35話 『ただ一人の魔法少女』
「もう良いわ。貴方がそんな態度を取るというのならもう手加減はしない。本気で殺すわ」
明らかに怒っている霧香はそう言った後に、槍へと魔力を込め、自身の体にも魔力を纏い、さっきよりも桁違いに速いスピードで接近し、殺意の籠もった突きを繰り出した。
「死になさい」
霧香の殺意で冷や汗が流れる中、私は咄嗟にその突きを胡桃のガントレットへと変えることで、貫かれるよりも早く掴んで阻止した。
いや、正確には霧香が私へと寸止めしたというのが正しい。
なにせ、私の両手は霧香の動きに追いつけていなかった。
それなのに、私の眼前には槍の穂先がカタカタと震えながら止まっている。これは、霧香が私を殺さなかったことの証明だ。
顔を見てしまえば、苦しそうな表情をし、それを殺意でもみ消そうとしても消せていないのが分かってしまう。
恐らく自分の中で今も殺すかどうか葛藤しているからこそ、穂先が震えているのだ。
でも、霧香の覚悟は相当なものの筈。私が戦う意思を見せれば霧香は槍で私をこのまま貫くだろう。
震えている霧香にそんな事はさせたくない。
――だから、私は戦うことをやめた。
顔を上げた私は霧香と目が合い、数秒の時が流れた後、おもむろに手を上げて霧香の頭を撫で、抱きしめた。
もうここで殺されても構わない。そんな気持ちで私が抱きしめる中、霧香も戦う選択肢を捨てたのか、槍を手から離した。
「......瑠奈。私の願いも聞いてもらえないかしら? 馬鹿げているかもしれない願いだけど、きっと貴方なら理解してくれると思っているの」
「うん。霧香ちゃんの願い、聞かせて」
それから霧香は私に抱きしめられながら願いを話し始め、そして、私から離れるときには涙が目から流れていた。
「瑠奈。私は貴方なら最良の願いを叶えてくれると思ってる。短い付き合いだったけど、貴方の人となりを見てきたからこそ心からそう思えるわ」
「霧香ちゃん!? 何してるの!? ダメ!」
私が願いを聞いたことにより、霧香は決心したのか、自分の指から指輪を外し、私の指へと付け始めた。
「今回の戦いは貴方の勝ちなのよ。瑠奈、私の願いを貴方に託すわね」
「霧香ちゃん! 待って、早まらないで!」
「貴方と過ごした時間、とても楽しかったわ。いつかまた何処かで会えることを願っているわ」
わたしへと指輪を託した霧香はもう一度抱きついたあと、自らの槍で自害し、凛の時とは違い、胡桃と同じ白い灰へと姿を変えながら消えていった。
「霧香ちゃん......どうして......」
灰が舞っていく中で私の心は深海のような暗く沈んでいった。
光はなく、手を伸ばしても掴むものはなにもない。虚空を掴み、息も詰まっていく感覚が私を襲う。
脳が思考を停止し、心にぽっかりと穴が開いたことによって後を追う気持ちが強まっていく。
でも、そんな私を助けるように指輪からは霧香の想いが溢れだし、心の全てを照らすように光が心を満たしていく。
「ごめんね。私、弱気になってたよ。霧香ちゃん、最後までありがとう。想いも願いも全て受け取ったよ」
雨が止み、雲の隙間から差し込む太陽が私を照らし始めた時、私はその場へと立ち上がった。
その瞬間、胡桃の時と同じく灰が私を包み込み、霧香の膨大な力も私へと入り込んできた。
そうして光が収まった時、私はこの世界において唯一人の魔法少女となった。




