狂気集団《ニ》
林の中を少女は音もなく駆け抜ける。静けさの中では、僅かな鈴の音さえリンと澄む。彼女が身に纏う白と黒のコントラストの中に、可愛らしいピンク色の髪が鮮やかだ。
どれだけ進めば、目的のものは現れるだろうか。近付いているのだろうか、それとも遠ざかっているのだろうか。ふと疑問に思っていると、返事にしては雑すぎる、五月蝿いくらいの殺気が、鈴の音を掻き消して現れた。未だその姿は見えない。
その気配に少女は思わず笑う。半ば呆れてさえいるのだった。
「冗談にしてはふざけすぎてるとは思ったけど…でも本当、馬鹿っているものね。暇潰しくらいにはなるのかしら」
鋭い視線に射抜かれて構えれば、銃口が2つ此方に向けられている。襲撃者は1人、いや2人か…。2人目は距離を取って傍観しているだけのようだが。銃を2丁手にした男は、緑色の髪に白い教団服を着ていた。
―当たり。
「それにしても貴方、運が無いわね。それとも強運って言うのかしら」
少女は皮肉たっぷりに言う。それは聞こえたか否か、男は感情の欠落した事務的な口調で開戦を告げる。
「排除する」
同時に銃声が轟いた。しかし銃弾は少女を逸れ、木々を貫く。男は舌打ちすると、素早く次を狙う。少女も淡々とそれをかわしていく。
「………呆れた。私を何秒で倒す計算だったのかしら」
銃声を聞きつけた他の三人が合流するまでにあとどれだけの時間があるだろうか。
「でも関係ない………か」
彼らが辿り着くまでにはかたがつく。
少女は銃を構え、トリガーに指をかける。しかし、力を込める所で思いとどまった。
「………楽しみにしていたみたいだし、残しておいてあげた方がいいのかしら」
独り言のように呟いて、そして瞬時に間合いを広げる。
襲撃者は、心ここに在らずと見える少女に僅かに苦い顔をする。
「余所見とは大層な余裕だが」
「……そうね。でも、それくらいで十分だわ」
「随分となめられたものだな」
「でなきゃ、こんなもの持ってないわ」
少女は鈴を足下に落とす。それは地面で転がり小さくリンと鳴った。
「何だそれは」
苛つく声に、少女は答えない。代わりに笑い声が返る。
「そいつは、てめぇらの餌だよ」
少女の声ではない。無論、その男の声であるわけもない。笑い声は上から降ってきた。
「間に合ったか」
ぎし、と枝のしなる音がして男が上空から降下してくる。地面に着地すると、やはりその男もリンと鳴った。加えて、肩に纏ったど派手な赤い布がバサバサと翻り、その存在を主張する。
「違うわね。間に合わせてあげたのよ。感謝してくれるかしら」
少女は淡々と言い放ち、自らは銃を収めて後方にさがった。
「2人になったからと強気になるなよ」
「あ?」
緑髪の男が睨めば、少女に代わって男が前に出る。
金の髪の間から覗く緑色の瞳は笑っていた。
「何言ってんだ。心配してんのはそんなことじゃねぇ」
「なに」
「てめーらは俺だけの獲物ってことだ」
小馬鹿にしているかのような余裕の笑み。これはゲームを楽しむ為の、挑発だ。
「ふざけるな」
狙い通りに標的は移り、戦闘から離脱した少女―彼女もまた余裕の表情で―は1人傍観を決め込む。
「1人だけで大丈夫か?何なら仲間を呼んでもいいんだぜ?」
姿は見えないが、付近には幾人かの気配がある。
「そんな必要はない」
「言ってくれるねぇ。それは俺が誰だかわかっていての発言か」
「無論だ、フェイク・パーカー」
「!」
意外な返答にフェイクが一瞬驚きの表情を浮かべると、今まで無表情だった緑の髪の男が初めて笑う。
「なめるなよ、糞餓鬼」
ダン。
至近距離からの発砲。フェイクはその銃弾をギリギリのところでかわす。
逸れた銃弾は後方に飛んで行き、途中で何かに遮られて落ちた―否、叩き落とされた。その瞬間にフェイクは軽く舌打ちをする。
「おやおや危ないじゃないですか。私に当たったらどうするんです、フェイク」
