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にわかごしらえの婚約者は冷徹公爵子息の溺愛を求めていない  作者: にわ冬莉


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第四話 数多なる「問題」

「うっわ……頭痛い」

 最悪の目覚めだ。


 私はベッドを降り、カーテンを開けた。眩しい光が部屋を暖かく染める。窓を開け、新鮮な空気を吸い込む。部屋に置かれていた水を飲み、大きく息を吐き出す。頭痛はそのうち消えるだろう。


「さて、と」

 とっとと着替えて仕事に取り掛からなきゃ! と思ったところで、気付く。

「あ、違う。私、オリヴィア様なんだった」

 呟いて、呆ける。


 見渡せば天蓋付きの大きなベッド。広い部屋の中にはテーブルとソファもある。きっとこんな時間に起きる必要もなかった。でも、もう起きてしまったし……

 クローゼットの中もすごいことになってる。一体何着入ってるのよ?


 私はクローゼットを開けると適当な服をチョイスし、着替える。慣れた手つきで髪を結い上げると、考える。


「どうすりゃよかんべなぁ」

 わざと訛ってみる。どうせ誰も聞いてないしね。


 いっそこのまま屋敷を抜け出して、本物のオリヴィアを探しに行きたい気分だった。結婚するのしないので揉めるのは構わないけど、私を巻き込まないでほしい。大体、その場しのぎの嘘がいけない! 私は執事長であるプレストの危機管理能力の薄さを恨んだ。


「オリヴィア様、お目覚めですか?」

 ドアの外から侍女の声が聞こえる。ドアを開けると、すっかり支度を終えた私を見て、侍女たちが目を丸くしていた。


 部屋に運ばれてきた朝食を食べ終えると、侍女たちが私の髪を結い直す。そんなに編み込まなくてもよくない? ってくらい手の込んだ髪型にされる。支度を整えたところで、仕事に出る前のステファンに挨拶をするため玄関へ向かった。ちょうど部屋から出てきたステファンを見つけ挨拶をする私を、彼はものすごい顔で見返した。怒っているような、困っているような、とにかく変な顔。


「おはようございます、ステファン様」

「……ああ、おはよう」

 それでもきちんと挨拶を返してくれたので、よしとする。


「……大丈夫なのか?」

 眉をひそめ、そう訊ねてくるステファンに、私の頭は「?」になる。

 そう。私はこの時、昨夜の失態をまったく記憶していなかったのだ。

「はい?」

「あ、いや。なんでもない」


 手にしたタイを首に掛けるステファンを見て、つい咄嗟に体が反応してしまった。

「私が」

 さっと手を出し、ステファンの首のタイを結ぶ。無意識ってすごい! だってつい昨日まで、こういう仕事してたわけだしね?


 でもステファンは違う。何故、公爵家の令嬢がタイを結べるのか不思議に思っていた。自分のことすら儘ならないのが令嬢という生き物ではないのか? と。


「はい、これで大丈夫です!」

 にこやかに笑う私を前に、ステファンが困惑した口調で言う。

「昨日の罵詈雑言が嘘のような献身っぷりだな……」

 ピク

 私、笑顔に亀裂が入る。

「……罵詈……雑言?」

 引きつった笑顔のまま、聞き返す。


「……もしかして、覚えていないのか?」

 うわ……。私、なに言ったっ? なんかとんでもないことしたっ? 酒は飲んでも飲まれるな、って感じ~!?

「えっと、あの、私……もしかしてとんでもないことを口に?」

 焦る私を見て、一瞬の間を置きステファンが「ぷっ」と吹き出す。あら、柔らかい笑顔。こんな顔も出来るんだ。


「覚えていないのか。だから普通に話し掛けてきたのだな。昨日……ふふ、あんなにっ」

 ステファンって、こんな風に笑うのね。可愛いじゃない。……じゃない!

「申し訳ございません! なにも覚えてなくてっ、その、私は一体なにを?」

 そういう私の言葉を聞き、更にステファンが顔を歪める。

「いや、いい。くくっ、気にするな。あれはあれでよい余興だった。では、行ってくる」

「……はぁ、行ってらっしゃいませ」

 私は侍女だったころの癖で、深々と頭を下げたのである。



 執事長であるプレストの前で、私はひたすらに頭を下げていた。


「申し訳ございませんっ!」

 つい先日まで侍女として生きてきた私だ。目の前に公爵家の執事長がいる。それだけでも背筋が伸びてしかるべき場面。そこに、昨日の自分がやらかしたあれこれを聞かされ、血の気が引きまくったところである。


「頭をお上げください、オリヴィア様!」

 プレストが慌てた様子でそう言った。私はただの侍女だけど、今はオリヴィア・ルナール公爵令嬢としてここにいるわけで……。プレストからしたら私の存在って“オリヴィア付き侍女”なのに”オリヴィア”なんだから、やりずらい感じなんだろうな。それはわかる。わかるけど、昨日の失態を聞いた今、私にできるのはお詫び。それだけなの!


