第2話 衝撃の宿泊料
中に足を踏み入れた瞬間、カレンは思わず立ち止まった。
目の前に広がっていたのは、自然と調和した、静けさに満ちた空間だった。
磨き込まれた木の床には、やわらかな光が静かに降り注ぎ、壁際には季節の草花が丁寧に飾られている。竹や石を組み合わせた素朴な装飾が、空間に控えめな彩りを添えていた。
どれもありふれた素材のはずなのに、すべてが計算され尽くしたように調和し、どこを見ても隙がない。
そんな感慨に浸っていたカレンは、ふと視界の端に人影を捉え、そちらへ視線を移した。
少し離れた場所に、一人の男が立っていた。
見慣れない衣をまとい、身体に布を巻きつけたようなその装いは、どこか異国めいていて、妙に上品だった。
すでにこちらに気づいていたのだろう。男は静かにこちらへ体を向け、落ち着いた笑みを浮かべながら口を開いた。
「……いらっしゃいませ。森の湯宿、翡翠亭へようこそ」
男は穏やかな微笑みを浮かべ、静かに頭を下げた。
そこには、緊張感も威圧感もなかった。礼節だけが、静かに滲んでいた。
「……すまない。この宿の人間か?」
「はい。当館の主人、湯川と申します」
はっきりとした口調ながら、どこか柔らかさを含んだ声だった。動き一つひとつが丁寧で、その立ち居振る舞いすべてが、まるで型に嵌められた美のようだった。
カレンは目の前の男をしばし見つめ、それから口を開く。
「私はカレン・バルディア。A級冒険者だ。……魔獣の討伐任務中に仲間とはぐれて、この森を彷徨っていた。疲労も限界でな……一晩、泊めてもらえないだろうか?」
男は穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに頷いた。
「かしこまりました。本日はお部屋に空きがございますので、ご宿泊いただけますよ」
その返答に、カレンはほっと息をついた。
「……ありがとう。助かったよ。ああ、ちなみに金のことは心配しないでくれ。一応、A級冒険者だからな」
やや得意げにそう言うと、男は変わらぬ微笑みで応じた。
「かしこまりました。では、ご宿泊プランのご説明をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
カレンがうなずくと、男は落ち着いた口調で続けた。
「ご宿泊プランは三つございます。
それぞれ、サービスの内容に応じてランクが分かれておりまして、ご利用料金は──下から順に、五万、十万、三十万ゴールドとなっておりま――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
カレンは慌てて手を上げ、男の言葉を遮った。
「五万、十万、三十万……って、冗談だろ? 本気なのか?」
ユカワ――宿の主人は、相変わらず穏やかな笑みを浮かべ、静かにうなずいた。
「いやいやいや、城下町の高級宿だって一万ゴールドくらいだぞ!? 五万ってなんだ、三十万って何なんだよ!」
「当館の設備とサービスに見合った料金を頂戴しております。どうか、ご理解いただければと存じます」
カレンは思わず頭を抱える。助かったという安堵と、とんでもない場所に迷い込んでしまったという衝撃が、同時に押し寄せていた。