第十四話 数多なる「嫌味」
「では、行ってくる」
いつものお見送り。私はステファン様に頭を下げ、侍女たちと共に見送った。
「行ってらっしゃいませ、ステファン様!」
誰よりも近くで、満面の笑みでステファンを見送っているのは私ではない。アンディだ。この屋敷に来てからというもの、アンディは私よりずっと甲斐甲斐しくステファンの近くで世話を焼く。夕餉の席では率先してステファンのグラスに飲み物を注ぎ、世間話に花を咲かせる。良くも悪くも彼はお喋りだ。話題も豊富なので、夕餉の席は随分と明るくなった。……んだけど。
私とステファンの会話は、減りました~。はい。
「さて、ステファン様は行ってしまった。オリヴィア様、参りましょうか」
私をエスコートするかのような仕草で手を取るアンディ。でもこのエスコートは部屋に行くまでのまやかし……。ダンスの練習用に用意してもらった広めの応接室。テーブルやソファを部屋の端に寄せた、がらんとしたその部屋に到着するなり、アンディは私の手を振りほどく。
「は~、ったく、つまんないよなぁ。俺もステファン様の職場に一緒に行きたいなぁ」
「……アンディ様、心の声、駄々洩れてますけど?」
一応教えてあげると、チラッと私を見遣り、
「じゃ、始めますかねぇ。下手糞なダンスでステファン様に恥をかかせるような真似されちゃたまんないしね~」
くそっ。嫌みがひどいな。でもそれはそう。私のせいでステファンに恥をかかせるようなことになるのは困る。
夜会参加まではもう二週間しかない。初参加となるステファンは、きっと沢山の貴族たちに囲まれるだろう。ダンスタイムには会場の中央で踊ることになるらしい。その時、私がへまするような事態は避けなければ……。
「よろしくお願いします」
私はアンディに頭を下げ、組んでもらう。アンディの私への態度は、初日ほど酷くはない。とはいえ、ステップが少しでもずれようものなら、
「チッ」
これだ……。
ネチネチと責めてくるから質が悪い。
「ごめんなさいっ」
一応、都度謝ってはいるけど、こういうタイプって謝ると余計ネチるんだよ。
でもね、このくらいの意地悪はなんてことないの。前世の上司にもっと酷いのがいたからね。舌打ちくらい、屁でもないわっ。
「もうちょっとさぁ、ちゃんと覚えてくれないと困るんだよねぇ。偉そうに怒鳴り散らしてたくせに、全然踊れてないじゃん。あんた、運動神経ないのか?」
「……すみません」
いつの間にか二人の時は「あんた」扱い。明らかに私を下に見ている。侍女だったころの私を知っているわけだから、それはそうなるか。
そして、確かに私は運動神経がないようだ。ステップの型はすべて覚えていたが、アンディの動きについていけてない。動きに気が行くと姿勢が悪くなり、へっぴり腰になってしまう。
「はいはい、もっか~い」
怠そうに言われ、すみませんと頭を下げる。どう言われても文句を言わずにやるしかない。一度引き受けた仕事は手を抜かない。それが私のモットーでもある。流されて生きていくというのは、流れた先で生き続けることでもあるのだから!(?)
何度も繰り返すうち、少しずつできなかったことができるようになっていく。歩みは遅いけど、続けるって、とても大事だなって実感するんだ。
「はー、疲れた。もう、今日はここまででやめー」
アンディが先に音を上げた。なんだかんだで半日近く踊っていたことになるもんね。結構な運動量だわ。
「ありがとうございました」
礼を述べ、部屋を出ようとすると、不意に
「ねぇ」
と声を掛けられる。
「なんですか?」
「あんたってさ、ステファン様のこと好きなの?」
藪から棒に、なんだその質問は?
私は小首を傾げ、言ってやった。
「アンディ様ほどではないかもしれませんが」
「は? それどういう意味っ?」
案の定、突っかかられる。そこは突っ込んじゃダメなところなのかしらね?
「ご承知の通り、私は身代わりになったんです。好きとか嫌いではなく、もう、やるしかないんです」
「……は? なにそれっ」
あれ? なんか変なこと言いました? 合ってると思うんだけど。
「ステファン様だぞ? マクミリア公爵家のご令息だぞ?」
「存じておりますが?」
「好きだろ? ほんとはこの幸運に泣いて喜んでるんだろっ?」
なんでよ……。
「残念ながら、私は造形の整った男性も、お金や権力にも興味がありませんので」
「そんな馬鹿なっ」
馬鹿はあんただ。喉まで出かかって、耐える。
「ステファン様は仕事熱心ですし、心根のお優しい方だと思います。アンディ様も、そういうところを尊敬なさっているのでしょう?」
「……勿論だ」
「そういう意味では、私もステファン様を尊敬しておりますよ? でも、異性として好きかという質問でしたら、今のところ横に首を振るしか……」
「頭おかしいのか、お前はっ」
指をさされる。いや、誰しも好みってもんがあるじゃない。
「ハッ、まさかお前……俺のことをっ」
「それはない」
敬語も忘れて突っ込みを入れてしまう。アンディは苦虫を嚙み潰したような顔をして私を見たが、知ったことか。今の流れで「自分に気があるんじゃないか」などと思えるその神経を疑うわっ。
「失礼。私はこれで」
再び去ろうとするも、
「まだ婚約だけなんだよな?」
と聞かれ、立ち止まる。
「……そうですが」
「ってことは、まだ結婚が決まったわけじゃない」
「……はい」
「俺は、この結婚を認めたわけじゃないんでね」
うわぁ、めんどくさっ。あんたが認めるとか認めないとか、関係ないじゃない。ほんっと、いけ好かないんだよな、この人。
私はアンディの発言を無視し、扉を開ける。
「わっ」
「おっと」
ぶつかりそうになったのは、ステファン。
「ステファン様っ?」
ステファンは最近、こんな風に早い時間に帰ってくることがある。何の予告もないから驚いてしまう。
「ただいま」
ぎこちない動きで顔を引き攣らせる。……待って、さっきの話、聞かれてたってことないでしょうねっ?
「お帰りなさいま」
「ステファン様! 今日はお早いのですねっ」
私を押しのける勢いで、アンディ。しかしステファンはアンディの顔を見ると露骨に不機嫌な顔に変わる。……あれ?
「今日も二人で……ダンスの練習を?」
「ええ」
「そうなんですっ。オリヴィア様も頑張ってはいるのですが、なかなか上達しなくて大変なんですよっ」
ボク、頑張ってるんですアピールか……。
「そうか」
「でも安心なさってくださいっ、本番までにはきちんと踊れるように」
「オリヴィア、少しいいか?」
アンディの言葉を遮り、ステファンが私の方を見る。何やら思いつめた顔だ。
「なんでしょう?」
「食事の前に、俺の部屋に来てくれ」
「ええっ?」
声を上げたのはアンディ。いちいち煩いな。
「……わかりました」
部屋に来いなんて言われたのは初めてだ。もしかして、なにかあったのだろうか?
「では、あとで」
なにか言いたそうな顔をしていたけど、その「なにか」をぐっと堪えるようにステファンはその場を去った。
「……おい、なんで呼び出されたんだ?」
アンディにそう聞かれるも、私だってわからない。
「なんでしょうね。私にもわかりません」
そっけなく返すと、アンディに頭を下げ、私も部屋を後にした。




