男爵令嬢は姉にさっさと結婚してほしい。
「私、王子様と結婚する!」
この台詞が少女の言葉であるならば、とても微笑ましかろう。しかし残念なことに、この言葉を吐いたのは私の姉、メアリ・ニューベリー。年は二十歳である。
ふたつ上の姉は王都の魔法学園に黄金世代とか言われる王族、公爵家などが大層多い年に入学した。なんとクラスメイトに王太子殿下や公爵子息、宰相閣下のご子息、将軍閣下のご子息までいたらしい。
そんな中で勘違いしたのか、昔からの夢だった「王子様と結婚」に現実味が帯びたと思ったらしい。
幸い、メアリが彼らに取っていた行動はギリギリ常識の範囲内のことであったためお咎めなどなく無事卒業。しかし卒業式の時に別のご令嬢方が一悶着あったらしい。おかげで各有力ご子息たちは皆婚約が解消されてしまったのだとか。
そのあたり、私は全くと言っていいくらい興味がなかったので、詳しい話は聞いていない。そもそもそういったご子息たちとご縁を得ることなどまず無理だと私は思っていたからだ。
何故って、我が家の爵位は男爵だから!
四回転半した思考を持っていなくてはそんな夢物語、十五の時にはなくしているというもの。しかも人が必ずひとつは宿すという魔法と言う名の奇跡――姉はこれが「空を飛ぶ」! そんな希少性もあったものじゃない上に兵士に求められるような魔法では王族や上位の爵位の方々と縁づくなど無理なことだと何故わからない!?
姉の見た目は悪くはないが、飛び抜けて美しいわけでもない。やわらかそうなほぼ茶髪のキャラメルブロンド。ワインボトルのような深い緑の目。スタイルに関しては平凡。が、自己肯定感だけは斜め六十九度にすっ飛ぶ勢いで高かった。そのせいか姉は断固として拒否をする。目を覚まして豪商か子爵家辺りと婚約して欲しいのに……
私は姉の先を越すわけにも行かないため、婚約者を得られずに学園卒業を迎えてしまった。私の見た目が華やかであれば声をかけてくださる人のひとりくらいいたかもしれない。しかし私は赤みのあるブラウンの髪に明るいグリーンの目でつり目――少しばかり気が強そうに見える顔つきの上趣味が狩りでは縁もつかぬというもの。
それもこれも姉様に遠慮してしまった私のせい――その苛立ちを発散するため馬を駆り、狩りに赴くのだった。
◇◇◇
「お嬢様! またおひとりで魔獣狩りに行かれたのですか?!」
目が飛び出そうな勢いで驚くのはメイドのマリーだった。
驚くのも仕方ない。なぜなら馬の上には立派な鹿の魔獣の死体が布でぐるぐる巻きになって乗っていたからだ。
もちろん血抜き済みである。
うちの小さな領地は魔境と呼ばれる魔獣たちが住まう地との防波堤である辺境に一部隣接している。辺境伯たちのおかげでニューベリーの領地が魔獣に襲われることはないものの、俗に言う「はぐれ」と言われる魔獣が偶に紛れ込む。めったにないものの、それなりに脅威だ。目撃情報からある程度訓練した者であれば狩れるレベルの鱗鹿だったため、お父様に許可を得て仕留めてきた。
魔獣の放置は魔獣を引き寄せるので、処理のために持ち帰る。しかも今回は角が大きく立派な鱗鹿だったので素材としてかなり有用に使えるだろう。
魔獣から取れる素材は辺境以外ではかなり高価になる。良い収入になるので加工もしてもらうために持ち帰るのだ。
氷室に入れていたと思われるくらいひんやりした鱗鹿を降ろしながらマリーを見やる。
「そういえばマリー。とても慌てていたようだけど、どうかしたの?」
私の言葉にはっとしたマリーが身振り手振り大慌てでしゃべり出した。
「そうです! お嬢様旦那様からお呼びです!! とても重要なことらしくて!! お急ぎください!」
「え、ええ? 着替えなくていいのかな?」
「とりあえず急ぎましょう! 旦那様も奥様も王都の使者がいらしたせいで細かく振動しながら移動しているんです!」
マリーの今までの七割増しくらいの慌てっぷりに、流石に不安になる。しかも細かく振動しながらって、そんなに震えるような事態が起きているのか? と思った。
まさか爵位剥奪とかではないよなぁ、と慌ただしく父の書斎へ向かったのだった。
マリーが先んじ、早歩きで進む。
私は令嬢らしからぬ大股歩きで彼女について行った。