そう言う割に声の主はそれほど切迫した様子でもない。妙におどけた調子の声が癪にさわる。
「つうかてめぇだろ?」
「何の話です?フェイク」
苛立ちながら振り返れば、前髪をオールバックに、赤い長髪を後ろに靡かせるその男は、レスターが此方に向かって手を挙げた。
レスターは先程銃弾を弾いたと思われる鞭をしゅると手繰りよせながら歩いてくる。足を前に出す度にリンと鳴り、彼もまたやはりフェイクと同様に真っ赤な布を巻いているのだった。
真っ直ぐに伸びた赤い髪を長く垂らし、歩を進める男は妖艶に笑む。ゆらりゆらりと歩く様はどこか挑発的だ。
「教会派の連中で生きて帰したのはてめぇだけしかいなかったはずだよな、レスター」
「それが何ですか?」
レスターの眉が一瞬引きつったようにピクリと動く。怒ったのかと思えばそういうわけでもなく、それはそれは大層心外そうに、大袈裟な身振りと物言いでまくし立てる。
「もしや私が貴方のことを教会派に洩らしたとでも仰りたい?それはとんだ誤解ですよ、フェイク。貴方は私を全然わかっていませんね?えぇ、わかっていませんとも!いいですか、私は貴方に勝ちたい。それは事実です、ですがそれは私の実力をもってしてのことです。その私が何故わざわざライバルを増やす為に他人に貴方の情報を流すとお思いで?考えるだけでも愚かです。あぁそれから…―――」
「わかった。もう喋らなくていい」
世の中には構ってはいけない厄介な事象があるが、これがまさにそれである。
「そっちは元教会派か。雑魚のことは知らんが…これは確かに俺が自分で手に入れた情報だ」
「雑魚ですって?よく知りもしない貴方にそのような評価を下されるとは実に不愉快ですよ。それから!間違えないで頂きたいのですが、私は一度たりとも教会派になった覚えはありませんよ。今だって、国軍派というよりはフェイク派ですからね」
レスターの舌は憎い程快調にすべる。表情も、全くうまくもないのに、どうだと言わんばかりだ。
「全然うまくねぇよ!…それから、てめぇもそんな目で見るんじゃねぇ!」
レスターに怒鳴ったついでに今度はアシュリーを睨む。彼女はレスターが到着した以降、フェイクのことを何か穢らわしいものでも見るかのような眼差しで見ていた。
「馬鹿馬鹿しい。こんな所で仲間割れとは、国軍も知れたものだな」
一瞬存在を忘れかけていたが、掃討すべき教会派はすぐ目の前にいる。
吐き捨てられ、鼻で笑われるが、フェイクはまだ余裕の笑みのままだった。
「確かに、チームとして考えればそうかもしれねぇな。っても、そもそもチームである必要のない俺達にはさしたる問題にはならないわけだが。最初に言っただろ?1人で十分だ。分かったらさっさと隠れてる仲間でも呼ぶんだな」
「くどい!」
「あー………忠告はしたからな?いいぜ、来いよ」
そう言ってフェイクは指をクイと立てて、けしかける。しかしそれをすぐにやめた。
「………ん、あー…いや待てよ。そういやまだ自己紹介が途中だったよな……あーそうだった…」
突然わざとらしく思い出したようにフェイクが言うと、そんなこと、と男はあからさまに不快そうな顔をした。
「あ?だから貴様はフェイク・パーカーだと………」
「俺のことじゃなくて、てめーらのことだよ。双銃の鷹アーガイルに、それからMs.ロード」
「!!」
フェイクは一瞬の動揺も見逃さず、確信めいた笑みを浮かべる。。
「その顔なら当たりだな。驚いたか?生憎俺は雑魚も例外じゃないんでね。ってもお連れさんはまだ出て来る気はないみたいだが…………まぁ、じきにそうもしていられなくなるんだが」
その時、フェイクの言葉を聞いていた男が突然笑い出す。
「ふ、ふははははははは。いや、さすがだよ、フェイク・パーカー!だがしかし、やはり詰めが甘いようだ」
「?」
まだ秘策でもあるのか、アーガイルと呼ばれた男は依然強気の姿勢を崩さない。声高らかに笑う。