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memoir  作者: 翠川 零
5.久しぶり そして はじめまして
8/10

◆久しぶり そして はじめまして


―――――●―――――○―――――●―――――



     今度こそ言うね


     あなたを愛していると



―――――●―――――○―――――●―――――




必要な処理と応答を確認し、お客様にパスポートを返却する。



「はい、結構です。日本での滞在をお楽しみください」


「ありがとう」



片言の日本語で体格のいいアメリカ人がパスポートを受け取り、お世辞にも上手いとは言えない鼻歌を歌いながら出口に歩いていく。



その鼻歌はどうやらアニメの曲らしく、英語で滞在目的を聞いたら、「俺は日本のマンガとアニメで日本語を覚えたんだ。だから日本語でしゃべってくれ」と、片言で答えられたのだ。



なるべくゆっくり聞いてやると、彼は一生懸命ヒヤリングして、こちらが言っていることが分かるといたく感動していた。



後がつまるし、早くすませたかったのだが、機嫌を悪くするわけにはいかないので普段の三倍の時間がかかってしまった。


ため息をこらえ、「次の方、どうぞ」と声を上げると、中学か高校生らしい若い少年が入ってきた。



「お待たせいたしました。パスポートの提示をお願いします」


「はい」



少年は鞄からパスポートを出し、丁寧に渡してくれた。



予想した通り、まだ十六にも満たない年齢だった。


しかし、彼のパスポートには十何個かの国を転々とした記録がある。親が転勤族なのだろうか。



「さっきの外人さんは観光ですか?」


「ああ、そうらしいです。日本のマンガとアニメファンだったようでして‥‥‥」


「へえ。確かに、いろんな国に行きましたが、どこででもやっていたようです。すごいですよね」


「みたいですねぇ‥‥‥おっと」



いけない、ついつい世間話のようになってしまった。



この少年で最後のようだし、かなり待たせてしまったのだ。早く入国審査を終わらせてやらなくては。



「日本へはどのような目的で?」


「高校から日本へ転入するんです。今まで親の転勤先で学校に行っていたんですが、親から一人暮らしをする許可をもらいまして」


「ご帰国ですね。お帰りなさい」



久しぶりの帰国なのだろう。少年はとびきりの笑顔で頷いた。



あまりにうれしそうだったので不思議に思ったが、一番肝心なことを聞き忘れていたことを思い出した。



「あ‥‥‥お名前の確認を忘れていました。お名前を聞いてよろしいですか?」



聞くと、少年は一瞬間を空けてから口を開いた。



「僕の名前は―――」




―――――●―――――○―――――●―――――




『さくや』



優しい笑顔で『彼』は私に呼びかける。


目元は霞がかかったように見えないが、『彼』は私をとても愛おしそうに遠くから見ている。



ああ、これは幼い時から何度も見てきた夢だ。



『あなたは‥‥‥誰なの?』



いつもこの問いには答えてくれないのは分かっていたけれど、私は問わずにはいられなかった。



夢の中でしか会えない、私の大好きなひと。


物心ついた時には私はすでに『彼』を愛していた。



『愛しているよ、さくや』



ええ、私もあなたを愛しているわ。



何度も夢で繰り返されてきた『彼』の言葉に、私は変わることのない気持ちを、思いを、心の中で返す。



『いつか君を捜して、必ず会いに行くから』



うん、ちゃんと待っているから。



『だから、早く会いに来てよ‥‥‥』



あなたが夢だけの住人だとは微塵も思っていない。


触れることすらできないあなただけど、絶対に現実でも会えるって信じている。



名前も顔も、年齢すら分からないけれど、いつか私を必ず見つけてくれると。


そう、信じている。



『お願いだから、早く会いに来てよ‥‥‥』



そう呟くと、『彼』は黙って背を向けて歩き出してしまった。


いつもこうして『彼』は夢から去っていく。


私は泣きながらその遠ざかっていく背を見ているしかない。



これが、夢の覚める合図だから。


覚めない夢なんて、ないから。



また私は『彼』を引き止めることすらできず、現実の世界に目を覚ます。


この、どうしようもない愛おしさと悲しみを引き摺って。



『次も、夢の中でしか会えないのね』



目を閉じ、一粒の涙が頬を流れていくと、頭に僅かな重みと温もりを感じた気がした。



『大丈夫、もうすぐ会えるよ。だから―――』



ああ、夢が‥‥‥終わる。




―――――●―――――○―――――●―――――




目を覚ますと、見慣れた天井が見えた。


布団を退かし、上半身だけ起き上がった私はパジャマの袖で涙を拭う。



「‥‥‥大丈夫。もうすぐ、会える‥‥‥‥‥‥」



『彼』は確かにそう言って私の頭を撫でてくれた。


何度も何度も繰り返されるだけだったのに、『彼』は始めてそれ以外の言葉を口にした。



「だから‥‥‥泣かないで」



聞こえ辛かったけれど、確かに『彼』はそう言った。



咲夜(さくや)ちゃーん!遅刻するわよーー!」



母の呼ぶ声に我に返り、何故か鳴らなかった目覚まし時計で時間を確認する。



「あ、もうこんな時間!?」



慌ててベッドから抜け出し、制服を着て髪を梳かすのもそこそこに、鞄を持って部屋を飛び出した。



いつしか浮かべていた微笑みをそのままに。





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