31話 『託された想い』
「――っ!?」
忘れていた痛みが突然私を襲いだし、一瞬でも気を抜けば倒れてしまいそうになるほど視界は不安定になっていった。
胡桃にこちらこそありがとう、と言いたいのに言葉を発することが出来ない。
胡桃も助かって、誰も欠けることなく戦いは終わったのに、まるで助けたことが罪かのように罰としての痛みは増していく。
「瑠奈!? 大丈夫!?」
「大......丈夫......だから、心配しないで......」
安定しない視界の中、心配してくれている胡桃の顔からは笑顔が消えていくのが分かった。
(胡桃には笑っていて欲しいな)
っと、そんな事を思った時、私達を落ち着かせるかのように冷たい風が通り抜け、ほんの一瞬だけ私達に静寂が訪れた。
「――瑠奈。私を殺して魔力を吸収して」
一瞬の静寂は私にとって痛みを少しだけ忘れることが出来た時間であり、胡桃にとっては覚悟を決める時間のようだった。
「駄目、嫌......」
瞳にはまた涙が浮かび、胡桃の覚悟を無視するように私は首を横に振る。
「瑠奈。お願い」
幾ら泣いても枯れることはない涙を流す私を見て、胡桃の目からも涙が零れはじめるが、それでもなお胡桃は私を真っ直ぐに見つめている。
「......分かった」
これ以上胡桃の覚悟を無下に扱うことは出来ない。そう思った私は一度涙を拭ってから、覚悟を決めた。
「瑠奈、ありがとう」
殺したくない。離れたくない。失いたくない。
それでも私は嫌がる心を押し殺し、動かない手を無理やり動かして、キューブを槍へと変えて心臓を貫いた。
肉を貫いた感触が手を伝って脳裏へと刻まれていき、流れ出る温かい血は私の心をも染めていく。
「まだもっと沢山話したかったのに。ずっと一緒に居たかったのに!」
私は倒れ込む胡桃を必死に抱きしめ、拭っても変わらず流れる涙を瞑った目から落としていく。
そんな私を見た胡桃は、震える腕を持ち上げ、私の頬へと右手を添えた。
しかし、死んだ魔法少女は灰になるというのは胡桃も例外でなく、添えられた右手は触れた瞬間に灰へと変わっていった。
私の嗚咽が響く中、風が吹けばかき消えてしまいそうな声で、胡桃は言葉を紡いでいく。
「瑠奈に私の願い、託しても良いかな?」
私が胡桃の言葉に頷くと、胡桃は視線を自身の指輪へと移した。
胡桃が何をしたいのかをいち早く理解した私は、動くことない残された手から指輪を外し、自分の指へと嵌めた。
「嬉しい......」
死に行く最後の瞬間に、固く閉ざされていた胡桃の心は開かれ、そして満たされた。
願いを私に託したことで、ようやく胡桃は魔法少女の呪縛から解放されたのだ。
――でも、それは死をもっての解放に変わりはない。未だ止まることなく灰はこぼれ落ちているし、感傷に浸る暇がないほどに形は失われていく。
呆然と涙を流しながら抱きしめることしか出来ない私に、胡桃は最後に残った顔で「さようなら」と微笑んだ。
「ぁ、ぁぁ――」
消えた。
灰になった胡桃は風に乗り、消えていく。
残るのは胡桃の最後の温もりと、指輪だけ。
「ぁ――」
徐々に失われていく温もりと共に胡桃との思い出が次々に溢れ、私は人目を気にする事なく、上を向いて涙が落ちないように泣き喚いた。
それから幾らかの時間が過ぎ、涙が止まる頃には朝日が昇りはじめていた。
未だ消えることのない悲しみが私を襲う中、不思議なことに風に乗って消えた筈の灰が私を包み込み、光りだした。
「!?」
次の瞬間、私を電流が襲った。
ほんの数秒だけだが、まるで全身を駆け巡る血液に乗るようにして電流が走った後、私の体から痛みは消えた。
いや、それだけじゃない。以前とはまるで比べ物にならない程に力が湧いてくるのだ。
「まるで、胡桃が力を貸してくれたみたい......」
胡桃が私の中で生きているように感じ、私は託された想いを無駄にしない為にも立ち上がり、もう一つの願いと覚悟を決めた。
――こんな悲しい世界を終わらせる為に。




