9話 『募る不信感』
落ちていく意識の中、霧香が私の髪を撫でながら「初めて私の名前を呼んでくれたのが貴方で良かったわ」と呟いていたけど、私はそれに反応する事なく眠ることにした。
それから、何事もなく次の日になり、既にお互い警戒しない状態で支度をし、学校へと向かった。
私の家が吹き飛んだことによって、少し噂にはなっているようだが、霧香が隣にいるお陰で誰も話しかけてくる事はなかった。
「警戒を怠ってはダメよ。魔法少女は普通の人間と同じ姿をしているわ。気を付けなさい」
完全に緩みきっていた心を霧香の言葉で切り替えることが出来、私はあからさまに辺りを見渡してキョロキョロしながら警戒し始めた。
しかし、そんな私の様子がおかしかったのか、霧香は口元を隠しながら少しだけ笑みを浮かべている。
「ふふっ。逆に怪しすぎるわよ、それ」
笑みを浮かべている霧香に対して、「少しオーバーリアクションしただけですよ」と言おうとしたその時、私の視界に普段と何も変わらず学校へと向かっている胡桃の姿が映り込んだ。
そして、私が胡桃に対して視線を送ってしまった事によって、胡桃もこちらに気付いて見てくるが、話しかけてくる様子はない。
(まぁあんな事あったら話しかけてはこないよね)
なんとなく悲しい気分になった私は、俯きがちになってしまい、それを不思議に思った霧香は私はとたわいもない話を振ってくれるようになった。きっと気を遣ってくれてるのだろう。
しかし、そんなたわいもない話でも誰かと話していれば気分転換にもなったが、悲しい気持ちがなくなると同時に学校へと辿り着いてしまい、霧香と別々のクラスである為、私たちは離れる事になってしまった。
「私がいなくても油断してはダメよ?」
「勿論です! むしろ私に気を遣ってくれてありがとうございます!」
「気にしないでいいわ。それじゃ、私はもう行くからまた会いましょう」
「はい!」
『また会いましょう』という言葉が放課後であれば今こうして不安な気持ちが心に残る中で一人になるのも我慢出来るけれど、きっと霧香にその事を伝えれば迷惑になってしまう。
だからこそ、私は霧香に偽物の笑顔を作って手を振り、私も胡桃のいる自分のクラスへと歩き始めた。
それから、クラスに入る前に深呼吸をし、何事もない事を祈りながら入ってみると、不思議なことにさもいつも通りかのように胡桃が私へと話しかけてきた。
......でも、さっきは目が合ったのに話しかけてこなかったのは何故なんだろうか?
(もしかして今度こそ私を油断させて倒そうとしているのかな? ううん。考えすぎだよね)
私が不審に思っている事を胡桃に悟られないように、今まで通り挨拶をし、私と胡桃は普段通り話し始めた。
まるでいつもの日常に戻ったと思ってしまう程に、胡桃と話すのはやっぱり楽しくて、学校での一日はあっという間に過ぎていく。
「瑠奈! 街で良いお店見つけたから寄り道しながら一緒に帰ろ?」
「あ、でも、霧香ちゃんが待ってるかもだし......今日はどうしようかな」
「大丈夫大丈夫! もし待ってたなら私も今度一緒に謝りいくからさ! ほら、早く行こっ!」
「ちょっと、あんまり引っ張らないで! 一緒に帰るから!」
胡桃と一日話した私は、既に警戒する事を忘れており、さも当然のように胡桃と帰ろうとしてしまった。
けれどそんな私をどこかで見ていたのか、突然霧香が私たちの前に現れ、胡桃と帰ろうとする私の手を握り、止め始めた。
「私は気を付けなさいと言ったはずよ?」
「でも......」
怒っている霧香に対して反論しようとしたその時、霧香が私の後ろを指差しているのに気付き、続きの言葉を言うのをやめて、私は霧香の指差す方へと視線を向けることにした。
視線の先には、本来なら胡桃が居たはずなのだが、私の目に映るのは夕焼けと開いている窓から入り込む風によって揺れる教室のカーテンだけ。
胡桃の姿は跡形もなく消えていたのだ。
「胡桃は一体なにを考えるの......?」
消えた胡桃に対しても近くにいる霧香に対しても聞こえないくらいの小さな声で私は呟いた。




