部隊再編
「皆、よくぞ集まった。では、これより我が直属部隊の再編成を執り行うとする」
凛とした女の声は静寂を打ち破った。この朝、将兵らは外殿に集められていた。事前に理由は何も明かされなかった。ただ、女王陛下の命、とだけあり、皆がその訳を訝っていた。集められていた一人一人は平伏しながらも、何事やと考えを巡らしながら、今か今かと女王の口から語られることを待った。当然の招集に、そしてこれまた何の先触れもなく、女王は開口一番に宣言した。突然の命令には、当然のようにざわめきが起こる。
「陛下、恐れいりますが、それはどういう意味でしょうか」
1人がおそるおそる発言をすれば、やはり凛とした声が返ってくる。どちらかと言えば幼い顔立ちのその女王であったが、女であるという侮りを厭によせつけないものがあった。
「単刀直入に言えば、卿らには、『本日付けで通常部隊への異動を命ずる』と言ったところだな」
これには殆どの者が目を見開いた。そんなっ、と次々に異論の声があがる。
それは、異動に直接関わらない者も例外ではなかった。
側に控えていた彼女の二番目の息子ユリウスさえも、何の相談もない母親の独断行動を諫める。
「母上、何をそんな愚かなことを!!」
そんな中、1人の臣下が進み出る。それは、これまで軍のトップにいた男だった。
「陛下。我々はこれまで陛下の為に命をかけてその職務を全うしてきたつもりです。その何がご不満だと申されるのです」
低温のよく通る声には貫禄がある。飽くまでも、気紛れな女王の機嫌を損ねないように彼は慎重に言葉を選ぶ。
「おぉソレイユか…お前なら理解してくれると思っていたのだが、実に残念だ」
「ですから、その…何を…」
「わからぬか?貴殿らの力不足を、だ」
ソレイユはその言葉に愕然とした。同時に、怒りがこみ上げてくる。ぎりと奥歯を噛み締めた。
「陛下、それは我らの誇りを踏みにじることと同義でありますぞ!」
ソレイユは怒りを押し殺そうともはや必死だった。女王の方もそれをわかっていて、敢えてさらなる挑発さえした。
「……そんなものか、貴様の誇りというのは」
「なに?」
鼻で笑う女王に、いよいよソレイユは限界だった。将兵としての力量は悪くないものの、そもそもこの男はまずもってプライドが高いのが傷だった。
「そのように言っていられるのも今だけだ。貴女は家臣を蔑ろにしすぎた。皆に代わって私が貴女を断罪する。その罪の深さをどうか理解下され」
「お前にそれができるかな」
「やる!やらねばならぬ!私は正規軍第一部隊隊長なのだから」
その肩書きは、自らの武勇によって得たものであったはずだ。だからこそソレイユ自身、絶対の自信があった。それを取り上げようなど、相手が誰であろうと許すことはできない。
素早く抜刀する。これまでは守る為に振るった刃、しかし今やその切っ先は真っ直ぐ女王へと向けられている。それでも彼女はまだ笑っていた。
その様子を見て、あぁ、と思う。
―この方は狂ってしまわれたのだ…
ならば迷いは微塵もない。剣を握る手に力が入る。今となっては忠誠心よりも、献身的に仕えてきた自分自身への誇りの方が彼にはより重要になっていた。
「母上っ!!」
バキィィーン。
ソレイユは腕に金属の手応えを感じ、顔をしかめる。彼女に武術の心得があったとは思えない。なのに何故、と。
見れば彼女は未だ笑っていた。ソレイユにはついに彼女の笑みを消し去ることはできなかったのだ。
女王の元まであと数歩もない。しかし決して届くことのない刃。
ソレイユの攻撃は、何者かによって阻まれていた。自分と女王の間に立つ1人の人物。それが、自分より断然年若い娘であることを認め、目を見開く。
「貴様、何者っ」
ソレイユは腕の力を強める。が、しかし剣はびくともしない。力で自分が若い娘を圧倒出来ないという事実に焦燥する。
女は無表情で静かに言った。
