26話 『私の必殺技』
「――この力は出来たら使いたくなかった。でも、私には選択肢はもうない。きっと、私の心は今までにないくらい最悪な気持ちになると思う。けど、私はそれでも貴方に勝つ。いや、貴方を殺す!」
「私を殺す? あははっ。妄言を吐く余裕はあるのかしら。それとも、毒が回って魔法少女らしくキラキラと戦っている夢でも見てるのかしら。ま、どちらにせよとんだ戯けものね。相手との力量差も分からないなんて哀れな事」
姿を現すことはないが、私の言葉に反応しているのは返答を聞けば明らか。だが、やはり位置は特定できない。
これでは駄目だ。私の必殺の魔法は位置を特定しなければ意味がない。
(......いや、待てよ? 位置を特定するだけなら方法はある筈。成功するかも分からないし、魔力を大量消費する結果になるが、この状況じゃ背に腹は代えられない)
「――やるしかないよね」
残す魔力は魔法一回分だけ。それ以外は残す必要もない。
そう願い、私は全身からありったけの魔力を衝撃波として全方位に放った。
どれだけ遠くに居ようとも、街の端から端まで届くように。
無意味かもしれない。届かないかもしれない。
けど、衝撃波が少しでも魔法少女に当たるだけで充分だ。ダメージは一切ないだろうが、それでもおおよその位置は把握出来るし、不意を突くことが出来る。
「くっ。これが最後の悪あがきってやつね。確かに、貴方がやったように私の居場所を探るのは正しい事よ。でもね、残念ながらそれは他の魔法少女で体験済みよ。幾らこれで私の位置を把握しても奇襲なんて出来ないわ。......それに、貴方は大量の魔力を無駄に使った。これじゃ、他の魔法なんて効く筈もないわ。――貴方、魔法少女失格ね」
「違う。無駄なんかじゃない!」
「ちっ! 折角私が苦しまずに殺してやるって言ってんだから大人しくお前は死ねば良いんだよ! もう良い。殺してやる。地獄のような苦しみを与えて、その見るに堪えない目を潰し、口を縫い付け、恐怖で歪ませてやる!」
既に位置がバレてしまったからなのか、隠れることをやめた彼女は短剣を両手に持って、醜い笑顔を向けながらこちらへと向かってきた。
近寄った彼女はナイフを振るい、私に対して致命傷にならないように痛みを与え続ける。
血が飛び散り、その返り血を受ける彼女の顔は恍惚な表情へと変わっていく。
だが、幾ら切り刻まれても私は悲鳴一つ上げず、ただただ発動する魔法をイメージするだけ。
「どいつもこいつも最後にはどうせ殺されることに怖がり、恐怖に屈するのよ。ねぇ、貴方もそうなのでしょ? ほら、早く貴方の歪んだ表情を見せなさい! ――えっ?」
私の死にも屈さない姿勢に対して痺れを切らした彼女は、わざわざ目を突き刺すに短剣を振りかぶってしまった。
しかし、その隙を私は見逃さない。針に糸を通すよりも難しかったが、私の魔法が発動した今、彼女は私の作り出したキューブに捕らわれている。
これこそ私が使いたくなかった魔法。普段私が使っているキューブ型の武器を使い、長いイメージと、座標や位置をコントロールして使う、人間を四方から閉じ込めていく魔法。
この魔法が成功すれば、瞬時に対象は閉じ込めれて圧縮されていく。
逃げだすには壁を破壊するしかないが、今尚圧縮されている彼女では破壊出来そうにない。
「この魔法は霧香ちゃんに見られなくて良かったかな......」
初めてキューブを手にした時から使えることは分かっていた魔法。誰にも話せない私のもう一つの必殺技がこれだ。
「こ、ここから出しなさい! 貴方はどっちみち後数分も経てば毒で死ぬのだから! そもそも私が最初から貴方を痛めつけて殺そうと考えていようがもう関係ないじゃない!」
命乞いをしている風に装いながらも、明確な殺意は未だ健在。一瞬口が悪くなって本性を現したのにも関わらず、今は元の口調に戻っている。
しかし、閉じ込めれて死を感じているからこそ、彼女は本心を話してしまった。
嘘を使って騙し、優しい口ぶりで油断させ、痛めつけて殺したい。出来るだけ絶望させつつ苦しめて殺したいというのが彼女の本性なのだ。
でも、本性を理解し、殺人に快楽を抱いていると分かっても、私は軽蔑せず哀れに思ってしまった。
きっと殺し合いをしなければならない魔法少女になってしまったからこそ、彼女は狂ってしまったのだから。
「――ねぇ、貴方を殺したら本当に毒は消えるの?」
「そ、そんなの希望を与えてから絶望を与える為に言った嘘に決まってるじゃない! だから、私を殺しても毒は消えないのよ。ね、毒で死ぬのは嫌でしょう? 私が楽にしてあげるからこの魔法を解いてちょうだい」
さっきとは裏腹に、嘘のように優しい笑顔を私へと向けてくるが、私はもう騙されない。
「ーーさようなら」
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
グシャっという肉の潰れるような音で断末魔はかき消され、遠くへと声が響くことはなかった。
「毒、ちゃんと消えてるよ。あの言葉、嘘じゃなかったんだね」
静寂と暗闇が辺りを包む中、残っているのはおびただしい量の鮮血と黒い灰。そして、私の心に残り続ける罪。
「霧香ちゃん。私やっぱり殺しなんてしたくないよ......」
毒が消え、魔法少女から魔力を吸収しても、魔力を一気に消費したことによる倦怠感が消えず、私の体は前のめりになって倒れ込もうとしていた。




