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幽閉聖女と供物の騎士

作者: てへぺろ

※冒頭で、ささやかですが、血を舐める描写があります。

 懐からとりだした短刀で、クラウスは自身の左薬指の先を浅く切り裂く。跪いてうやうやしく差し出した。


 その可憐な口元に差し出される無骨な手を両手で支えて、アリシアは溢れる血に唇を押し当てる。それはびっくりするほど甘く感じられて、さらに求めるように舌を這わせた。


 ぴくりと無骨な手が震えた気がして、思わずアリシアは両手でその手をぎゅっと押さえる。クラウスの手は大きくて、厳しい鍛錬の成果だろう、皮膚が分厚くそしてとても熱い。その熱にもっと触れたくて舌を這わせて指先を吸う。


 どれだけそうしていただろう。


「すみません、本日の供物は、もうこのへんにしていただけませんか」


 クラウスの言葉に、アリシアは、はっと我にかえり、軽くのけぞるように彼の手を離した。知らず夢中になっていたのを見透かされたようで、とても顔が熱い。


「いつものように言祝ことほぎの神歌しんかをお願いします」


 アリシアの胸のうちなど知らないのだろう、事務的な声とともに、クラウスが窓に近づく。彼が透明なガラスに触れた途端、最初から無かったようにガラスが消え去る。清涼な外の風が部屋の中に吹き込むのは昨日ぶりだ。


 二人がいる部屋は、高い塔のてっぺんに位置する、ぐるりと丸い部屋だった。他には誰もいない。調度品はほとんどなく、簡素なベッドと備え付けの机と椅子があるだけ。床も壁も、調度品も一面真っ白だ。


 その部屋の南側に位置する、くり抜かれたような横長の大きな四角い窓。その窓際に立つクラウスの向こうにどこまでも広がる草原や遠くに青く霞む山々が見えた。


「こちらへ」


 硬質な声とともに差し出される手。青を基調とした騎士団の制服に、精悍な身体を包んだクラウスは、窓際の陽光に照らされて、この真っ白な部屋の中で強い色彩を放つ。

 白く華奢な手を重ねれば、ぐっと力強く窓際まで引き寄せられる。風がまたひとつ吹き、アリシアの銀の髪を揺らす。窓の縁からすぐ下を見れば、真下を蟻のような兵士達が何人も隊列を組んで行進しているのがみえた。


「あまり乗り出すと危ないですよ」


 耳元で囁く低い声とともに、後ろから腰に腕をまわされて抱きしめられる。


「っ………」


 逞しい腕の感触と背中に感じる熱。思わず声が出そうになるのを、アリシアはぐっと堪えた。クラウスは、アリシアよりも随分と身体が大きい。すっぽりと彼の体温に包まれる感触に、一瞬、ぎゅっと目をつぶる。

 昔は同じぐらいの背だったのが、今となっては信じられない。

 髪に感じる重みは、きっと彼の頬だろう。あの漆黒の瞳は、きっと、いつもどおり何の感情も浮かべてはいないだろうけど。


(これは、ただ窓から落ちないようにしているだけだから)


 跳ねる鼓動をなだめるように、アリシアは自分に言い聞かせる。


 アリシアのように『塔の聖女』と呼ばれて幽閉される彼女たちには、常に逃亡や自害の可能性がつきまとう。特にこの、言祝ぎの神歌を歌う瞬間は一番危険だと言われている。大抵、なんらかの形で拘束されながら歌うのが常だ。


 ひとつ、深呼吸をし、心を落ちつけて、アリシアは窓の外に向かって歌を紡ぐ。朗々とした無数の金糸を思わせるその響きは、風に乗り、山に、大地に、そして地上にいる人間たちに降り注ぐ。