「ワグナー、本日より女王陛下直属部隊に着任致しました。任務を、遂行します」
「バカな、こんな娘が!?」
「あの女が第一部隊!?」
驚く者は1人や2人などではない。
この驚きが、ソレイユにわずかに隙を作れば、彼女はそれを見逃さなかった。一気に右腕を払う。バランスを失ったソレイユの体は後方に傾いて崩れる。どうすることもできないまま床に体を投げ出した。それは軍隊のトップに立つ者が晒すにはあまりに屈辱的で、あるまじき姿であった。二度三度と自尊心は打ち砕かれ、醜態をさらした屈辱感に、ソレイユは暫し支配された。
「だが、そんな娘にもお前は勝てぬのだ……。ソレイユよ、これが現実なのだ。誇りは力によって支えられなければならないが、お前にはその力が欠けておるようだ。衰えることなど論外、しかし今や常に向上せねば瞬く間に置いていかれよう。心得ておくが良い」
言葉が途切れると、再びあの静かな声がする。依然彼女は無表情のままだった。
「陛下、如何致しましょう」
「現実も見ずに、傲れる者など我が部隊には不要」
「御意」
女はソレイユに近付いた。
「私を、殺すのだな……」
死を覚悟しているのか、抵抗の様子は見せない。それでも僅かに顔は青白い。
「いいえ、貴方を投獄します」
ソレイユはそうか、と言ったっきり下を向く。
身柄を確保しにきた兵士に腕を掴まれ、脱力した体は引き摺られるように連れ出される。女王に力ない背を向ける。
「ソレイユ、私はまだお前にまた通常部隊に戻り、仕えて欲しいと思っているぞ」
その言葉に、ついに返事はなかった。
誰も口を開かない。誰も顔を上げない。文字通り静まり返っていた。
畏怖か、反発か、あるいは…―。彼らは沈黙の中で、自身の未来の選択を強いられていた。
そこに女王の声が降る。
「諸君、恐れることはない。しかし、今一度問おう。今後、第一部隊は超人的な術技や計略を要求されるであろう、これまで以上に危険が伴う任務を扱ってもらうことになる。それでも留まりたいという者は構わないが、私は卿らに命を簡単に捨てて欲しくはないのだということは理解して貰いたい」
そこで一度言葉を区切り、一同を見回す。
「このことを踏まえた上で、私は卿らに通常部隊への異動を命ずる。しかし、尚も卿らは我が軍の主力であることに変わりはない。異動後は各部隊の指揮をとってもらうことになろう。今に劣らぬ重要な任務に就くのだということを心得よ」
そして最後に、除隊を希望しても咎めることはしない、と告げた。しかし、願い出る者はごく僅かにとどまった。
一時騒然とした議は終結した。
外殿を後にし、女王は内殿に向かっていた。
「母上、どういうことです?彼女を危険な第一部隊に任命するなんて!!今すぐ取り下げて下さい」
「あー…今度はお前の意義申し立てか、ユリウス」
面倒くさそうに言葉を返すが、足は止めない。ユリウスはその後を追いながら続ける。
「彼女はまだ女の子です。そんな任務は荷が重すぎます」
「私は気紛れなどで采配をとっているわけではない。確実に能力に基づいている。それはあやつとて例外ではない。お前も見たであろう、ソレイユさえ圧倒するあの力を」
「ですが…」
ユリウスは尚も納得のいかない様子だ。
「お前はあの娘のことになると目の色が変わるようだが……」
「ッフン、それを差し引いた所で同じことです。数十いた隊員を全て罷免してたった4人の、しかもいずれも実績のない人間を任命するなんて実に馬鹿げていますからね。これでは他の兵士が納得するはずがありません」
女王は苦笑した。
「一番納得がいっていないのはお前のようだがね。…彼らの実力はいずれ明らかになるだろう。そうなれば、他の兵士も認めざるを得まい。それに、あの娘を戦場に出したくないなら、お前がそれ以上の者を連れてくるまでの話だ。それか、お前がなるか。お前にあの娘が守れるか?」
ユリウスはうなだれた。