第七話 数多なる「思い込み」
「……え? 町に……ですか?」
ステファンは公休だと聞いた。だから、朝はゆっくり寝ているのかと思いきや、なんならいつもより早いくらいの時間に起き出したようで、侍女を通し、私に伝えられたのはまさかの「デートの誘い」だ。
「ステファン様、とーってもソワソワしておいででした!」
侍女よ、そんな余計な情報はくれなくてもいいのだよ。そんなこと聞いたら、断りづらいではないかっ。
……ん? 待てよ? デートって……これ、もしかしてチャンス到来なんじゃないっ? デート中にめちゃくちゃすれば、一気に形勢逆転(?)するかもしれない!
「……なるほど、悪くない」
駄々洩れた私の言葉を聞き、侍女はパッと顔をほころばせ、
「それじゃ、とびきり可愛く仕上げませんと!」
「お二人の、初デートですね!」
と、やる気満々で私を飾り出す。
「よかったぁ。ステファン様、きっとお喜びになります! 私、早速知らせてきますね!」
いや、デートの誘いくらい自分でしに来れば? という気もしないでもないけど、伝令係らしき侍女は、言うが早いか、部屋を飛び出していった。
「あのステファン様が女性をデートに誘うだなんて、本当に驚きです」
髪を結いながら、侍女が言う。そっか、女嫌いなのは侍女たちも知ってるんだもんね。
「そんなにひどいんですか? ステファン様の女性不信って」
チョイと訊ねれば、
「お屋敷ではいつも穏やかで、紳士でいらっしゃいますけどぉ……」
「社交界などでは、にこりともしないって話ですよね!」
「言い寄ってくるご令嬢に冷たい態度を取るとか聞いたことがあります!」
さすが侍女。この手の話題には敏感だし、噂話大好きよねぇ。侍女の娯楽と言えば噂話! わかるわぁ。私だってルナール家にいた時は、オリヴィア様とハンスの秘めたる恋の話を、侍女たちみんなでしてたもんなぁ。オリヴィア様ってば、あからさまにハンスを見る目が違っちゃってたから、侍女たちのほとんどにバレてたけどね。
「でも、そんなステファン様からデートに誘われるんですもの、すごいですわ、オリヴィア様!」
キラキラした顔で見つめられ、困り果てる。
「いえ、きっと私がどうこうというより、ルナール家へのお気遣いなのだと思います」
本心からの言葉だったが、侍女たちは信じない。
「そんなことっ! 私は、最初に見た時からオリヴィア様はなにかが違うって思っておりました!」
よくぞ見抜いた! 庶民の香りがしたでしょ~?
「そうですよ。私たち侍女にまで丁寧に接してくださるしっ」
同じ立場にいたし、年齢的に皆さんの方が先輩だもん……。
「公爵家のご令嬢とは思えない、柔らかな物腰ですものっ」
そもそも私、令嬢じゃないしね?
「どんな方が来られるのか、少し不安に思っておりましたが、オリヴィア様なら大歓迎です!」
「……いや、まだ正式に決まったわけではありませんから」
頬を引き攣らせ、答えると、侍女たちが一斉に頷いた。
「私たち、ステファン様との婚約が上手くいくように、応援します!」
「えっ?」
それは困る! どっちかって言えば、妨害してほしいのに!
