第二十二話 数多なる「企て」
気まずい……。
廊下であんなことになった後、廊下を通りがかったプレストに気付いたステファンは、やっと私を離してくれた。私はそのまま逃げるように部屋へ。それだけでも気まずいというのに、マクミリア公爵からお茶の誘い。二人きりかと思いきや、なんとステファンも一緒という……。
これって、さっきの話の答えを聞かせろってこと? そりゃ確かに「少し時間が欲しい」とは言ったけどさぁ、考える時間、少なすぎないかなぁっ? あれからまだ数時間しか経ってないのに……。
「オリヴィア嬢」
「ひゃいっ!」
あ、やだ。公爵に呼ばれただけなのに、ビビりすぎて変な声出た。
「クク、そんなに構えなくてもよいだろうに」
「あ、すみません」
肩をすくめ、小さくなる。マクミリア公爵は、さっきと打って変わって穏やかな顔をしていた。
「まずは私の話を聞いてほしい」
そう言うと、手にした杯を置き、軽く目を閉じる。
「あれは私が十九の歳だったと思う。当時から私はいい加減な性格でな。しかし、頭の回転はよかったのだ。見た目もよかったので、女性にも人気だったのだよ? 今のステファンのように」
チラとステファンを見る。ステファンは心外だとばかり視線を逸らした。
「しかし家柄のこともあり、自由恋愛からは程遠い身だ。私は親の決めた縁談を受け、ステファンの母……ジェナと結婚した。ジェナは気位の高い女でな。いつでも自分が一番でないと嫌だった。私もそれをわかっていたのだから、もっと配慮してやればよかったのだが……若さもあって、どうも反発してばかりだった」
へぇ、そんなに気性の荒い人だったのね、ジェナ様。会った時の印象では、そんなにきつい感じは受けなかったのだけど。
「すれ違いが溝を作り、いつしか境界線には向こう側の見えない高い壁が聳え立ち、門は閉ざされ会話もできなくなっていた。そして彼女は屋敷を去ったわけだが……私は決してジェナを嫌っていたわけではないんだ」
「えっ?」
声を上げたのはステファンだ。自分の父親は、自分の母親を嫌っていると思っていたのだろう。
「喧嘩もしたし、結果的には別れることになってしまったがね、ステファン、私はジェナを嫌ってはいない。むしろ好いていた。だが彼女はそれでは物足りなかったのだろう。好かれたいのではない、愛されたいのだと言われたことがあった」
ああ、ジェナ様って……マクミリア公爵のことを好きだったのね。少なくとも、ただの許嫁以上の想いを持っていたんだわ。それなのに理解してもらえず、よそに女を作られ……そりゃ、怒るわね。
「なにが言いたいんだよっ」
ステファンが恥ずかしさからなのか、先を促す。せっかく話をしてくれているのだから落ち着いて聞いてあげればいいのに。
「ああ、すまん、年を取ると話が長くなっていかんな。私が言いたいのは、今回のルナール家の申し出だが……」
と、そこまで口にしたところで、廊下からのバタバタした足音が部屋の前で止まり、全力で押し開けられるバンという音と、その向こうに姿を現したふわっふわの金髪少女。あとから走り込むプレストが息を切らしている。
「ステファン・マクミリア様! 今日こそ、結婚の約束を果たしましょう!」
うわぁぁぁ……なんて可愛らしい子なの!
というのが私の第一印象だった。小柄なのに均等の取れた体。ふわふわの金髪。少し吊り上がった大きなブルーの瞳は勝気そのもので、表情豊か。
……ん? 結婚って言わなかった?
「ユノ!? なんで君がここにっ?」
ステファンが驚いているその隙に、ユノ、と呼ばれた少女はマクミリア公爵の前で丁寧に、美しいカーテシーを披露する。
「公爵様におかれましては、ますますご壮健にてあらせられますこと、心よりお慶び申し上げますわ」
大人っぽい! 子供なのに大人っぽいけど、本当はいくつなんだろう?
「ステファン様、ユノは今日で十六になりましたの!」
ズカズカと歩み寄り、ステファンの体に擦り寄る。十六歳かぁぁ、ピチピチだなぁ。……ま、今の私と三つしか違わないけどさ。
「ああそうか、それで、なにしに来た?」
そっけない返事。おめでとうくらい言ってあげたらいいのに。……で、どちらさんなんだろ?
