夫を奪還する
ちょっと長くなっちゃいました
カーライルが帰ってこなくなって二ヶ月が経った頃、王女殿下からティーパーティへの招待状が届いた。
夫との不仲説、もしくは王女とカーライルとの熱愛説見せつけるつもりでしょう。魂胆が見え見えだわ。
だけどこちらの準備も整った。いい加減に私のお姫様を助けにいかないとね。
「戦に行くとしましょうか。準備してちょうだい」
「旦那様をお迎えに行かれるのですか?」
「ええ、そうよ。今日は二人で帰ってくる予定だから、食事も二人分用意しておいてちょうだい」
「わかりました。お二人のお好きなものを用意しておくよう、料理長に伝えておきますね」
「ふふ、楽しみにしているわ」
メイドはいつにも増して気合いを入れて準備をしてくれた。
さあ、行きましょう。
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「あら、もう侯爵令嬢じゃないのに随分と遅い登場じゃない?」
「失礼、どうやら仕事のできない誰かさんが間違えて時間を記載していたようですね。ほら、招待状の時間はこの時間で間違いありませんもの。使用人の見直しをお勧めいたします」
私だけパーティの開始時刻が違っていることぐらいは想定済み。
招待されているのが王女の取り巻きばかりなのも。
遅れてきた私をジロジロと無遠慮に見るのも。
……そして、王女の後ろにカーライルが控えているのも。
ああ、なんてこと。
私のお姫様が少し痩せてるじゃないの。
結婚した時はあんなに幸せそうにしていたのに、顔は疲れ切って少しやつれている。目に光がない。
「新婚早々、夫君をお借りしてしまってごめんなさいね。でもこれも王族に仕える貴族の定めですもの。広い心で許してくれますわよね?」
「ええ、ええ、仕事だというのであれば」
「もちろん、仕事ですわ」
そう、仕事なのよ。あなたのそばにカーライルがいるのは。
気づかれないように少しだけ背後のカーライルを見つめる。私とは目を合わせずに仕事中です、みたいな顔をしているけれど私にはわかる。
あれは泣きそうなのを我慢してる顔だって。
ああ、早く抱きしめて撫でてあげたい。
「わたくし、今隣国の方との婚約の話が出ているんですの」
「まあそうなんですね」
本当は知ってるわ。あなたが知らないところまで。
あなたは婚約相手が隣国の王太子だと思っているようだけど、王太子じゃなくてただの侯爵家よ。それも20歳も年上よ。
仕方がないでしょう。公爵家と破談になった理由が隣国に知れ渡っていて、それくらいしか貰い手がいなかったんだから。陛下は直前まで隠し通すつもりみたいだけど。
「それでね、あなたの夫であるカーライルを護衛として連れて行きたいのよ」
「あら」
はいはい、そうきたの。
「昔から聡明で心の広いディアンナですもの。それくらい許してくれますわよね?」
こういう場だけ「ディアンナ」だなんて反吐が出る。カーライルも初耳の話のようだ。真顔だけど顔色が悪い。
そうよね。離れ離れだなんて耐えられないわよね。それは私も一緒。
大丈夫、そんなことにはならないわ。
カーライルを安心させるように、私はにっこりと笑って見せる。
「殿下が楽しみにしているところ申し訳ないのですが、いくつかお伝えしておくことがあるようですわ」
「まあ、まさか護衛に連れて行くのを拒否するわけではないわよね?王女について行くなんて名誉なこと。たかだか伯爵ごときのわがままで」
私が侯爵家令嬢から伯爵に爵位が下がったことで得意げね。それがどんなに愚かなことなのかも分かってないみたい。
「そうですねえ。わがままは言いません。ですが残念ながらリリア王女殿下には、わたくしの夫であるカーライルの人事権がありませんから。夫が隣国へ行くことはないでしょう」
さあ、返してもらうわよ。
「カーライルは私が指名して護衛騎士になったのよ!なのにどうしてそんなことが言えるのよ!」
