42話 『東の魔女』
落ちていく。
ゆっくりと、それでいて速く。
どこまで落ちているのかも分からず、下を振り向く事もできない。
まるで目を閉じているかのような暗闇だが、不思議と心地よく、現実から何処か違う世界に行ったような感覚にすら陥ってしまう。
だが、突如私は現実に引き戻された。
原因は上から聞こえる叫び声だ。
その声によって、真っ暗だった視界が一変し、いつの間にか私の視界に現れた水面が揺れはじめる。
そうして私はやっと気付いた。ここが水の中という事に。
「うっ、息が......ってあれ? 呼吸が出来る?」
「ようこそおいでくださいました。西の魔女が死んでからというもの、ずっと貴方を待っていましたの」
「貴方がお母さんが言ってた、魔女?」
「えぇ。私が東の魔女。既に知っていると思うけど、私は水を操れるわ。見ての通り、この空間も私が創りだした場所よ」
ドレスの裾を摘んで優雅にお辞儀する東の魔女は、まるで絵本なんかのお姫様に見え、私はつい見惚れてしまった。
だが、この空間が歪んでしまうのではないかと思うほどの音と揺れが起き、私は正気に戻る事が出来た。
「あら、もしかして不安かしら? 大丈夫よ。私の空間は幾ら強大な力を持っている北の魔女でも破壊できないし、侵入も出来ないもの。だから、魔女のサバトもここで開かれたのですわ」
ふふふっと口元を隠しながら笑う東の魔女を信じ、少なくとも安全であると分かった私は、音を気にせずに話をすることにした。
力をもらう為に。
「あの、いつからこの空間に居るんですか?」
幾ら力を貰うと言っても、少なからず仲良くならなければそれは不可能に近い。
だから、まずは純粋な疑問を聞いてみることにした。
「どうでしょう。数えてないから分かりませんの。ただ、貴方が思っているよりも果てしない程の時間は過ごしているわ」
東の魔女の言っている事は理解できないことではない。
立ち振る舞いや言動、そのすべてにおいて現代とは違う雰囲気なのだ。
ただ、どうしてここでずっと生きているのかが分からない。
自分で創ったという事は出ることも不可能ではない筈。
けれど、東の魔女はまるで私の心を読んだかのようにまた口を開き始めた。
「貴方から見て私は老いていないし、健康に見えると思うの。だからきっと貴方は「どうしてここから出ないのか」と考えると思うわ。大丈夫、それが普通なのよ。だから、貴方に教えるわね。私はここから出たら死んでしまうのよ」
そこから東の魔女が話してくれたのは自分自身の生い立ちと、この世界を創り出した時の話だった。