「だぁかぁらっ、結婚の約束を果たしに参りましたっ。さっき言ったじゃありませんかっ」
地団太を踏みながら文句を言うその姿は、まるで子リスちゃんのよう。
「……可愛い」
ボソッと呟いてしまった私の声に、ユノ?が反応する。
「ふぅ~ん、コレが噂の? なんだかちーっとも美しくないのねっ」
虫けらを見る視線で私を見る。言いっぷりから察するに、私がなんであるかは知っているけど、認めてませんってことなんだな。そうよね、結婚の約束を果たしに来てるんだもんね。
……約束した結婚があったってことかっ! 結婚詐欺師!
「俺はお前と結婚の約束をした覚えもないし、オリヴィアを悪く言うなら速攻摘み出す」
ステファンがユノに手を伸ばすと、ユノが慌てて、何故か私の後ろに隠れた。
「やん、ステファン様ったら強引なんだからぁ」
その一言で、私はさっきのアレを思い出してしまう。一気に顔面に血が集まり、首から上が茹蛸のようになる。そんな私に気付いたステファンが、つられて頬を赤く染めた。
「オリヴィア嬢、この子は私の妹の娘で、ステファンの従姉妹になるユノリスカ・ハーゲンだ。時折こうして遊びに来るんだが、今日はタイミングが良くなかったな」
マクミリア公爵が紹介してくれたことで、やっと正体がわかった。なるほど、従姉妹か。
「あら、ここは私にとって我が家同然ですわ。ステファン様は夫になるのだし」
腕を組み、ツンと上を向く。そんなユノリスカの頭を、ステファンがポンと叩く。
「夫になど、ならないよ」
「なりますっ」
「俺は婚約したんだ。知っているだろう?」
「ええ、知っておりますわっ、名ばかりの相手との契約結婚だってことも知ってます。確かにルナール家はお近付きになって損はない名門貴族ですものね。でも、ステファンの隣に立つには、随分地味なご令嬢じゃありませぇん?」
私を上から下まで眺め、ユノリスカが口角を上げる。
「……プレスト、強制退去だ」
ステファンが声を掛けると、
「畏まりました」
と、プレストがユノリスカの手を握る。
「さ、お嬢様、こちらへ」
「はぁっ? いやよっ、離しなさいプレスト! 私はねぇ、今日という日をずっと楽しみに待っていたのです!」
駄々をこね逃げ回るユノリスカ。ステファンが頭を抱え、怒鳴る。
「ユノ、いい加減にしないかっ!」
ユノリスカがびくりと肩を震わせ、そして顔を歪ませた。
「……だって……だって、うわぁぁぁん」
泣ぬ子と地頭には勝てぬ、ってやつよね。うん。
にしても、大人っぽいのかと思いきや、子供みたいに泣き出すのね。感情表現が激しいというか……素直? わかりやすい? なんにせよ、このままじゃあんまりだと思う。
「ユノリスカ様、そのように泣いてしまわれたら、せっかくの美しいお顔が台無しです。今日で十六歳になったとのこと、おめでとうございます。今、お茶をお持ちしますので、座ってお待ちください。ね?」
ハンカチを握らせ、椅子を引く。ああ、懐かしいなぁ。オリヴィア様も昔、こんな風に泣いて皆を困らせたことがあったんだよね。お嬢様っていう生き物は、みんな気が強いくせに繊細なのかもしれないな。
「プレスト様、お茶をいただいてもよろしいですか?」
「え? ああ、かしこまりました」
プレストが侍女の元へお茶の用意を頼みに行く。
「そして、ステファン様」
名を呼ばれ、何故かピッと背筋を伸ばすステファン。
「な、なんだ?」
「ユノリスカ様は本日がお誕生日だそうです。まずは言うべきことがあるのでは?」
「……あ、あ~……おめでとう」
頬をポリポリと掻きながら、照れたように口にした。そんなステファンの言葉を、ユノリスカが嬉しそうに受け止める。恋する乙女の顔。
「私はしばらく席を外しますので、ユノリスカ様、どうぞごゆっくり」
「え? オリヴィア、どこへっ?」
慌てるステファンを、マクミリア公爵が手で制する。
「そうだな。オリヴィア嬢は私とお茶を飲もう。さ、行こうか」
促され、私は公爵と一緒に部屋を出たのだった。