「ええ、ええ、指名した時点では確かにその権限がありましたわよ。殿下はご存じなくて?ひと月ほど前に新しく労働に関する規則ができましたの」
余裕そうな私に、何か策があることを察して焦る殿下。
そうよね、今までもそうやって私にやられてきたのだから、このままじゃ負けるって察しているのよね。その通りよ。
呼ばれた取り巻き令嬢たちも、私たちの様子にたじろいでいるのがわかる。
私はそのまま畳み掛ける。
「いやね、王城の労働環境が少し過酷すぎるんじゃないかと思ったのですよ。夫であるカーライルは所属が変わった途端帰ってこない。もしかしたらカーライル以外にも帰れていないものがいるんじゃないかと思いましてね。お父様とお兄様に相談して調査しましたの」
普段権力を使うことなんてないし、こういうやり方はあまり好まないけれど。
カーライルのこととなれば話は別。
「すると護衛騎士はみな家に帰れないというではありませんか!24時間いつでも殿下のわがま……お願いを聞くために睡眠時間も削っていると。増員をお願いしても聞き入れてもらえないそうではないですか。ええ、ええ、確かに護衛騎士は名誉な職です。ですがその名誉のために生活や健康を犠牲にするなどあってはならないことです」
「……」
王女殿下は悔しそうにしながらも何も言えずに黙っている。
「他にもそう言った部署がないか、城全体を見直しました。色々と問題点が浮き彫りになってきましてね?……ですから新たに労働に関する規則を細かく定めましたの。おかげで一ヶ月もかかってしまいました。
で、規則が施行されてからの一ヶ月間、殿下は規則を無視して過酷な労働を護衛騎士に強いています。何度か書面や王太子殿下を通じて警告もしていただきましたが聞き入れてもらえなかったため、ちょうど昨日から護衛騎士に関する権限を失っております。
カーライルが部署異動や結婚に関する休暇を申請していましたが無視していますよね?
ええ、これも規則違反です。旧規則からも違反しておりますわね。カーライルは近いうちに元いた騎士団へ所属が戻ります。隣国へはついて行きませんわ。殿下の輿入れについて行く騎士は、王太子殿下が選定することになります」
「お前、なんと勝手な真似を…!!」
「勝手ではございません。正式な調査、それからその結果を踏まえ正式な手順で議題を上げ、何度かの会議で決められたことです。これは宰相はもちろん、王太子殿下、陛下も承認していますわ。わたくしのわがままで決まったものではございませんので、誤解なきようお願いいたしますわ」
まあ、目的はカーライルだけれど。
「ふざけないで!!!まったく、伯爵ごときが生意気な!!」
「伯爵ごとき、というのは失言ですわよ」
「うるさいわね!!!!」
ああ、感情で喚くモードに入ってしまった。ここから彼女が疲れて諦めるまで長いのだけどどうしようかしら。
この際だからとことん舌戦してもいいけど、理屈が通じなくなってくるから疲れるのよね。
「お前は昔から本当に生意気だわ。ちょっと頭がいいからって、ちょっと可愛いからっていつもいつも調子に乗って!」
「調子に乗った覚えはありません」
「うるさいのよ!!」
「そこまで!」
逆上した王女殿下が立ち上がり今にもこちらに向かってきそうなところで王太子殿下と宰相である父上が庭へ入ってくる。あら、いいタイミング。
「やあやあやあ、うちの愚妹がすまないね」
招待された令嬢たちが一斉に立ち上がる。
「ああ、挨拶はいらないよ。そこの妹を回収しにきただけだから」
「お兄様!!この女が!!!」
「おいおいおい、リリア。ディアンナの父上の目の前でそれはだめだろう?ごめんね、ディアンナ」
「気にしていません」
王女殿下の取り巻き令嬢たちは立ち上がったまま、突然現れた王子に見惚れている。
この王子のどこがいいのかしら?
