第5話 大浴場
竹の葉が風に揺れ、さやさやと夜の歌を奏でていた。差し込む月の光が、廊下に淡い影を落としている。
なんて神秘的なんだろう。
カレンは思わず足を止めた。夜の風、月の光、揺れる竹、そしてこの回廊。あまりにも幻想的で、美しかった。
見上げると、竹の隙間から月がのぞいている。雲も風も、目に映るすべてが、計算された美しさを持っていた。
その空気にすっかり呑まれていたカレンは、目的の場所に着いたことに、声をかけられるまで気がつかなかった。
「こちらが大浴場でございます」
前を歩いていたユカワが、柔らかく言った。
カレンは促されるまま、その扉をくぐった。
――なんだよ、これ。
目の前に広がっていたのは、想像をはるかに超える光景だった。
大きな湯舟に、乳白色の湯が静かに湯気を立てている。
床も壁も、ぬくもりのある木材で造られており、空間全体が柔らかい光に包まれているようだった。
湯舟は広々とした庭に面していた。
竹や石灯籠が配され、自然そのものと溶け合うように、静かに、そして美しくそこにあった。
ふと視線を移すと、手前に一枚のガラス戸があることに気づく。
その瞬間、自分がまだ屋内にいたのだと、カレンはようやく理解した。
こんなにも澄みきったガラス、この時代に存在するはずがない。
カレンが気づかなかったのも無理はなかった。
――これが、風呂?
カレンにとって“風呂”といえば、小さな木桶に湯を張って、一人で浸かるものだった。
こんなに広くて、しかも豪勢な風呂なんて……想像すらしたことがない。
「湯あがりには、あちらの椅子をご利用ください。転倒防止のため、床は滑りにくい素材になっており……」
ユカワが丁寧に説明していたが、カレンは立ち尽くしたまま、その声はまるで遠くの出来事のようにしか聞こえなかった。
ようやく現実に引き戻されたのは、説明が終盤にさしかかったころだった。
「……衣類はこちらで回収し、洗濯いたします。着替えもご用意しておりますので、脱衣籠にお預けください」
カレンは反射的にうなずいた。
「また、身の回りのことにつきましては、同姓の者――リーファがご対応いたします」
「……え? ああ、うん」
なんとか返事はできたが、思考はまだ混乱したままだった。
あまりに手厚い待遇に、頭がまったく追いついていない。
呆然としていると、ユカワはほんの少し微笑み――
「それでは、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
そう言って、静かに身を翻し、出入口の方へと向かっていった。
その背中を追うように、リーファもあとに続いた。
扉が閉まり、脱衣所には彼女――カレンひとりだけが残された。