20話 『惨状』
「ふぅ。ここまで来れば問題ないわね。それにしても、よくあの短時間で習得したわね。正直無理だと思ってたわ」
「ううん。霧香ちゃんが頑張ってくれたからだよ。あの頑張る姿を見たら出来る気がしたんだ~」
「へぇ。なら守った甲斐があったわね。それで、貴方はどうやって魔力を抑えつけたの? 相当なイメージがないと難しい筈だけど」
「えーとね、ほら私って自分の武器で良いのかな? まぁいっか。ほら、私の武器ってキューブ型の武器じゃない? だから、それをイメージして閉じ込めるって形にしたの! そうすれば魔力を使う時も蓋の調節で出来そうだし!」
「そこまで考えて抑えつけるなんて予想外ね。ま、貴方にとってピッタリの方法があるのならそれが一番よ。結局は自分に合っているかが重要だもの」
「うん! これでもう暴走させないようにするよ!」
「――しっ! こっちに来たみたいよ」
突然霧香に口を押えられ、驚きと同時に霧香の表情を見て察した私は、霧香の見ている方向へと目を向けた。
「どこ、どこ行ったのよ! 出て来いよ! 逃げるな! 大人しく私に殺されなさいよ!」
私たちの視線の先に居たのは、涎を垂らし、あの時の胡桃と同じ目をした魔法少女だった。人間と呼んでも良いのかどうか分からないほど狂っている。
「ひっ!」
目が、合ってしまった。焦点の合っていない目と私は合わせてしまったのだ。それも、狂っている魔法少女の服に付着している真新しい血と、持っている杖に驚いて声すらも上げてしまった。
「うひひひ。そこかぁ。そこに居るんだな。殺してやるよぉ!」
「不味いわね。貴方は隠れるか避難しなさい。私が時間を稼ぐわ!」
「こっちを見なさいよ! 貴方と戦っているのは私よ!」
霧香が槍に力を込め、立ち上がろうとしたその時だった。注意を自分に向けるかのように大声を上げながら弓を番えている魔法少女が現れたのだ。
目も普通で、全く狂っていない魔法少女。体にできている傷はまだ新しく、恐らくは狂っている魔法少女と元々戦っていたのが彼女なのだろう。
「きょ、恭子、嫌だ。お前だけは殺したくない。殺したくない? うひひ。いーや。友達だったけど殺したい! あは、アハハッ!」
「そう、だよね。それでも私は信じるよ。けど、もしも無理そうだったら私は貴方を殺すわ。でも大丈夫、安心して死になさい。友達として、親友として貴方を殺したら私も後を追うから......」
完全に私たちのことを忘れた凛と呼ばれる魔法少女は、杖をまるで鈍器のように扱いながら恭子と呼ばれる魔法少女へと走り出した。
「この戦い。貴方は見ておきなさい。魔法少女の戦いというものを知っておいた方が良いわ。本当に最悪なものだから......」
「うん......親友同士でも殺し合わないといけないんだもんね......」
凛と呼ばれている魔法少女はもう完全に暴走している。ほんの一瞬戻ったらしき意識も次の瞬間には元通りになっていたし、きっともう手遅れなのだろう。
獣と化した彼女の戦い方を見れば、そんな事くらいは私でも理解できてしまった。
そして、それと同時に私は胡桃もそろそろあんな風になってしまうのかもしれないと思うと、少しだけ悲しくなってしまった。
「殺したくない、殺したい、殺したい殺したい殺したい。奪いたい。魔力を、魔力を寄越せぇぇぇ!」
「そんな戦い方だと自分を傷つけるだけじゃない! いい加減目を覚まして! じゃないと、本当に、ホントに殺しちゃうよ!」
覚悟を決めていたと思う恭子は、未だ親友である凛が正常に戻ると信じている。少なくとも、攻撃を意図的に外したり、致命傷にならないようにしている点から私はそう思えた。
だけど、狂ってしまった魔法少女は止まらない。
声など聞こえていないのか、耳を貸すことなく杖を振り回している。
傷を受けようとも、痛みをまるで気にしないかのように攻撃を続け、時には空に浮かんで回復をしたり、魔力を飛ばしたりしている。どれも単純な軌道や攻撃だが、どの攻撃も確実に相手を殺せるほどの一撃だった。
「死ね! 死ね! 死ねぇぇ!」
最早考えることもしていないと思えるほどの無謀な戦い方。弓から放たれる矢がどこに刺さろうとも気にせずに近づいていくその様子は狂気そのもの。
だけど、霧香の言う通りこれもまた魔法少女としての宿命なのだ。魔法少女同士の戦いなんて正真正銘殺し合いでしかない。
そう分かっていても尚、目の前で繰り広げられている戦いは見ていて気分が良いものではなく、目を逸らしたくなる気持ちが私には浮かんでしまった。
しかし、私が目を逸らすことなく殺し合いを見続けて数十分が経とうとしたころ、ようやく長い殺し合いは幕を閉じ始めた。
最後に激しい攻撃を掻い潜るために空中へと逃げた恭子は、簡単に胸を貫かれて死んだのだ。それも、決して抵抗しなかったわけじゃない。空中へと逃げた恭子は即座に覚悟を決めて自身の武器を弓へと変形させて渾身の矢を放ったのだ。
ただ、それでも凛には届かなかった。完全に殺すことは出来ず、体に大きな穴が開きつつも凛が突進した結果が目の前の惨状。
「うっ、おえっ......」
既に絶命している恭子を杖で殴り続け、そこから撒き散らされる臓物を浴びている凛を見てしまった私は、人の潰れるような音が蘇り、それも相まって吐いてしまった。