父の書斎へ赴き、扉をノックすれば「入りなさい」と父の声が扉越しに聞こえた。気のせいか揺れの酷い馬車に乗ったときより震えている。
「遅くなりまして申し訳ありません」
「あらぁ、おそかったじゃないキャロル。また狩り? そんなじゃ嫁のもらい手が着かないわよぉ」
「メアリお姉様……」
ああいやだ。こうやって顔を合わせるとこの手の話を必ずされるから。
メアリ姉様は家では手芸か、友人とお茶会ばかりやっているので顔を合わせたくなければ狩りに行くのが一番いい。
次点は部屋にこもって本を読んでいることと弓矢の練習。どちらもメアリ姉様が近寄らないからだ。
メアリお姉様に対してうんざりした顔を隠す気はない。
それよりもデスクに肘をつきながら小刻みに震えるお父様の方が気になった。
「お父様、一体何があったのですか?」
お父様は震えるまま、口を開く。
気のせいか顔色もあまり良くない気がする。
「……国王陛下から王都で行われる王家と公爵家合同のパーティーに出席するよう、手紙が届いた」
「あら! それは大変光栄なことではなくて? 是非わたしをおつれくださいな!」
メアリ姉様はさも当然のように声を上げる。興味がないとはいえ、私の意見を一切聞かない辺りメアリ姉様の図々しさが垣間見える。
「王家と公爵家合同なんて……きっと第二王子のエドワード様とケリー公爵のご子息ニコラ様の花嫁捜しに違いないわ! だって未だにご結婚なさっていらっしゃらないという話だもの!」
きゃあきゃあと頬をピンクに染め、喜ぶメアリ姉様。お父様はそんなこと一言も言っていないのにどこからそんな情報を読み取ったと言うのか。
なんというお花畑か……
するとお父様がちらりと私の方も見る。
「『メアリ・ニューベリーおよびキャロル・ニューベリー男爵ご令嬢』と書かれている」
なぜに?!
私は思わず目を見開いた。
「ま、待ってくださいお父様。私もですか?」
お父様が首を縦に振り肯定する。
……お姉様の視線が痛かった。
やめてくださいお姉様。私は王子様にも公爵家ご子息様にも興味ありませんから……
「予定は来月。ドレスの準備をしなさい」
「新しいドレスを用意しなくっちゃ! アクセサリーも!」
メアリお姉様はお辞儀もそこそこに、いつもとは比べものにならない速さで部屋を飛びだしていった。
残された私は、お父様の方を見る。
「……お父様、お母様は?」
「……震え上がって寝込んでしまった」
ああ、やっぱり……メアリお姉様が何かやらかさないか心配でならないのだろう。
思わず頭を抱えると、お父様は申し訳なさそうな顔で私を見てきた。
「キャロル、メアリのことは気にせず、お前も婚約者捜しをしていいんだぞ? うちは男爵だし、私はそこまで繋がりが欲しいわけではないし」
「……ありがとうございます、お父様。王都滞在中に挑戦してみます」
◇◇◇
王都の別荘から馬車で会場に向かえば、そこはお城の広々とした庭だった。
今日は昼の部。
明るい日中に行われる、ガーデンパーティーなものだという。
国王陛下と王妃様とケリー公爵と公爵夫人の挨拶の後、良い天気のもとでパーティーは始まった。
テーブルにはお城の料理人が凝らした料理やお菓子、そして美味しいお茶が振る舞われる。花も生け垣も美しく整えられていてなんとも素晴らしい。
腕のいい料理人とセンスのある庭師がいるのだなぁ、と私は複雑な刈り込みの生け垣を眺めながら小さなケーキをいただいた。
「絶対にエドワード様とニコラ様に見初められてみせるわ……!」
一方、メアリお姉様は深い緑の目をギラつかせている。今日のために新しくしつらえたドレスはかわいらしさがあるが、セクシーさも狙っているデザインだ。
私はごくごく普通のシンプルなドレスだ。目立つ気はない。メアリお姉様に呆れながらも見渡してみればご令嬢方は誰も彼もが気合いを入れたドレスだ。そしてメアリお姉様同様、目がギラついている。
今回のパーティーが「エドワード様とニコラ様の婚約者捜し」だと言う噂を、メアリお姉様と同様に信じているようだった。
腹の探り合いや牽制、そしてエドワード様とニコラ様が現れるのを今か今かと待ちわびているようだった。
