[ホラー短編]振り返ってはいけない神社ー3
「ひ、秀頼! 動くな!」
ゆうとの叫び声に、秀頼は石のように固まった。
自分の影が、まるで意思を持ったアメーバのように畳の上を這い、ゆうとのつま先へと指を伸ばしている。その「影」には、秀頼にはないはずの長い髪のような輪郭が混じり始めていました。
「……ばあちゃん、これ、どうすればいいんだよ!?」
秀頼の声が震える。
祖母は一瞬、険しい表情でその影を睨みつけたが、すぐに立ち上がると仏壇の奥から一束の古い「麻の紐」と、濁った水が入った「小さな瓶」を取り出した。
「ゆうと、秀頼の手をしっかり握りなさい! 離しちゃダメだよ。影が混ざり合おうとしている。二人まとめて連れて行こうとしているんだ!」
ゆうとは反射的に秀頼の右手を掴んだ。秀頼の手は氷のように冷たくなっていった。
「いいかい、今からこの水を影に撒く。その隙に、二人はこの麻の紐を自分たちの手首に結びつけるんだ。これは『結界』の代わりになる。絶対に、影に自分の名前を呼ばれても返事をするんじゃないよ!」
祖母が瓶の水を影に向かって勢いよく振りまいた瞬間、畳から「ジッ……」という、肉が焼けるような嫌な音が響いた。
影が苦悶するようにのたうち回り、その動きが止まった隙に、二人は必死で麻の紐を互いの手首に巻き付けた。
すると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『……ゆうとくん……』
『……ひでより……』
それは、亡くなったはずの親戚の声のようでもあり、あるいは実母の声のようでもありました。優しく、どこか懐かしい響き。
「……母さん?」
秀頼が思わず口を開きそうになった瞬間、ゆうとがその手を強く握りしめた。
「ダメだ、秀頼! それはあいつだ!」
声は次第に低く、おどろおどろしいものに変わっていった。
廊下から聞こえていた『ジャリ……ジャリ……』という音が、今度は居間のすぐ外、縁側で止まった。
「……カエセ……ソレ……オレノ……」
言葉にならない唸り声と共に、縁側の障子に、巨大な「手」の影が映し出された。その手は、障子紙を突き破ろうと、不自然な角度で指を曲げてる。
「おばあちゃん、入ってくる!」
「落ち着きなさい! 紐を離さなければ、あちら側には引き込めない!」
祖母は鋭く叫ぶと、火打石をカチカチと鳴らし、二人の背後に向かって火花を飛ばした。
「去れ! ここは生者の家だ! 山へ帰りなさい!」
その瞬間、家全体を激しい突風が吹き抜け、電球がパシッと音を立てて消えました。真っ暗闇の中、ゆうとと秀頼は、ただお互いの手の温もりだけを頼りに、必死に目を閉じた。
数分後。
静寂が戻り、ゆうとが恐る恐る目を開けると、部屋の中には月明かりが差し込んでいた。
「……消えた、のか?」
秀頼が呟き、自分の足元を見ます。そこには、月光に照らされた「普通の」自分の影が、一つだけ伸びていました。
「……助かったんだな」
二人は安堵して座り込みましたが、祖母の表情はまだ晴れない。
「……ゆうと、秀頼。今夜はここで寝なさい。ただし、明日の朝まで、一言も口をきいてはいけないよ。 影は消えても、あいつらはお前たちの『声』を覚えているからね」
二人は無言で頷き合いました。しかし、ゆうとは気づいてしまった。
自分たちが巻いたはずの麻の紐が、いつの間にか「真っ黒」に変色していることに。




