15話 『二重人格?』
「へぇ、やっぱり瑠奈も胡桃の事怖がるんだ......」
俯いて必死に走る私の耳に胡桃が呟いた言葉が聞こえるはずもなく、一瞬だけ顔を上げて胡桃を見たときには既にそこに胡桃の姿はなかった。
「はぁはぁ。ご、ごめんね。急に走り出しちゃって......」
「別に構わないわ。それに、あの場では恐らく逃げるのが正解だったわ。なにせ、私から見てもあの胡桃という女の子は不気味だったもの」
「うん。私もなんていうか、普通すぎて凄く怖かった」
「……これは私の個人的な見解なのだけど、胡桃さんは恐らく二重人格の持ち主よ。魔法少女の時の人格と、普通の女の子としての人格。その二つを持っているのだと思うわ」
「それって、胡桃には魔法少女の時の記憶がないかもしれないってこと?」
「どうかしらね。自分で二重人格を作っているのなら記憶は勿論共有されているだろうし、使い分けもする筈。ただ、これが生まれつきだった場合は分からないわ。だけど、私は前者だと思っている。あの子は人格を使い分けていると思うわ」
確かに霧香の言う通り、胡桃が二重人格とするならば、初めて胡桃の魔法少女姿と出会った後も普通に接してきたのは理解できる。
だけど、それもまたおかしな点が存在するのだ。
仮に私の思っているように、普通の女の子の時に魔法少女の記憶がないとするならば、胡桃が霧香から隠れるようにして逃げたことがおかしい。
今回は霧香が居る場面でも私に挨拶してきたが、昨日は明らかに霧香から逃げていた。
それはつまり、胡桃は霧香を敵対視しているということになる。
記憶がないのならば霧香とは面識もない筈だし、逃げる必要などない。
いや、でももし仮に昨日出会った胡桃が普通の女の子の振りをした魔法少女の人格ならおかしな点はなくなる。暫定的にだが、考え抜いた結果として霧香の言う通り、使い分けしているのが正しいのだろう。
「うーん。どうして胡桃は二重人格を使い分けしてるんだろう」
「そうね。人にはそれぞれ事情があるのだし、家庭でなにかあったのがきっかけかもしれないわ」
「家庭かぁ......。確かに昔から胡桃の家の事情とかは聞いてなかったなぁ。昔に姉が居るって事は話してくれけど、ホントにそれだけだし」
「まぁなにも分からないけれど、貴方は胡桃さんと同じクラスで友達なのだから注意しなさい。あの子の心の闇は相当深いわよ。魔法少女の時はまるで暴走してたかのように別人だったもの。学校で普通に話す分には問題ないと思うけど、何処かに二人で行ったり、一緒に帰ろうとはしないことね」
「うん。今日は学校終わったら真っ直ぐ霧香ちゃんのクラスに行くようにするね!」
「えぇ。そうしなさい」
それから、ホームルームが始まる鐘が響き、私たちは急いでクラスへと向かった。
霧香とは別のクラスで、今は一人ではあまり入りたいと思えないクラス。
どっちの人格の胡桃が居るのかも分からないクラスに私は意を決して入り、朝は無視してしまった胡桃が私を焦点の合っていない目で見ていたことに気付かないまま、ホームルームは始まった。
何事もなくホームルームは終わり、いつも通り胡桃は普通に話しかけてきた。そして、胡桃が開口一番に話した内容は朝の出来事だった。
「ねぇ、なんで朝は挨拶無視したの~? ちょっと傷ついたんだからね!」
装っているのか、演じているのか、私の心の中は疑心暗鬼になって胡桃の問いかけに返すことが出来ない。
私がもっと早く言い訳をすれば疑いを避けることは出来たであろうが、時は既に遅い。沈黙が長くなったが故に胡桃は私を疑い、その頃になってようやく私の口からは言葉が発せられた。
「ご、ごめんね。時計忘れちゃってさ、時間が分からなくて学校に遅れちゃうと思ったんだ。それに、胡桃には学校に着いてからちゃんと挨拶しようと思って......」
胡桃でなくても、誰でも分かるような嘘を吐き、私はその場を乗り切ろうとした。
「ふーん。でも、それにしては胡桃より後に学校に着いたみたいだけど?」
「うっ......。ちょ、ちょっとお腹空いて寄り道したの。その時に時間も分かったし、ゆっくり――」
「ねぇ、それも嘘でしょ? どうして嘘つくのかなぁ。私は友達でしょ?」
私の言葉を遮り、焦点の合ってない目で胡桃は私を見つめている。
(何か喋らないと。もっと上手い言い訳を......)
私と胡桃の間に数秒の沈黙が流れた後、私は口を開こうとしたが、それよりも早く、表情が元通りになった胡桃が口を開いた。