三つ目の小さなケーキを堪能しながら辺りを見渡すものの、目の届く範囲に知り合いはいない。それもそうである。
学園時代の友人たちは大体婚約者がいる。
見た限りここにいるのは婚約者のいないご令嬢らしかった。もしくは出戻りか夫に先立たれた若いご婦人。
相手のいない、若めのご令嬢ばかりらしい。
そうなるとエドワード様やニコラ様のお相手、と言われると少々疑問が浮かぶ。
メアリお姉様は国王陛下と公爵様にご挨拶しようと必死な様子だが、すでに囲まれているせいで当分かかりそうだ。
国王陛下が「楽しむように」と仰っていらしたので、私は料理と庭を楽しむに留めることにした。
私はただ独身のご兄弟のいるご令嬢と繋がりを得ることが目的で来ているだけなのだから。
◇◇◇
エドワード様もニコラ様も現れず程々に時間が経った頃、何やら庭の向こうで悲鳴と怒声が聞こえた。
何事かと音の方向に視線を向けると木々をなぎ倒して何かがこちらに向かってくる。私以外にも何人かが音に気付き、そこから会場にざわつきが広がった。
会場のあちこちにいる警備兵の方々が身構え、ご令嬢方を守るように立つ。国王陛下ご夫妻とケリー公爵ご夫妻は近衛兵の方が守っている。
「え、何? なにか催し物でもあるの?」
メアリお姉様は呑気に尋ねてくる。どう考えても違う。
私は食器を返却し、音の方向を睨み付けながら腰を低く構えた。
――アアァアァァ!
生け垣を踏み倒し、現れたのは緑の髪をした美しい女性――ではなく蔦を振り回す魔獣・古木女だった。古木女は古い樹木に魔力が宿り変じた魔獣だ。
「キャアァァアァ!!」
魔獣を目視した途端、あちこちで悲鳴があがる。我先にと逃げ出す者、腰を抜かす者と会場は阿鼻叫喚。
しかもただの古木女では無いようで、一般的な女性どころか男性よりも大きかった。
ちょっとした巨人が現れ、会場の大半はパニックに陥っていた。
警備兵たちは来客を守ることに必死で、満足に戦えていないようだった。それに何より彼らは魔獣相手の戦いに慣れていないようだった。
「メアリお姉様?!」
となりにいたメアリお姉様を確認するといない。上空を見ると悲鳴を上げながらどこかへ飛んでいってしまったお姉様の影が見えた。
目を薄べったくして一瞬呆れるが、お姉様が無事ならまあいいか、と辺りを見渡す。
私は古木女が現れた方向を見ると、なぜか檻と庭道具を見付けた。そちらに向かって走り、巨大な刈り込み鋏をひっつかむ。要のネジを外し、まるで二刀流のように構えて私は古木女目がけて駆けだした。
「せいやあああっ!!」
古木女が向かってくる私に気付き、蔦を鞭のようにしならせて攻撃してくる。
回避はしたがドレスの裾が引っかけられて破かれてしまった。しかし私は止まらず、その蔦を二振りの剣と化した刈り込み鋏でなぎ払う。同時に私の魔法を展開した。
私の魔法は熱を操る。
自在に操れるほど技術は無く、直接触れるか何かを介することで繋がるかしないと魔法は届かない。地面を介すると足場を悪くすることに繋がりかねないので、武器や矢にワイヤーを取り付けることで私は魔獣を狩っていた。しかも相手は植物系の魔獣――私は蔦を斬り払い、同時に熱を奪って凍り付かせていく。
古木女は悲鳴のような鳴き声を上げながら暴れ続けた。
魔物とはいえ、所詮植物。
肉薄した私がその胸に鋏を突き立てて熱を奪えばたちまち凍り付く。そしてそのまま地面に叩きつけ、その体を砕いた。
討伐が完了し、辺りが静まりかえる。
唐突な対・魔獣戦が終わり、緊張を解くと周囲のご令嬢方からの視線が痛いほど刺さっていることに気付いた。
――し、しまった……
冷や汗をかきながら私はその場に硬直する。ドレスは破れ、脚はむき出しで巨大な刃物を両手に握っている。
しかも直前まで魔物相手に戦闘をしていた……国王陛下と王妃様のいらっしゃる、王族の庭で、とっさとはいえ殺生を行ってしまった。なんてこった……
私は内心冷や汗をだらだらと流しながらその場に立ち尽くす。
「キャロル・ニューベリー!」
よく通る太い声。
私のことを呼んだのはなんと国王陛下だった。白い獅子のような国王陛下が、数歩歩けば手の届く距離にいた。
「はっ、はいっ!」
私は慌てて背後に鋏を突き立てて、破けたドレスの裾をつまんでカーテシーをする。