「まさかそんなことをしでかしていたなんて……私、処刑されますかね?」

 両手を胸の前で組み、涙ぐむ。相手は王様じゃないんだから、処刑はしないでほしいけど……冷徹公爵令息って言われてるくらいだもん、なにされるかなんてわかったもんじゃない!


 怯える私に、何故かプレストは心底困った顔でもっと怖いことを言ったのだ。


「処刑どころか、正式に婚約の儀を行う話になっております」

 ……は?

「ちょ、どういうことですかっ? 私はオリヴィア様ではなく、ただの侍女ですよ、って言いましたよね? どうしてそんなことになるんですかっ?」

 しかも昨日の失態を考えれば、愛想を尽かして即刻返品で構わない案件だ。そうだ。いっそ返品してくれればいいじゃないか!

「返品しましょ? ね? 酒乱女なんか屋敷に迎え入れられるか! とかなんとか言って、返品しましょ?」

 私は必死にプレストに縋り付いた。この屋敷で私の正体知ってる人、このおっちゃんしかいないんだもん!


「……私もそう思って、ステファン様にお話しさせていただいたのです。が、首を縦に振るどころか、どうやら受け入れてしまわれたようです」

「え? なんでっ? 受け入れてるって、どういうことっ? もしかして、罵詈雑言浴びて喜んでるの? あんな綺麗な顔してるのに、あの人そっち系? 変態っ?」

 思わずそう口にしてしまう。

「ステファン様を変態呼ばわりとは、なんたる無礼!」

 バシッとお叱りを受け、私はピッと背筋を伸ばす。

「失礼いたしましたっ!」

 言い過ぎたのは悪かったわよ? でも、実際そうじゃないっ。


「……こうなったら、やり切るしかありませんな」

 低い声でそう言ったプレスト。なにか作戦があると見た!

「なんですかっ? どうすればいいです? 私、なんでもします!」

 このままオリヴィアを続けることなんかできるわけないのだから、一刻も早くここを出ていかなければなのよ! 正式に返品されたい! ただそれだけ!


「……嫌われてください」

「……は?」

 プレストの放った簡素で明確な言葉に、私、拍子抜けする。


「ステファン様に確実に嫌われていただければ、すぐに屋敷から出ていけるはずです」

 簡単に言ってくれるじゃないっ。……でも、確かにそれしか道はないような気もする。

「……えっと、プレスト様、私はなにをどうすればステファン様に嫌われると思いますか?」

 私、真剣な顔でプレストを見つめた。プレストもまた、私をじっと見つめる。見つめ合ってるのか睨み合ってるのか、なんだかわからないおかしな“間”が流れる。


「……そもそもステファン様は、女性がお好きではないようですから……そのままでよいのでは?」

 え、なにそれ。なにもしなくていいってこと?

「下手に手を出してボロが出ても困ります。まずは普段通りに。それと、このことは他の者には決して言わないこと。よいですな?」

「わかっております。私だって、なるべく穏便に済ませたいんですから」


 追い出されて、屋敷に帰りたい。オリヴィア様のことは、ルナール公爵にとってはショックかもしれないけど、侍女がオリヴィアの代わりをしてるなんてことがバレたら、そっちの方が問題は大きいに違いないんだからっ。


 とにかく、頑張って嫌われよう。方法はわからないけど。



 ――その日は朝から、大忙しだった。


 ステファンは、領主庁の執務室で帳簿とにらめっこをしていたのだ。昨夜父が口にした恐ろしい言葉の真意を確かめるため、目を皿のようにして資料を広げた。

「あのクソ親父っ」

 そこには、確かに借金の詳細が隠されている。一見するとわかりづらい数字が少しずつ積み重なっている。何年もこれが続いているとするならば、膨大な額となっているはずだ。


「これを俺にどうにかしろと?」

 ルナール家は確かに王宮と繋がっている。しかしそれだけだ。そこから先、どうやって金を作れというのか?


「それにしても……」

 と、今朝の出来事を思い出す。オリヴィアは自ら、なんの躊躇いもなくタイを結んでくれた。そのことが衝撃だった。

「もう少し、歩み寄ってみるべきだろうか……」

 柄にもなく、そんなことを考え始めた時、部下の一人が執務室を訪れた。


「ステファン様、今朝頼まれていた件なのですが……」

 座っているステファンに近づくと、耳元で詳細を報告する。それを聞いたステファンが眉間に皺を寄せた。

「それは……本当か?」

「はい、こちらがその一部の品です」

 コト、と小さな袋に入ったなにかを机の上に置く。ステファンはその中身を確認すると、

「……これは」

 と呟いた。


「ご苦労だった」

「では、私はこれで」

 部屋を出ていく部下の姿を確認すると、ステファンは遠くを見つめ、なにかを理解したかのようにハッと息を飲み、深い溜息をついたのである。



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