぐそこにあった。拳を横にして、そして天を仰ぐようにして、生きているのが嘘みたいに。
これまでの五十回好機はあった。それでも……。
俺は甘っちょろい兄貴だった。今でもずっとたった一人の家族と暮らせるのを夢見ていた。ヒーロー失格だ。
「近づかないでよ!!」
妹が力を使う。俺の体などすぐに宙を舞った。もはや勝つことは不可能だ。体の筋繊維はズタボロになって戦うどころではない。このまま妹に殺されて、心に残るのも悪くはない。
「なんでそんなことするのっよ。誰が頼んだ。この」
妹は力を使わずに俺の腹を蹴りあげる。
「この、この、この、この!!」
脚力は普通の女の子なんだな、そう思うと笑みがでてくる。
「なに笑ってるのよ。変態なんじゃないの」
妹の怒気がさらに強くなる。
その時だった。ついに機動隊が追いついたようだ。
スナイパーが見えた。まずい。ついに新兵器の登場らしい。ヘラヘラしてる場合じゃない。俺も動かないと。意地でも。
俺の聴力を持って初めて聞こえる、引き金を絞る音。俺の体は動いていた。妹との弾道の中間地点で俺は両手を広げる。乾いた音。そして血煙。
「なんでそこまでするの」
俺を押しのけようとする妹。
「やめておけ。これは超人たちを殺傷するために開発された弾丸だ。俺ですら無効化できない」
「だから、どうしてそんなことするの」
俺は震える声で、そして親指を立てて答える。
「お前のためなら世界を敵にしてもいい覚悟だ。妹一人救えず誰が救える」
「お兄様。私間違ってたから……だからもう行かないで、Zも抜ける。だから」
「最後にお前の改心が聞けて良かったぜ。俺はヒーロー失格だがな」
そうして俺はしばらく眠りについた。
翌日の新聞の見出しには、民警に月光の妹が加入という文字が躍っていった。妹は殺人履歴はないものの公共物破損、公務執行妨害、エトセトラの罪状で追及されていて、当面は政府の管理下にあると詳細が加えられている。
「まったく信じられない」
「どこがだ」
妹は俺に対して怒りをぶつけてくる。
ここは民警の所轄内で俺はゆったりとソファに座っていた。
「今すぐ死ね」
花瓶が頭頂部に当たったが痛くもかゆくもない。といっても体のいたるところに包帯を巻いていて平気でもないが、あと三日も過ぎればとれることだろう。
「まあ、あの弾丸は試作品だったし、技術班は頑張らないといけないだろうな。実戦はまだまだだな」
「それよりこんなに新聞に載ったら、Zにも戻れないじゃない。お兄様みたいな筋肉馬鹿にすべて操られるとは」
押してダメなら引いてみろ作戦は上手くいったようだ。妹はその場になし崩しになっているが俺はこう言ってやった。
「これからよろしくな。さやか」