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いつか不幸が晴れるまで

作者: 東雲たんご

 在る小さな国にとても不幸な王がいた。

 王の国は小さいながらも稔豊かで、水は澄み、天災も少ない素晴らしい土地で、彼がまだ王子であった頃までは大層幸せに暮らしていた。


 生まれた時に母親は既に他界していた王子は、周りの者から愛され大切にされ、すくすくと育った。そして彼の成人の儀を境に予てより決められていた婚約者と祝言を挙げる。

 既に決められていた相手とは言え、幼い頃に顔合わせをしている女の子との結婚。その頃の王は決して不幸ではなかった。謳歌していた。暖かな日々、絶え間ない微笑み、全てが王の者だった。


 だが幸せであればある程、ある日突然不幸は訪れる。それはそれは抱えきれない絶望を伴って。


 彼の妃が結婚して一年と経たぬ間に事故で死んでしまった。

 死因は飛び出してきた鹿を避けようと急停止した馬車から、まだまだ身体の小さかった妃は車体より投げ出され、驚き嘶いた馬に蹴られ帰らぬ人となった。


 それから彼の不幸は始まったのである。


 王が二人目の妃を迎えたのは四年後の事。先の悲劇で打ちひしがれた王を、長い時をかけて甲斐甲斐しく慰めた平民出身の側女とであった。

 華々しかった前回の祝言とは違い、二人目の妃の性質からら彼女との結婚はひっそりと行われた。

 だが悲劇は続く。彼女は結婚後数ヶ月で、彼女自身の出身から妃としての地位を快く思わない者達に毒殺されたのだ。王の目の前で。

 あまりの出来事に遂に塞ぎ込んだ王は、臣下に勧められるまま新しい妃を迎えた。意志薄弱となってしまった王に、これ幸いと無理矢理自分達にとって都合の良い娘をあてがったのだ。しかし彼等は余りに自分達ばかりを優先した為、あてがった娘がどんな者であるかもろくすっぽ確認しなかった。


 三人目の妃は神経過敏であった。それまで想っていた相手と引き裂かれた彼女は弱い心にヒビを入れられ、いざ結婚をした相手は己の殻に閉じ篭り一つも彼女を顧みはしない。代わりに降り注ぐのは彼女を祭り上げた者達からの重圧である。

 そして先の妃達の非業な最後。まるで何かの呪いの様な。心の弱い少女が人知れぬ内に壊れてしまうのも無理からぬ事だった。

 三人目の妃は考えた。砕かれた心で、乱れた光を放ちながら考えぬいた。


 呪われた運命に殺されてしまう前に、先に自分から命を断てば良い。さすればこの悲しみに満ちた世界から殺されずに済むと……。

 彼女はその思念に囚われた翌朝、直ぐに実行した。王や家臣達のいる前で、誰もが生き証人となる様に。その場に居合わせた全てが、彼女の心が真なる自由へと羽ばたく瞬間を見たのである。


 それから王は新しい妃を迎えることをやめ、彼の血筋の中でとても賢い子供を選び、育てることにした。三度の度重なる不幸から、もはや誰も王に子をなせとは言わなくなっていた。寧ろ、自分の娘や孫達が王の不幸に中てられやしないかと恐れすら抱く様になっていた。

 王子となった子供は本当に賢かったので、王の治世よりも遥かに素晴らしい国とする事を目指していた。その辣腕ぶりに臣下の者達もほんの二年の間に、王子に忠義を傾けるようになって行った。

 王はその二年の間、少しだけの安堵を得ていた。


 しかし運命は最後まで王に非常であった。

 それから三年目の頃、賢王となるだろうと思われていた王子が死んだ。献身的に国に尽くしていた王子は、未だ開拓の行き渡らない領地へ視察に訪れた際に賊に襲われ儚くなってしまった。

 その報せを受けた後、王は未だ若くして王の座を辞し、後継者を作れなかった彼は以後封建制を廃止することを決定した。

 その事に国の者達は誰も反対をする者はいなかった。それから王が何処へ行ったのか、知る者はいない。


 悲しいかな、王はそれ以降その国の歴史の中で『不幸にして最高の為政者』として語り継がれる事になった。



 と、目の前でベロンベロンに飲んだくれている男は語った。

 酒屋の調理場で働いているリリーは、毎晩その男の仕事の愚痴に付き合っている。

 男はフラリと町にいついた風来坊で、今は向かいの時計屋の職人であるお爺さんの下で修行をしている。お爺さんの時計は都会で評判らしく、彼はそれに心底惚れこんで弟子入りしたのだという。

 しかしお爺さんは典型的な職人気質で、酒屋に来る男達を体よくあしらう事に慣れたリリーですら頭が下がる頑固親父。彼の愚痴は大半がそこのお爺さんから貰った拳骨の数と痛みの話である。

 いつもなら「へー」とか「ふーん」とかを言って聞き流していたのだが、今日は彼が、内容はいつもよりも遥かにぶっ飛んでいるが妙に真剣に語るので、仕方なく向かいに座りながら「うんうん」と聞いていたのだった。


 王様だとか王子様だとか妃だとか、なんだか子供に聞かせる為の御伽噺の様だとリリーは思う。

 だが決して遠い世界ではない。何故ならリリー達の住む町、そこを統べている国にはしっかりした王様がいるし、そのお隣の国は何十年も前から……ええとなんだっけ?大統領とか言う人がいると聞く。それにいくら遠い国とは言え、そんなスキャンダルがあれば、リリーが毎日見る瓦版に出ない筈がない。

 だからこの若い男が過去を語ったワケではないはずだ……と思う。いくらなんでも荒唐無稽すぎる。


「ねえ、それって本当の話?」


 どうにも半信半疑なリリーが尋ねると、男はただ首を振り「さあ」と笑って、リリーの手をぎゅっと握る。

 それに対してリリーは「ああ、またか……」と思い胡乱な目つきで彼を睨んだ。これに動揺するほど彼との付き合いは短いわけでもないし、リリーも彼と出会った頃の十代の若い娘ではなくなったのだ。


 男は彫りの深い顔で「ところで……」と呟き、うるると目を潤ませながら彼女を見つめて


「お酒……、出来たらもう一杯だけくれる?」


 と言ったので、リリーは男の頭を拳骨でぽかりと叩いた。

 男との付き合いもかれこれ今ではもう5年も経っている。男はお酒の入った涙の混じりの目で「リリーと、親父さんとの付き合いが俺にとって一番長い」と笑って、彼を叩いた白い手を大切そうに撫でた。

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