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影動く  作者: 荒ぶる猫
1/1

タイトル未定2025/08/15 03:32

私の影は、落ち着きがない。

太陽の位置が変わらないのに、影だけがフラフラと揺れ、ソワソワしている。

横断歩道で片足を上げた瞬間、押さえが外れたようにスルリと先へ走っていく。


私は慣れたもので、素早く歩を進め影の足先を踏みつける。

影は床に縫いとめられたようにおとなしくなり、しぶしぶ私の形をなぞる。

こんなこと、他人には聞けやしない。

もし「影が落ち着きなく動く」なんて知られたら――見た目は落ち着いて頼りがいありそうなのに、と笑われるのが目に見えている。


それでも、もし影が逃げ出したら、ビルの大きな影に身を隠してやり過ごすしかない。

幸い私の影は、五分か十分も散歩すれば戻ってくる。

だが今日は待っている時間がない。

足をしっかり地面に押しつけ、一歩一歩進む。両足が浮いた瞬間、影は足元から抜け出してしまうから。


中学時代、私はバスケットボール部に入りたかったが、この性質のせいで諦めた。

ジャンプなどもってのほか。

結局、文化系の書道部で過ごした。


真夏の強い日差しの下では、真っ黒になった影がいちばん元気だ。

片足をつけていても、足を引っ張っていく勢いで揺れ動く。

最近は男性でも日傘を差すことが珍しくなくなった。

私は日傘で、自分の影の上に影の重しをかけ、動きを封じている。


その日、会社に入ると、いつもはシャキッとしている女子社員が、おずおずと近づいてきた。

「すみません……私の影をお見かけしませんでしたか?」

意外な言葉に目を瞬かせる。

「課長は歩き方から、影が動くタイプの人だと思って……恥を忍んで」


私は初めて、自分以外に“影が動く人”に出会った。しかも、こちらの影の癖まで見抜かれている。

「私の影は、十分もすれば戻ってくるが……君の影は違うのかい?」

「はい。今までそんなに離れたことなかったんです。もう恥ずかしくて、誰にも聞けなくて……」


私と彼女は、影探しを始めた。

ビルの谷間や、樹の下、街灯の足元……影が好みそうな場所をのぞいて回る。

「私の影、すぐに他の影に紛れるんです。離れている間、何をしているのかも分からない」

彼女は周囲を気にして早足で歩く。

影がない大人は、周りから見ればおかしく見えるだろう。


そのとき、ビルの合間から突風が吹き込み、私の日傘をひったくろうとした。

軽く跳び上がり、傘を取り戻す――その瞬間を、影は見逃さなかった。

足元からシュルシュルと形がほどけ、道路を駆け抜け、ビルの影に吸い込まれていく。


「……私のも、行ってしまったよ」

照れ隠しに笑うと、彼女も苦笑した。

二人でビルの影に佇み、通り過ぎる人々の視線から身を守る。


やがて、見覚えのある影が一つ、小柄な影が一つ、こちらへ近づいてきた。

小柄な影は彼女の足元へすぃっと吸い込まれ、元の形に戻る。

私の影は、連れ帰ってきたというより「もう少し遊びたい」とでも言うようにゆらゆらと揺れた。

「ビルの影が消える前には戻ってこいよ」

そう告げると、影は嬉しそうにまた走って行った。


自分の影の管理もできないようじゃ、自己管理能力を疑われるかもしれない。

彼女は私にお礼を言い、職務に戻っていった。


――他の人は、どうやって影と付き合っているのだろうか。

本当に、不思議なものだ。

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