ギリシャ神話詩『アテナ讃歌』
世界の神話伝説や歴史を題材にした詩、まさかまさかの第10弾。アポロン、ゼウス、アプロディテに続いて、今回はギリシャ神話の知恵の女神アテナを讃えます。この御方、今までどうにも好きになれずにいたのですが(アテナ様ごめんなさい!)、今回詩をつくるうちに、少し好感が持てるようになりました。
詩女神よ歌え、オリュンポスの峰に座し、
この世見はるかす神々の 中でもわけて知恵深き、
女神アテナの讃歌を。
おお、狡知のクロノスが御子、雲を集め、雷走らせるゼウスの頭より、
生まれ出でたるパラス・アテナよ。
御身ほど賢き神は他になく、父神ゼウスを除いては、強き神も他になし。
己が館では、自ら仕立てた長衣身にまとい、鮮やかな手さばきにて機織る淑女。
されど一度鎧兜を身につけて、右手に槍を、左手に神の盾持てば、
敗走の神と恐怖の神従えし 荒ぶる軍神アレスをも打ち負かす。
また、大地に戦の炎が燃え立てば、オリュンポスの峰より翔け下り、
己が都市守るギリシャの民の 背後にふわりと舞い降りて、
手足に力を、頭に知恵を、胸には勇気を吹き込む御方。
ギリシャ第一の都市 アテネを守る神の座めぐり、
大地揺るがす海の神ポセイドンと競いしときは、双方、アテネの民に何かを贈り、
民が喜びし方をば勝者となさん――大神ゼウスはかく定め給う。
先手を取りしは海の神。三叉の矛もて大地を穿ち、清き泉を湧き立たせる。
されど、おお――アテナよ、御身は慌てず、落ち着き払い、泉の水が塩辛く、飲めぬ海水なりと即座に見抜く。
一方自らは、大地に槍を突き立てて、変じさせたりオリーブの たわわに実る大樹へと。
オリーブこそは神からの げに喜ばしき贈り物。
ゆえにアテネの民は「御身こそ、我らが町の守り神!」と喝采す。
そして偉大な女神をたたえ、アクロポリスの頂に、築き上げたり、美々しき神殿。
後に東の大国ペルシアに、攻められ無残に焼け落ちたるが、
将軍ペリクレスの意思により、建て直されたり、より美しく。
名高き建築家にして彫刻家 フェイディアスが指揮を執り、
ペンテリコンの真白なる 大理石をば、数多用いて。
これぞ人呼んでパルテノン、「処女の部屋」なる白亜の神殿。
その内にては御身の巨象――フェイディアスが象牙と黄金もて、つくり上げたるアテナの像が、参拝者らを見下ろしたり。
されど、ああ――この世は無常にして、時の流れもまた無情なり。
今や白亜の神殿は朽ち果てて、御身の像も失われたり。
御身のためにかぐわしき 香を焚きしめ、牡牛の贄を 焼いて捧げし
ギリシャの民の、輝かしき時代も過ぎ去りぬ。
御身の町なるアテネにて、かつて咲き誇りし民主政、
その規律も今では緩み、扇動政治家が口先をもて、民を惑わす衆愚政治となり果てぬ――そう嘆く者も少なからず。
民が選びし代表たちは、金と権力に目がくらみ、怪しげなる神霊崇める教団と手を結び、離れ難きほど癒着したり。
民衆もまた、平和と豊かな暮らしに慣れるがあまり、政への関心薄れ、
水もて割らざる葡萄酒と賽子、色事に現を抜かす体たらく。
おお、輝く瞳の女神アテネよ。我は御身に、請い願わん。
無知の闇に閉ざされし、この世に今一度 授け給えよ、知恵の光を。