第十話 数多なる「仕切り直し」
私は壊れかけたロボットみたいな動きで、振り向いた。
「あ、あの……」
「オリヴィア、その二人はなんだ?」
怪訝な顔で二人を睨みつけるステファンに、一体目の前の二人をどう紹介すればいいというのか! そんな私を完全無視し、始まったのは三文芝居。
「あなたが、かのステファン・マクミリア様ですかっ?」
眉を八の字にし、手を組んで懇願するかのようにステファンに詰め寄るのは、本物のオリヴィア・ルナール。
「……そうだが」
「私はセレナ。こちらはハンスです。オリヴィア様の侍女をしておりましたっ」
「なにっ? ではお前たちがオリヴィアの荷をすべて売り捌いて逃げた二人か!」
「申し訳ございませんっ。しかしこれには深いわけがあるのですっ」
「深い……わけ?」
当事者である私を置いてけぼりに、話はどんどんと進む。
「オリヴィア様は、私たち二人の恋を後押ししてくれた心優しきお方なのです!」
「なに?」
「なにっ?」
ステファンと私、思わずハモる。どういう設定なのよっ?
「私はただの侍女。ハンス様は男爵家の近衛騎士。身分違いの恋でありました」
「身分違い……」
ステファンが一瞬だけ、私をチラッと見た。
「ハンス様には縁談の話があり、このままでは私との仲は裂かれてしまう。それを知ったオリヴィア様は、今回の縁談をいい機会と捉え、私とハンス様を逃がそうと……」
「……つまり、自作自演だった、と」
ステファンがまた、一瞬だけ、私を見る。
「オリヴィア様はとてもお優しい方です。ステファン様にどのような嘘をついたのかは存じ上げませんが、自らを犠牲にしてでも相手を想う気持ちを持つ、素晴らしいお方なんですっ!」
目に涙を溜め、力説する本物オリヴィア。
「そうなのですっ。そんなオリヴィア様に、私たちはつい、甘えてしまい……。大変申し訳ないことをしたと思う反面、そのお気持ちに心より感謝をし、いただいたこのチャンスを無駄にすることなく、二人で幸せになることこそがオリヴィア様への恩返しなのではないか、と」
饒舌な喋りを披露したのはハンス。似たもの夫婦か、おいっ!
「……そういうことだったのか」
ステファン、信じた!?
「オリヴィアの様子がおかしいことには気付いていた。公爵令嬢らしからぬことをしてみたり、かと思えば急に自分を装うような、心にもない発言をしてみたり……」
「それは、私たち二人の身を案じて、心ここにあらずだったのかもしれません」
「そう……か」
違います。
「あの……私がこんなことを言うのはどうかと思うのですが、ステファン様はオリヴィア様のことを……その、どうお思いなのですか?」
「ちょ、なにを言ってっ」
止めに入ろうとする私を、本物のオリヴィアが制する。
「心優しきオリヴィア様の身の上を、私たちは案じております! ステファン様は女嫌いというお噂もありましたし……」
「それはっ……」
ステファンが言い淀む。
「そうだな。心配に思うのも無理はない。だが、今の俺はオリヴィアを……その」
「オリヴィア様をっ?」
本気で前のめりになるのやめてくださいよオリヴィア(本物)様!
私は我慢ならずに、二人の間に割って入った。
「そこまでっ! もうやめましょうこんなこと!」
大きな声を出した私を、ガッカリした顔で見つめるオリヴィア(本物)と、頬を染めるステファン。
「……そうですね。ここから先はお二人の問題ですものね」
オリヴィア(本物)が静かに目を閉じた。
「では、オリヴィア様、どうぞお元気で。私たち、オリヴィア様の幸せを心から祈っております。本心ですよ?」
「あ、えっと……はぁ」
なんも言えねぇ。
「では、ステファン様、くれぐれもオリヴィア様のこと、よろしくお願いいたします」
オリヴィア(本物)とハンスが深々と頭を下げる。ステファンが大きく頷いた。私だけが蚊帳の外だ。
「オリヴィア様!」
去り際、本物が偽物に抱き着いた。そして私にだけ聞こえる声で、宣言した。
「たった今から、あなたがオリヴィア・ルナールになるのよ。楽しんで!」
キーッ! 楽しめるわけなかんべよ~~~!
