17話 『飢え』
「やっぱり......」
「どうしたの?」
「いえ、今は特に問題ないわ。ただ、そうね。危ない存在であるというのは明白だし、貴方はあまり近づかない方が良いわ」
私の記憶と、たどたどしい話でも霧香は勝手に何かを納得し、私の頭を撫でながら忠告してくれた。
だけど、霧香も私もこの時は話に夢中だったのか、それとも胡桃が気付かれないようにしていたのかは分からないけれど、私と霧香の話に加えて、私が撫でられて喜んでいるという場面さえも胡桃は見ていたのだった。
しかしそんな事などつゆ知らずに、私は頭を撫でられたことで幸せな気持ちに包まれ、より強くなった胡桃の視線に不審に思いながらも授業を受け続けた。
こんないつも通りの日常を過ごすだけでも時間はあっという間に過ぎていき、気が付けば放課後になっていた。
「瑠奈~! 一緒に帰ろ~!」
案の定と言うべきか、胡桃はいつも通り私の席に向かって歩いてきたが、そんな胡桃を見た私は反射的に怖くなり、クラスを駆け足で抜け出して霧香の元へと向かった。
けれど、いざ教室を出たときに私は勢い余ってクラスの外に居た人物とぶつかってしまった。
「大丈夫かしら?」
私がぶつかってしまった人物は、私がこれから会いに行こうとした霧香であり、どうやら霧香は私のことが心配で待っていてくれたとのことだった。
「えへへ。ぶつかってごめんね。私は大丈夫だけど、霧香ちゃんは怪我とかしてない?」
「えぇ。あの程度の勢いなら問題ないわ。それよりもあっちの方が危険そうね」
突然霧香が私を庇うようにして前に出たかと思うと、霧香は鋭い視線を一点へと向け始めた。
急な事で戸惑いつつも、霧香の背中から顔を少し出して視線の先を追ってみると、そこにはあの焦点の合っていない目でこちらを凝視している胡桃が居た。
何を喋っているのかは距離的にも分からないが、とにかく何かをボソボソと呟きながらこちらを見ているのだ。
そんな胡桃が私たちと見つめ合っていた時間は数秒程度であり、一瞬瞬きした間に胡桃は元の胡桃へと戻り、私に向けて「また明日ね」と手を振ってから何事もなかったかのようにその場から去っていった。
胡桃がいなくなったことで緊張の糸が解けたのか、私の心身を一気に疲労感が襲い、思わず私はその場にへたり込んでしまった。
「......貴方はよくあの狂気にも似た視線を感じながらも普通でいられたわね」
「あははっ。頑張って耐えてただけだよ。ほら、今はもう力が入らなくて立てないもん」
「耐えれるだけでも凄いわ。私ならきっと戦いを仕掛けてしまうでしょうから」
「……学校で戦っちゃ駄目だよ?」
「えぇ、それは分かっているわ。でもね、貴方も見た通り、今の胡桃の状態はとても危険なのよ。一種の飢餓状態。魔力に飢えているわ」
霧香の言う《魔力に飢えている》という状態がどれ程危険なのかは、私自身がまだ体験していないからこそあまり理解は出来ないが、霧香の真剣な目と言葉から察するに、最悪学校で戦いが起こっても不思議ではない状態なのだろう。
「ねぇ霧香ちゃん。胡桃は無差別に人を殺したりしないよね?」
「どうかしらね。魔力に飢えているからこそ、魔力を求めて人を襲いはしないでしょうけど、例えば魔法少女が居る場所がたまたま密集地だったとしたら、胡桃の攻撃で大勢の人は死んでしまうわ」
「そっか。そうなっちゃうよね」
「えぇ。完全に暴走してしまえば理性なんて無くなってしまうもの」
それから、霧香は胡桃がそろそろ暴走してしまうだろうという事や、夜道や学校でも十分に気を付けるようにと私に伝えると、足早に歩き始めた。
遠くなっていく霧香の背中を見た私は慌てて立ち上がり、霧香の後を追って歩き始める。
こうして、胡桃が危険な存在だと改めて認識した私は、例え胡桃と戦うのが運命だとしても、せめて胡桃が暴走しないことを祈り、夕日が沈んでいく中で今日討伐する異形の元へと霧香と共に向かい始めた。