やらかしたことに心臓をバクバクと鳴らしながら、国王陛下の言葉を待った。
「よくやった。この場において、余はそなたに感謝を示そう」
「あっ、ありがたき幸せにございます!」
「破れたドレスの代わりを後ほど用意させよう。怪我がないか典医に見せるが良い」
「恐悦至極に存知あげます!」
緊張のあまり妙な言葉遣いになってしまったけれど許して欲しい。
まさか男爵令嬢ごときが国王陛下からお言葉を賜れるなどと思わなかったからだ。
そしてそのまま昼の部のパーティーは終わり、私はお城の一角で手当を受けることになった。
◇◇◇
そして騒ぎが落ち着き、無事城内での夜会が開かれることとなる。
昼間の魔獣討伐の騒ぎがあったせいで、あちこちから飛んでくる視線が痛い。魔獣を倒しただけでなく、貴族の末端もいいところの男爵家の小娘が国王陛下にお声がけしていただいたことも悪かった。
無駄に目立ってしまったことの辛いこと……悲しいかなあちこちでひそひそとあまり良くない方向で噂されているようだった。
メアリお姉様はそんな私の側にいたくなかったのか、他人の振りでどこかへ行ってしまった。薄情な姉である。
これではとてもじゃないが婚約者捜しなど出来るはずがない。私は肩を落としながら、会場の隅で壁の花になっていた。
しばらくすると会場が色めき立つ。
心底落ち込んでいた私はその様子に顔を上げるでもなく、頭の中を無にしていた。
「キャロル・ニューベリー嬢」
突然声をかけられ、顔を上げる。
そこには精悍な顔つきの若獅子と表していい青年が立っていた。
彼には見覚えがあった。
確かアレクサンダー辺境伯のご子息、オズウィン様だ。学園で見かけたことこそあるものの、関わった記憶の一切無い人物だった。
特徴的な赤毛にブルーグリーンの瞳の威丈夫はさっと手を差し伸べる。
「私と踊ってはくれないだろうか?」
きょとん、としている私に対し、オズウィン様は笑みを浮かべながら返事を待っている。
「あ、ありがとうございます」
私はオズウィン様の手を取り、音楽に合わせて踊る。幸い、見られる程度には踊れるので、恥はかかないだろう――別方向でかいてはいるが。
この時点で私の頭の中は踊ることよりオズウィン様より、今後の進退についてが頭の中を巡っていた。
「(昼間やらかしてしまった私に対するオズウィン様の気遣いに泣きそうになる……ああなんとお優しい方だろう。普通貴族のご子息なんて令嬢が魔獣退治なんてやれば引くだろうに。ああでも多分私の結婚計画今日で台無しになったなぁ。お父様になんて説明しよう……)」
「キャロル嬢」
「はいっ?!」
思考が飛んでいたタイミングでオズウィン様に名前を呼ばれる。辺境まで飛んでいた意識が王城に戻ってきて、体がびくりと跳ね上がりそうになった。
そんな私をオズウィン様が楽しげに見つめてくる。
「どうか私の婚約者になってもらえないだろうか?」
「……へ?」
オズウィン様の言葉を、私の脳は即座に理解することが出来ずにいた。
彼は何を言っているのだろう?
この後、私は今回のパーティーがオズウィン様の花嫁捜しが目的であることを聞かされることになるのだが……どこからか飛んでくるメアリお姉様の殺気立った視線にそれどころではない状態だった。
補足
・王家と公爵家合同のパーティーは、辺境伯の子息オズウィンの嫁探しのためなので、王子様と公爵家子息はブラフ。
(魔境の最前線なのでかなり重要だけど場所が場所だけに嫁の来手がなかなかなかった)
・ガーデンパーティーに乱入してきた古木女は辺境から持ち込まれた魔獣。
(魔獣なれしてもらうための見本として連れてきたが環境変化のストレスと、管理者のミスで檻から脱走)
感想、ブックマーク、下の☆☆☆☆☆を押して評価などしていただけるととても嬉しいです!
普段は無口なマッチョな巨漢と謎の多い女の凸凹バディが怪異事件を解決していく、異能バトルダークファンタジー小説を書いています。マッチョが全裸にされたり触手に捕まったりする、ハートフルで美味しいものがいっぱい出てくるお話です。よろしければついでに読んでみてください。
https://ncode.syosetu.com/n6966hp/