37話 『狂愛』
林の中の何処に建っているのかは定かではなく、正直場所に合っているとは思えない。
足が止まり、静けさが辺りを包み込む中で、家の扉はギーッと音を立ててひとりでに開き始めた。
「これって入れってことだよね」
怪しむ私を他所に開いている扉からは人の気配はない。
けれど、私の中でまたも懐かしさが襲い始めた。家の中へと入れとでも言うように私の脳は体へと指令を出し、それを受け取った体は怪しさなど忘れたように家へと足を動かした。
そして、私が家へと足を踏み入れると、扉は軋む音をたてながら閉まり、代わりに家の中をオレンジ色の明かりが照らした。
「待っていたわ」
聞き覚えのある声。聴きたかった声。そんな声に私の体は反応し、目は声の主を追う。
「お母......さん?」
「えぇ。瑠奈、今まで一人にさせてごめんね」
明かりに照らされて視界に映ったのは母親の姿。
見たかった、会いたかった、話したかった。
そんな思いで探し続けた母にようやく会えた私は、言葉を返すよりも早くに抱き着いた。
「あらあら、こんなに大きくなったのに甘えん坊さんね」
「だって、ずっと会いたかった。こうして抱きしめないとまた離れちゃうような気がしちゃうんだもん」
「大丈夫よ。私はここに居るわ。ねぇ、美味しい紅茶があるの。それを飲みながら話をしましょう? 私が瑠奈の前からいなくなったことについても話したいの」
母親に抱きついていた私は、頭を撫でられてから椅子へと座った。
そして、それを見届けた母は何処からかポットとカップを取り出し、私と自分の前に紅茶を用意し始めた。
「まずは重要な事から話すわ。今の瑠奈なら気付いているでしょうけど、私は正真正銘の魔女よ。そして、これこそが私が娘である貴方の前から姿を消した原因。元々魔法少女だった私は、お父さんと出会ったことによって魔女になってしまったわ」
「そ、そんなの急に言われても分かんないよ......もっとちゃんと話してよ」
「ごほっ、ごほっ。......はぁはぁ。ごめんなさい。手短に話過ぎたわ。もっとちゃんと話すわね」
突然咳き込む母に、私は当然のように近くへと駆け寄ろうとするが、血の付いた手で止められてしまった。
近付く事すら拒否された私が呆然とする中で、苦しそうな声のまま母親は私へと全てを話した。
母の話は娘である私には重すぎる内容であり、本音を言えば聞きたくなかったと言える話だ。
まず、魔法少女であった母は偶然にも出会った父親と恋に落ち、私を身籠った。
けれど、魔法少女という事を知らなかった父は母が他の魔法少女を殺しているのを見てしまった。
魔力が足りず、狂っていたところを見られた母が気が付いた時には、父は腕の中で息を引き取っていたとの事だった。
つまり、狂った母が意識のない中で父を殺した。
「そっか。お父さん、もういないんだね」
「ごめんなさい。もっと早く話すべきだったわ。怖がって貴方から逃げずにちゃんと近くに居れば良かった」
父がもうこの世に存在しないという事実と、母が殺したという衝撃に耐えきれなかった私の心が止まっている中、涙を溢しながら母は私を抱きしめようとした。
けれど、まるで狙っていたかのように母の体調は一気に悪化し、立っている事すらままならない状態へと陥ってしまった。
「お母さん!?」
「来ちゃダメ!」
咳もどんどん悪化していき、口から出てくるは血ではなく、真っ黒な液体へと変わっていく。
そんな中でも、最後の言葉を私へと伝えようとしているのか、母親の口元は動き始めた。
「ごめんなさい。貴方を魔法少女にしてしまって。ごめんなさい。貴方を地獄のような世界に引きずり込んでしまって。――あぁ、でもこうして最後に会えて良かった。さようなら......――あぁ、貴方をとても愛していたわ」
この言葉を最後に、無理な笑顔を見せた母が涙を一滴地面へと落とすと、そこから黒い影のようなものが伸びはじめ、母を包み込んだ。
「待って! まだ沢山話したいことが――」
影に包まれた母に私の声が届くことはなく、ただただ耳を劈く断末魔が響き渡った。
痛みがあるのか、包み込まれている母親は叫び続け、やがて声が聞こえなくなった時には本物の魔女へと変化した。
私が契約した時と同じ姿だ。
「......これが、魔女......」




