43話 『魔女の過去』
今よりももっと昔に、東の魔女は先代の東の魔女によって誘拐された。
極々普通の、何も変哲のない健康な女の子だった彼女の人生はそこから狂ってしまったのだ。
一瞬にして今までの関係を失い、残されたのはひたすらに魔力を与えられるだけの日々。
何が目的なのかも分からないままに、ただただ彼女は魔女によって魔力を与えられた。
その結果、当然彼女の体は壊れ始める。
魔法少女にすらなっていない段階での魔力過多は毒を与えられているのと同じことであり、体が寿命よりも早く朽ちるようになっていく中で、彼女はようやく願いを決めて魔法少女となった。
けれど、魔法少女になっても尚、依然として少し動いただけで体には激痛が走る。
だが、悪い事ばかりではなかった。魔力を大量に持っているという事は、魔法が使い放題という事だ。
既に水を操れるようになっていた彼女にとって、幾らでも使えるというのはとても良い事だった。
――そうして魔法を使いながら魔法少女を殺し続け、体が限界に近付いた時には魔女すらも手に掛けていた。
こうして、魔女を殺して更なる力を手にした彼女は体が朽ちる前に海の中へと別空間を創り出し、時を止めるまでに至ったのだった。
「攫われて魔女になったって本当なの?」
「えぇ。紛れもない事実よ。だから私は魔女になってから誰とも契約してないわ。だって、自分と同じ被害者を自分で出したくないじゃない。そもそも、不老不死が願いの私は既に願いを叶えているようなものなのよ」
東の魔女の願いは不老不死。
確かに体が一気に朽ちていき、絶望と死の恐怖を味わったのならば、その願いに辿り着くのも不自然じゃない。
だからこそ、東の魔女はこの空間を創り出したのだ。
自らが永遠と生き続ける為に。
「考えてみて。ここにいれば時は止まり、私は一生健康でいられるのよ。ここからは出られないけれど、それは仕方がないの。私の全魔力を使って時すらも止めたのだから、代償は必要なのよ」
これは一種の願いの叶え方だ。
間違いはなく、つまるところ、西の魔女はある意味願いを叶えたという事になる。
「私は願いを叶えた。けど、そうね。貴方を待っていたわ。前に貴方の母親から貴方の話を聞いていたし、貴方が母親を殺した事も分かるわ」
「......なんで、まだ誰も知らないはずなのに......!」
「ううん。分かるわ。だって、その体の内に秘めた魔力量は私を超えているもの。だから――私は戦わないわ。......でも、貴方が戦うのなら私は戦う。けれど、そうではないでしょう? 貴方は私の力を貰いに来たのでしょう?」
彼女はまるで私の心を読んでいるように話し続けている。
例え私が言葉に反応しなくとも、表情や動きを見ておおよそ何を考えているのか理解しているのだろう。
もしくは、本当に心を読んでいるかだが、それは流石に有り得ない話だ。
だから私は自分の気持ちを言葉にすることにした。
「私は出来る事なら戦うのは嫌です。でもそれしか選択肢がないのなら、私も戦いを選びます」
「そう。でも安心して、私も同じ考えよ。だから、貴方に私は生い立ちを話したの。死んでからも貴方の心の片隅に残れるように、迷惑だったかしら?」
「迷惑なんかじゃないです。......でも、死ぬってそれは......」
「えぇ、言葉通りよ。貴方に私の力を差し上げるわ。そうしたら私は死んでしまう。けど、もう満足しているの。貴方の心に残れるのならそれでもう良いのよ。私は長く生き過ぎたわ。それに、貴方ならきっと私みたいな被害者を減らす願いを叶えてくれる気がするもの」
私に力をくれるというこの人は、魔女でありながら狂っておらず、感性も心も、全てが普通だった。
ただ違うのはここから出られないという事と、とっくの昔に普通の女の子ではなくなったという事だ。
それはあまりにも可哀想で、悲しすぎる。惨すぎる。
彼女は自ら契約したわけじゃなく、ただ拐われただけの被害者なのだ。
そんな人が身を削って、人を殺してまでも、元の普通の女の子として生きたいと願っていたのだ。
ただの同情かもしれないけれど、可哀想だと考えれば考えるほどに、私の目から涙が溢れ、口からは勝手に言葉が紡がれていった。
「私の願いが叶えば、貴方は普通の女の子としてきっと生きられます。根拠はないし、信じられないかもしれないけ
ど、絶対に貴方の命を――」
私が続きの言葉を言おうとしたとき、不意に唇へと指を当てられ、その先の言葉は言えなくなってしまった。