◇
二人が去った後、しばらく無言だったステファンがぽつりと言った。
「君は……すごいなオリヴィア」
は? どこが? たった今、主君にすべての責任擦り付けられただけの可哀想な侍女ですけど?
「すごい……とは?」
「ああ。だって……あの二人のためにここまでするんだから。真実の愛を守りたかった……そういうことなのか?」
いえ、全然。
とはいえ、もうこうなったらそういうことにするしかないのか……。
「私は……あの二人が幸せであるならばそれでいいです」
嘘ではない。あの二人には幸せになってほしい。だってそうじゃない? 私の人生を賭けて送り出したようなもんなんだからね? これで出戻られた日にゃ、何発か殴らせてもらわないと気が晴れそうもない!
「……なぁ、これは俺の、ただの想像なんだが」
「なんですか?」
「オリヴィアは……もしかしてあの近衛が好きなのか?」
「ええ、そうです」
そうよ、オリヴィアはハンスのことが好き。そんなのさっき分かったでしょうに……。
――って……やばっ! 今ステファンが言ったオリヴィアって、もしや”本物”じゃなくて、”私”の方だった……?
「やっぱりそうなのか……。君が婚約破棄されたかったのは、どこまでも愛に誠実であるが故のことだったのだな」
やっぱそっちかーっ!
「あっ、いや、そのっ、そうじゃなくてっ!」
慌てて否定したが、時すでに遅しだった。ステファンの中で私、“自分が思いを寄せていた相手であるハンスを、侍女との恋愛成就のために見送った、とんでもなく寛大な悲劇のヒロイン”ってことになってるっ?
「君には本当に驚かされるよ。深い愛情と、決意……。そして俺は、そんな君を、心から尊敬する」
「そんな、ステファン様っ」
誤解するにも程がある!
「君の優しさに漬け込むようで本当に心苦しいが……聞いてくれるか?」
ステファンがその場に跪き、私の手を握った。
「ちょっと、ステファン様、なにをっ」
公爵令息という立場のステファンが跪いたことに動揺する。結果、しゃがんで目線を合わせてしまう。
「なんで君までしゃがむんだ?」
「だってっ」
「ぷっ、本当に君って人は……」
ステファンが立ち上がり、手を引き私を立たせると、まっすぐに目を見て、言った。
「この縁談は、政略結婚だ。だが俺は……オリヴィア、君と結婚したいと心から思っている。こんな気持ちにさせてくれたのは君が初めてだし、きっと君以外にこんな気持ちになることは、今後二度とないだろう。困難なこともあるかもしれない。だが、俺と結婚してくれないか?」
ぷ……プロポーズぅぅぅ! 勘違いマックスで私が聖人みたいになっちゃってる状態での、求婚! こんなの頷けるわけがないでしょうがっ!
「待ってくださいステファン様っ。ステファン様は本当の私を知らないのです! 退屈で、つまらない人間ですよ? 特に美しいわけでもなく、特別な力があるわけでもない。心だって広くないです!」
「器が大きく、寛大で優しいではないか」
「ずぼらで適当でいい加減なだけですっ」
「物は言いようだな」
ふっと笑みを漏らすステファン。
「私など、とてもステファン様に相応しいお相手ではありません」
なおも続ける私に、ステファンが告げた。
「それを言うなら、俺だって君に相応しい相手ではないんだ」
俯き、顔を曇らせる。
「オリヴィア、一緒に来てくれないか?」
そう言ってステファンが私に手を差し伸べた。その真剣な顔を見て、私はつい、素直にその手を取ってしまったのだ。




