◆さよなら 次こそは
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また会いに行くよ
君のもとへ
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「‥‥‥ごめんね、槊弥。気づけなくて‥‥‥ごめんね」
息子の話を聞いたとたん、自分が情けなくて、悔しくて、目の前が涙で滲んで見えなくなった。
しかし、涙がこぼれそうになった時、一陣の風が僕の涙を攫っていくように駆け抜けていき、声を運んできた。
僕は弾かれたように空を見上げる。
「槊弥‥‥‥?これは、君の仕業かな?」
運ばれてきたのは幼い子供の声。
屋上から下を見下ろすと、病院の広場で転んで泣きだしたらしい弟を姉があやしている。
おそらくその女の子の声だろう。
「父さん?」
その声が聞こえなかったのか、不思議そうに僕を見つめてくる息子に、僕は首を振り微笑む。
「‥‥‥いや、何でもないよ樹。戻ろう、母さんと佐奈のところへ」
「あ、うん‥‥‥」
僕が微笑んだ理由が分からないらしく、まだ母親―――槊弥そっくりの顔を不思議そうに歪ませながら屋上をあとにする息子。
その背中を一人屋上に残って見送ってから、僕は赤く染まった空を仰いだ。
「大丈夫。もう、泣かないよ。君に心配をかけたくないからね」
聞こえてきた声は、きっと彼女がくれた最後の言葉だったと思うから。
「うん、もう大丈夫だから‥‥‥」
僕は彼女が最後にくれたであろうその言葉を心に刻みつけ、彼女と二人の子供達がいる病室に向かった。
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「あ、お母さん。お父さんが来たよ」
病室の扉を開けると、泣き腫らした顔に笑顔を浮かべて娘―――佐奈がベッドのそばにある椅子を譲ってくれた。
悲しむだけしかできなかった僕と違い、佐奈は母親や僕達に心配をかけまいと気丈に笑っていた。
何もかも僕に似た娘は、きっと強さだけは槊弥に貰ったのだろう。
息子も驚いた顔だけは僕に似ているから、彼らが紛れもなく僕達の子供なのだと実感する。
そして、口にはしてくれなかったけど、槊弥が僕を愛してくれていたのだと。
子供達を見てやっとそう確信を持てるようになった。
だから。
もう僕は悲しみに暮れたりしないから。
君が残してくれた宝物を守って生きていくから。
だから、安心して眠って。
「‥‥‥さようなら、槊弥。今までありがとう」
まだ暖かい手を握り、僕は息子達を振り返って微笑んだ。