私と王太子であるミハイルは、いわゆる幼馴染である。
幼い頃から何度も殿下の遊び相手としてお兄様と一緒に登城していた。
元々はミハイルと私の間には婚約の話があったらしい。けれど面倒くさがったお父様がそれを黙殺し、カーライルと私を引き合わせて、話をまとめた。
私とカーライルの婚約がまとまるのが早かったのはそういう事情だったらしい。
陛下は私とミハイルの婚約を諦めたけれど、私の頭脳を使うことは諦めていなかった。私とミハイルの交流を続けさせた。おかげさまで今でもミハイルはヘラヘラと屋敷に遊びに来ては何かと政の相談をしにくる。
負担ってほどじゃないから引き受けてたにすぎないけれど。
今回は、今まで知恵を貸してきたお返しとして色々と協力してもらった。
王太子殿下を馬車馬のように働かせて最速で法案を通した。色々と文句を言われたけど、元はと言えばミハイルと陛下が王女殿下を管理しきれていないのが悪い。
「ミハイル殿下、カーライルはここで本日の勤務終了としてこのまま連れて帰ってもよろしいですか?」
「ああ、それを言いに来たんだ。カーライルもすまなかったね。明日からとりあえず五日休んで。そのあとは元いた騎士団に行くようにしてくれ。話は通してある。以前申請されていた結婚休暇も取れるようにしてある。時期は団長と相談して好きにしてくれ」
「ありがとうございます。……ディア!」
カーライルは業務終了とばかりに表情を切り替え、私にかけ寄り思いっきり抱きしめる。
ああ、カーライルの匂いだ。一ヶ月ぶりだわ。
「わ」
胸に埋もれてニオイを堪能していると抱き上げられる。
「カーライル!」
「ではみなさま、失礼致します」
「カーライル、頼むからディアンナの機嫌をとっておいてくれよ。ここ一ヶ月馬車馬のように働かされたのだから。お前たちが新婚旅行に行ってる間、私は存分にサボらせてもらうからな」
「わかりました。……帰ろう、ディア」
カーライルは人目も気にせず、私を抱き上げたまま城を後にする。私と王女殿下の仲は有名だし、ここ最近カーライルが城に閉じ込められていたのもまあまあ知れ渡っていたことだから、すれ違う人みんなに生暖かい目で見られている気がする。
「……恥ずかしいわ」
「んー、でも体がいうことを聞かなくて。下ろせそうにありません」
「わかってるわよ。我慢する」
出口にはお兄様かお父様が手配してくれたんだろう、侯爵家の馬車が待っていた。
「ディア、ディア……あー、ディアだ。泣きそう。会いたかった」
馬車に乗るなり抱きついてくるカーライル。ぐすぐすと鼻を啜っているあたり、本当に泣いているのかもしれない。
「ふふ、私も会いたかったわ。私の可愛い可愛いお姫様」
「……今回ばっかりはお姫様と呼ばれることに文句を言えませんね。見事に助け出されてしまいました」
「かっこよかったかしら?」
「完璧です。惚れ直しました。僕だけの王子様だ」
よしよしと背中を撫でてあげれば、お返しとばかりにぐりぐりと額を押し付けてくる。
「寂しかった?」
「……!当たり前です!手紙のやり取りも満足にできず、毎日くだらない用事で呼びつけられるし、ディアの悪口まで聞かされて本当に不快でした。あと少し遅かったら、僕が彼女をどうにかしていました」
「間に合ってよかったわ。まああなたが犯罪者になって、二人で世界中を逃げ回るのも悪くないけど」
「もう。甘やかさないでください」
「ふふ」
胸の中にいる愛しいブロンドを撫でる。
「これから五日間、たーっぷりずーっと一緒に過ごしてもらうわよ。お兄様にも仕事はしないって宣言してあるから。そのあとカーライルは一日だけ出勤して、新婚休暇をもぎ取ってくる。そして私たちは一ヶ月の旅行へ行く……って計画を立てているのだけど、どうかしら?」
「……最高です」
蕩けそうなくらい甘い笑みを浮かべて見上げてくる、私のかわいい夫。ああ、やっと腕の中に戻ってきた。可愛いお姫様。
屋敷に着いたらうんと甘やかしてあげて、それから甘やかしてもらおう。