 ひとしきり歌い終わっても、しばらくクラウスは動かなかった。アリシアの身を包む熱も、腰にまわされた太い腕も、ぴくりとも動かない。

 どうしたのだろうと思い顔をあげれば、予想よりずっと穏やかな漆黒の瞳と日に焼けた肌。慌てて目を逸らすのと、クラウスが抱きしめていたアリシアを離すのは同時だった。


 クラウスは、素早く窓ガラスを元に戻し、うやうやしく一礼した。


「本日も、我らのためにありがとうございました」


 まるで、そう言うことが決まっているから仕方なく言っている、そんな雰囲気に満ちた口上を述べ、そのまま素早く窓とは反対側の扉へと向かう。

 つるりと何もないその壁にクラウスが触れれば、たちまち扉が現れた。さっと扉を開け、閉じ際にちらりとアリシアの方に目をやり、無言で扉を閉めた。ガチャリと扉が閉まる音が終わらないうちに、まるで最初から何もなかったようにつるりとした壁が現れた。


 扉が消えるのと同時に、アリシアは思わず、その場にぺたりと座り込む。両手を頬に当てれば、いつものように熱い。


「明日も、来てくれるかな」


 日に一度の、ほんのひと時の邂逅。

 さして言葉を交わしもせず、ただ事務的な対応しかしてくれないのは、ずっと前から変わらない。


 それでも、彼に会えるのならば、世俗から切り離されたこの塔の中に閉じ込められているのも、悪くないとさえ思えるのだった。



 ◇◇◇


 扉が完全に消えるのを待って、壁に背を預けそのままずるずると座り込む。


「んん、今日も、アリシアすっごい可愛かった」


 絹糸のような銀の髪に、紫水晶の瞳、陶器のような白い肌。あの華奢な身体を仕事の一貫とはいえ、先程まで腕の中に納めていたとか、いまだに夢ではないかと思ってしまう。歌が終わっても、離しがたくて抱きしめてしまったことに、気づかれただろうか。

 大きく息を吐く。先程までバレないように耐えていた胸の鼓動が、手にした自由を謳歌していて、思わず胸を押さえた。


「聖女の契約結んで一週間でこれとか。今まで我慢できてたのに」


 聖女の契約⸺男の体液を供物として捧げるかわりに、強力な加護を得ることができる契約だ。


 特異な力を持つアリシアの一族は、一定の手順で契約を結び、対価として供物を捧げることで、様々な力を発揮する。


 アリシアとクラウスは、一週間前に聖女の契約を結んだばかりだった。クラウスの体液を供物として捧げる代わりに、アリシアはこの駐屯所全体に加護を与える。


 一週間前、アリシアが聖女としての任務につく際に、供物の候補は三人いた。その男達の中から、自分を選んでくれたと知って、クラウスは飛び上がりたいほど嬉しかった。ずっと、彼女のそばにいたのはクラウスだったし、この先も自分以外の男が彼女のそばにいるなど、考えられなかった。


 初めてアリシアに会った時の衝撃と胸の痛みは今でも覚えている。


 十年前。

 その頃まだ、クラウスはペイジとして騎士団の下働きをしていた。

 彼女の里を滅ぼし、捕虜として捕らえられたアリシアの世話係として配属されたのがクラウスだった。

 傷だらけの煤けた顔に、涙も浮かべずぼんやりしている少女は、それでも美しくて、思わず見惚れずにはいられなかった。

 なんとか、彼女に笑ってほしくて元気になってほしくて、甲斐甲斐しく世話をしたものの、結局クラウスはアリシアの故郷を滅ぼした男達の仲間。心を開いてくれることなど、最初から期待してはいない。


 両手の平を開いてじっと見る。その指先にはいくつもちいさな切り傷があった。


 ⸺わざわざ傷つけなくても、唾液とかで良くないか?


 他の聖女と契約を結んでいる先輩騎士にそんなことをいわれたりするものの。それが何を意味するかくらいクラウスもわかるわけで。


 そんな、彼女に余計嫌われそうなことなど、できるわけがなかった。


「一度でいいから、笑顔が見たいな」


 思わずつぶやいて、愛おしげにその指の傷を撫でた。

読んでいただき、ありがとうございます。

両片思い、素晴らしい……そんな気持ちで書きました。


もし良いなと思われましたら、評価、ブクマいただけると嬉しいです。


同志よ、とか思いつつ執筆のモチベーションにいたします!

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