「ステファン様も、オリヴィア様のこと意識していらっしゃるようだし……」
「今日のデート、楽しんできてくださいね!」
口々にそう言われ、内心頭を抱える。この屋敷に、私の理解者はプレストただ一人か……。なかなかのアウェイ感だ。
「さ、これでいかがですか?」
言われ、鏡に映った自分を見る。侍女たちの腕は確かだ。私如き顔でも、なんとか見れるくらいには盛ってくれるのだから……。
◇
いきなり決まった話であるにも拘らず、準備万端といった風に、玄関には馬車が停まっている。ステファンは上機嫌で私をエスコートし、馬車へと乗せた。
てか、ちゃんとエスコートできるんだね……。
「急な誘いで申し訳なかった」
馬車に乗り込むと、ステファンがはにかみながら言った。
「オリヴィア……」
あー、ダメダメ、そんな顔しないでください、ほんと。同情と憐み。今日のお誘いは、可愛そうなオリヴィアを労う俺いい男、の会なのかなぁ。
「本日は、せっかくの公休だというのにお誘いいただき、ありがとうございます」
一応礼など述べておく。持ち上げておいて、落とす。うん、なんかいけそうな気がしてきたぞ!
「いや……誘いを受けてくれて嬉しいよ。じゃ、行こうか」
「行ってらっしゃいませ、ステファン様」
「楽しんできてくださいね、オリヴィア様!」
侍女たちの見送りを受けながら、馬車は動き出す。戦いの火蓋は切って落とされたわけだ。
「どうかしたか?」
真剣な顔をしている私を見て、ステファンが声を掛ける。こっちはどう嫌われようかと考えているわけだけど、そんなこと彼は知らないものね。
「いえ、少し緊張しております」
私が言うと、ステファンがそっと私の手を取る。おい、勝手に触るな。
「オリヴィア……」
「……なんでしょう?」
「その……うまく言えないんだが……今日は傷付いた心を少しでも癒せるように、だな」
ほらみろ。やっぱりだ。
「ああ、それなんですけどぉ~」
私は、思わずストップをかける。誤解は解いておかないと!
「私は別に傷付いてはおりませんので!」
元気いっぱい答えると、ステファンが更に優しい声を出す。
「そんな風に強がらなくてもいい。女性にとって輿添は、親友のような存在だと聞いたことがある。一番の味方であるはずの輿添が、君の荷を売っていなくなったんだ。信じていた者に裏切られるなんて、傷付かないわけないだろう?」
ううううん……それは、だから……まぁ、そうなんだけど。
「えーっとですねぇ、確かに私は裏切られた側の人間ではあるんですけどぉ、なんていうか……事情が……そう、事情があったんですよね、きっと!」
ああ、言いたい! 今ここで言いたい! 荷をすべて売り払って逃げた、そいつがオリヴィア本人です、って!
悶々としながら適当なことを口走る私を見て、何故かステファンが眉を寄せる。信じられないものを見るような目で私を見ている。あれ? なんか、マズい?
「オリヴィア……君は」
「……はぃ?」
「普通なら激怒したり悲しんだりするようなこの一件を、すべて受け入れてそれでも微笑むのかっ」
……あれ? もしかしてなんか、感動して……る?
「あの夜も感じていた。君は今まで出会ったどの令嬢とも違う、不思議な感性を持っているようだ。俺は……君を誤解していたのかもしれない」
いや! 待って! 合ってるの! 私、令嬢じゃないから、その感想は合ってるの!
「あのっ、あのですねぇ」
「今日はもっと深く、君のことが知りたいよ、オリヴィア」
……なんだかまずいことになっていってる気がする。これは気合を入れて掛からねばなるまい! とりあえず今のこの変な空気を変えるべく、私は話を振る。
「ところでっ、今日はどちらに行くんですか?」
誘ってきたんだから、まさかノープランってことはないのだろう。
「町を案内するよ。マクミリア家の領土でもあるしな」
このあたり一帯はマクミリア家の領土。町にある“領主庁”と呼ばれる役所みたいな場所で、ステファンは仕事をしているのだ。
公爵ともなると、自らはほとんど働くことなく、部下に仕事を投げるだけの人もいると聞くが、ルナール公爵といい、ステファンといい、きちんと公務をこなしているのは称賛に値する。……マクミリア公爵は、働いてなさそうだな?
「楽しんでもらえると思う」
嬉しそうなステファンを前に、私は「いかに嫌われるか」ばかり考えていたのだ……。




